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日外会誌. 125(2): 97-100, 2024

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先達に聞く

外科手術に伴う合併症に対する外科医の心掛け

日本外科学会名誉会頭, 国際医療福祉大学三田病院名誉病院長, 千葉大学医学部臓器制御外科名誉教授 

宮崎 勝



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昭和50年医学部卒の私はこれまで50年近くの長きに亘って外科医人生を歩んできた訳である.勿論その間,臨床外科の実践を離れ麻酔科研修や外科研究の時間を過ごしてきた期間を除いてはほとんどの時間を臨床実地の現場にて外科手術に関わってきた.若い20代,30代前半では自身が外科手術を執刀する機会は低難度および中難度の外科手術であり高難度の外科手術での執刀する機会は多くはないわけである.その後は徐々に自身が真の執刀医として手術チームの中心として外科手術を執刀したり,時に前立ちをして非常に数多くの手術に携わってきた.その期間は手術後において携わった手術後の患者管理を実践し経験してきた.そのためありとあらゆる術後合併症にも遭遇して来た.今回この多数の実経験から学んだ外科医として外科手術後に起こりうる様々な合併症に対する私自身の考え・想いについて特に若い外科医の皆に伝えてみたい.

I.術前の外科医の心がけ
私自身が外科医としてスタートした頃,(当時は今の初期臨床医制度はなくストレイト専門研修の時代)自身の想いとして担当する全ての患者については手術前において患者個人の全身病態のあらゆる事について執刀医は知っているべきでありたいと考えて,それが周術期の管理において大切であると考えていた.その考えの基本となったのがHarvard UniversityのProf Francis W.Peabodyの生涯についてProf Oglesby Paulが書いていたThe Caring Physicianという本を読んで感じていたからである.また外科医の一人であるProf Cushingの教えるところのAcademic Surgeonたるべしという言葉にも大いに啓発され自身の目指すところという信念の元,日々頑張っていく心がけにこれらの先達の言葉があった.さらに赤ひげではないが孟子のいう“惻隠の心”を持って医療に携わりたいという私自身その信念とするところであり,その後もずっと変わらずにいて,千葉大学外科教室(旧第一外科,現臓器制御外科教室)の主任教授に就任してからも教室の若い後輩外科医にこのことは常に言い続けてきた積りです.外科教室での患者の受け持ちは多くの外科教室においても同様であるようにある程度の学年の上級医と入局したての若い研修医の組み合わせで担当していることが多いであろう.手術中にしばしば若い受け持ち医に患者の病態(多臓器についての病態,合併症など)および社会背景(職業,これまでの経歴,趣味,出身地など)をよく質問してきた,これらの患者の併存合併症は勿論,その社会的背景についても知っておくことは術前術後の周術期管理をするうえで極めて大切なポイントである.またこちらが受け持ち医と患者のコミュニケーションがどれほど密に取られているかを判断する上での良い指標ともなる.執刀医である私自身も勿論それらのことを可能な限り熟知するように努めてきたわけである.社会的背景がどのように術後管理に影響するのか疑問に思う若い外科医は居るかも知れないが,患者の様々な症状を聞いてそれを咀嚼して患者個々人に対応を考える際などには極めて重要である.手術という患者にとって極めて大きなイベントを迎える術前および術後の時期には患者から本音を常に聞き出せる良好で密な関係を構築していくことは極めて患者管理上,重要なことである.手術に際して前もって様々な準備,判断を決定していく上で患者のこのような身体情報は大切な事であるが,それ以外の社会的情報を知っていることもとても大切なことであります.またこのような情報はカルテのデータからのみ得るのではなく,患者自身との会話を通じて得ていくことが秘訣です.術前にはその専門性別に他診療科を受診してもらったり,検査してもらったり術前検討会において様々な医療者と共にいわゆるMultidisciplinary conferenceを行うのは今や常識であろう.しかし他の専門家の方々にその病態の管理について任せっきりになるのではなく外科手術執刀医らはそれらの情報をしっかり自身の頭にも叩き込んでおいたうえで周術期の管理を務めていくことが極めて重要なのです.その専門別の領域の深いところまでの知識をすべて得ていくことは難しいでしょうが患者が様々なレベルの病態を持ち合わせていることを大雑把に把握していくことは手術に際しての術前術式決定,手術における手順決定,さらには術中の想定外の判断を要求される場合において極めて重要な情報となってきます.更に術後管理にも大きな影響を及ぼしていくことは言うまでもありません.実際その時点その時点で大勢の多職種の医療者を集めてConferenceを行ってDiscussionするなどということは誰もが不可能であると容易に理解できるでしょう.その意味でも術前に患者一人一人の出来る限りの情報を外科医はポイントだけでも要領よく把握しておく必要があります.そのためには私がこれまでに心がけてきたのは出来る限り術前に患者との直接話す機会を作ることであります.外来および入院した病室において術前の期間に患者と様々な話をすることにして来ました.一見他愛もない話題でも話すことによって,患者から得られる情報は大変貴重なものが多く,患者とのコミュニケーションを密接にして外科医―患者間の信頼関係を築き上げることにも大きな寄与をするのです.是非若い外科医の方々,受け持ちの患者と直接多くの話す機会を作っていく努力をされて行ってほしいと思っています.

II.術中の外科医の姿勢
手術の術式および日程が決まると術者は当然のことながらその手術を念頭に想定手順について考えるでしょう.内科の先生方には勿論分からないかもしれませんが,同じ術式でも病気のステージやその病態,さらには過去の手術既往歴から,一つとして全く同じ手術手順とはいかないことが殆どです.従って外科医は手術の1,2日前より,困難な症例によっては1,2週間前から執刀する患者の手術手順を頭に描いて想定するものなのです.まさにスキーの回転競技のごとくこんなコブが現れたらどうするか,雪質が思ったのと違ったらどうするか,などなど様々な起こりえる想定外のことを前もって想像してその対応策を頭の中で練っていくものです.術前の画像診断をしっかり何度も見返しておくことは勿論ですがそれでも画像から読み解ける実態を100%予測し得るのは必ずしも容易ではなく,進行度の高い癌腫の場合や再手術の場合などにおいては特にいくつもの障壁を想定して,時に眠れなくなってしまうことも私自身これまでもありましたし,今でもそうです.こんなことを言うと誰も外科医になりたくなくなってしまうのではと言われそうですがこれが実際です.しかし様々な想定をした上で臨んだ手術当日において術中の困難点に対応することが予定通り出来て,手術を無事に終えた後の何とも言えない爽快感,達成感は外科医でないと決して味わえない感覚でしょう.そんな日は手術を終えて病院から帰るときの気持ちは術前の様々な懸念を想定してきた行きの時感じたあらゆるストレスが全てすっとんでしまい,手術前後では天と地ほどの心持の差を感じます.思わず車を運転して大好きな歌を口ずさむことも少なくないほどの高揚感に浸ることでしょう.これぞ外科医の自己満足のひと時と言ってもよい時間です.
しかしながら手術中に思わぬ想定以上の困難や偶発症に遭遇してしまった場合の外科医の心持はどんな外科医にとっても厳しいものがあると思われます.手術に携わる外科医たちは誰一人そのようなことに個人的な責任はない状態でも予期せぬ,あるいは想定以上の困難を乗り越えるためにアドレナリンを噴出させ闘うわけです.このような際に支援部隊となってくれるのが共に手洗いをしている外科医メンバーおよび手術の器械出しナースおよび麻酔医です.彼らと共にワンチームとなって難関に挑む気持ちが大切です.そのためには普段から彼らとチームの絆を強めるため様々な機会を設けてコミュニケーション力を高めておく必要があります.外科医らが大好きないわゆる食事会,飲み会の類いです.これがあまり頻繁ですと家族の皆から顰蹙を買ってしまいますが,このようなマネージメント力も外科医の能力として必要なものです.

III.術後の外科医の姿勢
手術後には日々患者の病態を診てその対応を適切かつ迅速に行っていく必要があります.最近欧米を中心に術後合併症対応能力の指標としてFailure to Rescueを数値化して外科チームおよび施設の外科手術成績の良し悪しの指標として取り上げられてきています.私自身これは大変良い指標と感じています.特に大きな侵襲度の手術後には皆ご存じの様に様々な合併症発症率は高くなるのは必然です.Clvien Dindo分類でいうclass Ⅳ以上の合併症発症を抑制させてClass Ⅲ以下にする,あるいはClass Ⅴのいわゆる致死率を当然のことながら0にすべく最大限の努力することが求められます.このためには外科医および施設での様々な医療職の皆のバックアップが必要です.また他診療科,内科,放射線科,心臓血管外科内科,精神科など非常に多くの診療科医師との連携が重要です.また病棟看護師,薬剤師,リハビリ科技士,栄養管理士,などとの連携も重要です.常日頃からこれら様々な人々と如何に強固で良好な人間関係を作っておくかが鍵になるでしょう.その意味でも外科医は以前から言われていたチームの牽引役を果たす必要があります.しかし昔から言われてきた船長役の牽引ではなく今ではこれだけ多くの職種の人々の調整役あるいはまとめ役としての機能を発揮することであり,Captain Cookではないのです.ここでも日頃からの多くの人との強い信頼感,協働感を共有していることが最も重要になります.このために私自身が心がけてきた姿勢はDennis Reina, Michelle Reinaの著書である,Trust & Betrayalという本にある三つの“C”,です.この三つとは1,人格への信頼,2,コミュニケーションにおける信頼,3,能力への信頼です.外科医自身が執刀した患者の術後をしっかり診て行くことは必須ですがそれだけではFailure to Rescueを良好に保つことは不可能です.一緒に携わって行ってくれる良きチーム作りに常に腐心していくことが大切です.
あと一つ最後に述べたいのは基本的な外科医の姿勢として“外科手術による直接の術後合併症に対しては外科手術によって治すべき”という信条があります.多くの報告では勿論Interventionでの対応による合併症対応が患者への侵襲を軽減できるからという理由で術後合併症対応として再手術を回避することが好まれています.合併症にもよるとは思いますが,この “外科術後合併症は外科医が外科処置にて治す”ということは決して忘れては行けない基本的姿勢であるものと今でも確信しています.若い外科医の方々にもこのことはぜひ頭の片隅に常においていただきたい姿勢であると思っています.

IV.最後に
2024年から始まる医師の働き方改革直前のこの時期においてこのような外科医の姿勢を書いて,読まれてくださる方々にはこんなことを言ってはますます若い医師が外科医離れとなる,あるいは外科医になったばかりの医師がこれから進もうとしている困難な事例の多い外科領域に二の足を踏むのではないかと懸念される方,もきっと多いと思います.しかし外科医師を含め多くの医師の厳しい勤務環境が改善されて行くことには大賛成ではありますが,臨床現場における医師の役割を考えるうえで今回のこの医師の働き方改革が医療内容の質の低下を招いたり,患者へのマイナス負荷が増大してしまうことの決してないように様々な対策が合わせて施行されて行かないとならないであろうと思います.医療行政に携わる方々には是非このような他職種の働き方改革とは違う点を考慮していただきたいと願います.さて私自身が平成20年の長崎にて開催された第108回日本外科学会定期学術集会で当時若手外科医のための外科医の魅力などについて討論したシンポジウムにおいて故近藤哲教授(北海道大学第二外科)と二人で司会をさせて頂いた時のことを想い出します.この際に発表とDiscussionが終わり最後の言葉において司会の私が会場に大勢来ていただいた聴衆の多くのベテラン外科医の方々に“先生方,今度生まれてきて,もしまた医師になったら何科を目指しますか?外科医にまたなるという先生は?”と問うたらばほぼ全員,満場に居られた聴衆の先生方が目を輝かして手を挙げて下さったことを想い出します.その時一緒に司会をした近藤教授と共にその時は本当に嬉しく思わず顔を見合わせてシンポジウムを終えたことを昨日のことのように今でも思い出します.

 
利益相反:なし

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