日外会誌. 124(6): 546-548, 2023
定期学術集会特別企画記録
第123回日本外科学会定期学術集会
特別企画(1)「インフォームドコンセントの功罪―理想のICとは―」
3.原発性肺癌手術におけるインフォームドコンセント―当科の取り組みから見えた今後の課題―
川崎医科大学 呼吸器外科学 最相 晋輔 , 杉山 浩樹 , 杉山 華衣 , 野島 雄史 , 清水 克彦 , 中田 昌男 (2023年4月27日受付) |
キーワード
原発性肺癌根治手術, IC取得ガイドライン, 看護師同席, 多職種
I.はじめに
インフォームドコンセント(informed consent;IC)は患者と医療者が信頼関係のもとにより良い医療環境を築くための理念である.医療技術の進歩や医療の専門化・個別化に伴ってその重要性はより高まり1)2),さらには「医師の説明義務」「患者の自己決定権」等が社会に広く認知されたことで病状説明および同意書には膨大な情報が求められるようになった.その結果,ICは本質を見失い,同意書が医療契約における「契約書」化していることが危惧されている.
II.当院におけるICの取り組み
2000年6月に院内IC取得ガイドラインを制定して,同意書取得を必要とする医療行為の範囲や説明すべき事項(同意書に記載すべき事項)等を規定した.同年8月からガイドラインに沿って全ての説明同意文書を修正し,それを医師や看護部,医療安全部門,事務部門等の多職種で構成される病歴委員会による審議・承認を経て運用している.
呼吸器外科ではこれまでに計14種類の同意書を改訂したが,そのうち「肺がんに対する手術」の説明同意文書は,改訂によりA4用紙3枚から12枚と倍増した.以前から患者の理解度向上と医療者間の情報共有のため病状説明時には看護師の同席に努めていたが,同意書改訂後には手術説明時の呼吸器センター外来看護師または緩和ケアセンター所属のがん看護専門・認定看護師の同席を徹底するなど,患者の理解を支援している.
本稿では,IC取得ガイドライン制定に伴う同意書改訂の前後での肺癌手術における同意取得状況から,その問題点を明らかにした.
III.対象と方法
2018年1月~2021年8月の当院における原発性肺癌根治手術395例を対象として,説明同意文書の改訂前(2018年1月~2020年11月,245例)・改訂後(2020年12月~2022年8月,150例)で同意取得の状況から,その取り組みの変化や問題点を後方視的に検討した.
IV.結果
患者背景は説明同意文書の改訂前・後で差はなかった(表1).
初診から文書による手術の同意取得までに行われた病状説明の回数は,改訂前・後で差はなかった.しかし,改訂前は外来では口頭同意により入院・手術を決定し,入院後に文書による同意取得が行われることが多かったのに対して,改訂後は外来で文書による同意取得まで行われることが多くなった.その結果,同意取得から手術までの日数(中央値)は改訂前3.0日,改訂後11.0日と,より早期に文書による同意取得が行われるようになった.手術説明時の看護師同席は,改訂前245例中208例(84.9%)から改訂後150例中144例(96.0%)に増加した.さらに同席した看護師は,医師からの説明後に患者と面談して,病状・治療に対する思いや疑問点等を聞き,必要時には改めて病状説明の機会を設けるなどその解決に努めた.医師による手術説明から入院までの間に,患者の希望により看護師と複数回の面談が行われたのが,2例(0.8%)から13例(8.7%)に増加した.また,手術説明後に治療方針に関して呼吸器内科や放射線治療科等へのコンサルトや他施設へのセカンドオピニオンの件数も改訂前6例(2.4%)から改訂後8例(5.3%)にやや増加した(表2).
V.考察
ICは憲法13条により保証される患者の自己決定権に基づく非常に重要な権利である3)4).他方,ICはシュレンドルフ事件(1914年)やサルゴ裁判(1957年)等の医事訴訟を通じて発展した概念であり,医療訴訟対策という側面を有することは否めない.医療技術の進歩により治療は高度に専門化し,さらに治療選択肢が広がったことで,病状説明において求められる情報量は加速度的に増加している.その一方で悪性疾患においては診断確定から治療決定までの時間的制約がある.限られた時間の中で病状説明を通じて患者と医師・医療者間の信頼関係を構築することが求められる.
今回の病状説明の変化には,同意書改訂以上に新型コロナウイルス感染拡大が影響している.すなわち,感染拡大により家族の来棟・面会が禁止となり,入院後に患者・家族同席で病状説明を行うことが困難となった.そのため,患者・家族への文書を用いた手術説明は必然的に外来で,より早期に行われるようになり,その結果,患者は手術までに考える時間が確保されるようになった.この間,病状説明に同席した看護師が患者からの窓口となり,がん看護専門・認定看護師との面談などを通して理解度の向上につながっていることが期待される.現在では,外来において手術説明を行い,文書による同意取得するフローが定着し,さらには麻酔科・手術室スタッフや退院支援部門なども外来から介入するシステムが構築されており,信頼関係の構築と患者理解の向上につながっていることが期待される.
VI.おわりに
ICにおいては,病状説明を通じて患者と医師・医療者間に信頼関係を構築することが重要である.そのためには看護師を含めた多職種でのアプローチが不可欠であり,さらには患者の理解度向上とShared Decision Makingの実現につながるものである.
利益相反:なし
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