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日外会誌. 125(3): 193-195, 2024

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外科の将来に望む

日本外科学会名誉会員, 東京医科大学名誉教授, 国際医療福祉大学大学院教授 

加藤 治文



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外科医術の始まりは紀元前5000年ころから語り継がれていたことがエジプト史料パピルス巻物(紀元前1600年)から推察されていた.メソポタミアでもハンムラビ法典(紀元前2300年,ルーブル博物館)に外科の記載が残されている.そしてギリシャのヒポクラテス(紀元前460年)が外科の体系を示している.このように外科の歴史は古いが,中世に至ると外科学の進歩が始まることとなる.そして,近年に至ると手術手技など技術的改革がなされるようになり,同時に器具の開発と相まって目を見張るような進歩が得られるに至った.
手術支援内視鏡技術,ロボット技術は今世紀を境に低侵襲手術を可能にしたが,その背景には,内視鏡デバイスの新たな開発と内視鏡カメラの3Dによる微細な画像解析や触覚をセンサーとするデバイスの開発があげられる.
私が現役の頃は,術野を広くして,がん浸潤範囲をすっかり摘出し,リンパ節郭清を十分に行うことが標準的手術であった.もちろん術前の細胞組織病理を把握し,病期評価のもとに執刀したものであるが,そのためには,レントゲン画像,CT画像,内視鏡画像,肺の末梢に存在する画像に対しては経皮的針生検等で細胞診断を得て迅速に手術に踏み切ったものである.
それらは今や,過去の古典的手術手技と言わんばかりに,画期的な術前IT技術を駆使し,がん病巣の正確な情報から,最新内視鏡技術やロボット手術を的確に駆使し,患者に低侵襲性手術が行われ,優しく安全性の高い手術として広く受け入れられている.大変結構なことであるが,このように技術革新が進んだのにも関わらず,未だにがん局所の動態が解明されていない.
なぜ,思いがけない局所再発,リンパ節転移,さらに遠隔転移が発生してしまうのか.
切除標本から,がん細胞や組織本体そのものの生物学的動態,局所周囲の生物化学的背景などの解明は,その解決の一手段となる.さらに,生物化学的な動向が術前生検細胞や組織から明らかになれば,手術適応決定の補助になり,手術単独,術前術後の補助療法の選択肢につながる.
医療資源が無限大ではないので,可能な限り安価な治療法が望まれることは国民の願いであろう.外科的治療は,決して高価なものではなく,もっと高く評価されるべきものでもある.
がんの内科的療法には,信じられなく高価な治療費がかかることが存在する.この治療でがんが制圧できれば納得もできるが,なかなかその目的が達成されているとは考えにくい.
さて,どのような手段が動態解明の一助になるかであるが,近年のプロテオミクスの進歩は著しく,得られた疾患プロテオームはがんや循環器疾患を含む多様な疾患のシグナリング分子をも直接検出し,定量できるようになった.疾患の中心にある分子ネットワークを同定することが可能となり,その疾患メカニズムに迫ることが可能となった.これは,上流解析から因果分子群(タンパク質や遺伝子を含む)が推定できるようになったからである.
現在,肺がん亜型の全てを,この発見的情報解析Discovery Bioinformatics(図1)に基づいて研究が進んでおり,各亜型を特徴づける新たな知見が示されつつある.例えば,予後の悪い充実性肺腺がんの因果分子群を明らかにし,この亜型には標的治療は効きにくく,免疫療法が有効であることが示唆されている.
外科医は病巣の切除標本を手にすることができ,これらの分析には最も重要な検体である.この検体から解析されるOmicsは正確な分子病理情報を得ることができるが,その情報量は膨大なものになる.その情報をAI解析する技術も進化しており,さらに各個人の血液の代謝物(疾患Phenotypeに近い情報)をメタボローム解析で,個人の健康,疾患の状態をデジタルアーカイブとして保存しておくことが可能になってきた.
現在,第2段階としてのCancer Moonshot Programが世界的に継続進行中であり,アメリカ(NIH),ヨーロッパ(Sweden European Cancer Moonshot Lund Center, Lund University, 代表 Marco-Varga),日本では西村俊秀氏(日本臨床プロテオゲノミクス学会代表理事)がSweden groupに加わって肺がんの研究に携わっている.将来,治療標的の発見,薬剤奏功や予後予測マーカーの開発を促進できそうである.
高性能質量分析や次世代シーケンサーなど今日の技術的な進展と相応して,前述したDiscovery BioinformaticsやAIなどデータ科学的探索方法は,これまで統計学が超えられなかった壁を破りつつある.患者由来の組織から疾患のコア分子ネットワークを同定して,因果推論エンジン(まだ多くはない)を用いて上流制御因子群を絞り込み,治療標的候補に結びつく因果モデルの構築が可能になりつつある.また,この過程で,早期診断,再発リスク,薬剤選択,副作用に関するバイオマーカーの検索もできる.このようなトランスレーショナル研究は,外科・内科と連携した治療戦略を革新し,患者の治療効果を最大化することができそうである.

図01

 
利益相反:なし

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文献
1) Nishimura T , Fujii K , Nakamura H , et al.: Protein co-expression network-based profiles revealed from laser-microdissected cancerous cells of lung squamous cell carcinomas. Sci Rep, 11: 20209, 2021.
2) Berman AJ , Thoreen CC , Dedeic Z , et al.: Controversies around the function of LARP1. RNA Biol, 18: 207-217, 2021.
3) Nishimura T , Nakamura H , Tan KT , et al.: A proteogenomic profile of early lung adenocarcinomas by protein co-expression network and genomic alteration analysis. Sci Rep, 10: 13604, 2020.
4) Buckens OJ , EI Hassouni B , Giovannetti E , et al.: The role of Eph receptors in cancer and how to target them: Novel approaches in cancer treatment. Expert Opin Investig Drugs, 29: 567-582, 2020.

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