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日外会誌. 124(5): 444-445, 2023

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会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(134)

―脳疾患の患者を専門医に紹介した内科医に過失が認められた事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
脳膿瘍, 膠芽腫(グリオブラストーマ), 神経膠腫(グリオーマ), 専門外診療

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【本事例から得られる教訓】
専門外の疾患の患者を専門医に紹介した際,紹介元の医師の診断が誤っていれば当該医師の過失を問われる可能性がある.専門外であっても可能な限り調査して診断した上で紹介することが重要である.

1.本事例の概要(注1)
今回は,内科医が患者を脳神経外科の専門医に速やかに紹介したところ,紹介元の内科医にも過失が認められたという事例である.外科医も,専門外の疾患の患者を紹介する機会はあり,関心も高いと思われるため紹介する次第である.
平成19年12月11日,患者(男性・25歳・勤務医で医師1年目)は,頭痛に加え,上肢の感覚麻痺もあったため,A病院内科のB医師を受診し,同診察では左顔面に軽度の神経麻痺の症状も認められたことから,頭部CTおよびMRI検査,血液検査を受けた.CTおよびMRIの結果,右側頭葉の腫瘤性病変およびその周辺の浮腫が確認され,造影MRI画像において病変部の辺縁に造影効果がみられるというリング状増強効果が確認された.患者は脳腫瘍疑いでA病院に入院し,同病院では脳浮腫対策を行い,手術は他院で行うこととした.なお,A病院には,脳神経外科または脳神経内科は設置されていない.
B医師は,C大学病院(以下,「C大」)の脳外科のD医師に診療情報提供書を作成し,「傷病名」欄には脳腫瘍と記載し,頭部CT,MRI(造影)を施行し,脳腫瘍と診断し,手術等の集学的治療が必要ではないかと考えて紹介する旨を記載した.
平成19年12月12日,A病院のE医師が患者に付添い,CT,MRI等を持参してC大病院のD医師を受診した(以下,「本件診察」).患者の診察前の体温は36.7℃であった.本件診察後,D医師はB医師等に診療情報提供書を作成し,画像からは悪性グリオーマが最も考えられ,その中でもグリオブラストーマの可能性が低くない,12月17日にC大に入院させる旨等を記載した.なお,患者に付き添った母親は,D医師に対し,患者に先行感染因子はなく,患者はそれまで健康であった旨を伝えている.
患者は本件診察以降も紹介元のA病院に入院していたが,平成19年12月16日,昏睡状態に陥ったため,C大に救急搬送され,CT検査を行ったところ,右側頭葉に径45mmの腫瘤性病変が認められ,強い脳浮腫も認められた.C大のF医師らは,脳ヘルニアが生じていると判断し,画像上は,悪性神経膠腫と脳膿瘍の双方が考えられたため,まずは脳室穿刺針をガイドにドレーンを病変部に刺入したところ膿汁が流出してきたために,脳膿瘍であると判断し,そのまま病変部から35mlの排液を行い,さらに十分な頭蓋内減圧を行うために開頭手術を行った.また,膿汁からは溶血性連鎖球菌が検出された.
患者は,平成19年12月16日から平成20年3月27日までC大に入院して治療を受け,上記脳ヘルニアは,同日,意識障害,運動障害(自分で動くことができない)等の後遺障害を残して症状固定した.

2.本件の争点
主な争点の一つは,C大のD医師は,本件診察(平成19年12月12日)を踏まえ脳膿瘍を疑い,直ちに抗菌薬投与および穿刺排膿術を実施すべきであったか否か,であった.

3.裁判所の判断
裁判所は,本件診察当時,脳膿瘍は,造影MRIにおいてリング状増強効果を示し,かつ,拡散強調像において,病変の内部が著名な高信号を示し,このような画像所見を示す場合には出血がない限りは脳膿瘍と考えてよいとされていた等の医学的知見を認定した.
そして,患者の造影MRIではリング状増強効果を伴う病変が認められ,拡散強調像において,当該病変の内部が著名な高信号を示していること,さらに,CTにおける高吸収域およびT1強調像における高信号域がいずれも存在せず,当該病変内で出血が生じていたとは認められない等の事実を認定し,一方で脳膿瘍の可能性を否定できる特段の事情がないとして,D医師は,本件診察の結果を踏まえ,脳膿瘍である疑いが高いと診断すべきであったとした(注2).
そして,平成19年12月11日の頭部MRIによれば,原告の右脳実質内の病変は,基底核の付近にあり,左右径37.99mm,前後径34.03mmに達していたのであるから,これが脳膿瘍であるならば,膿瘍が脳室に穿破する現実的危険が切迫していたというべきであること等も踏まえ,直ちに抗菌薬投与および穿刺排膿術を実施する義務があったとし,これを怠った過失があるとした.
また,紹介元の内科のB医師は,平成19年12月11日の頭部CT,MRIの右脳実質内の病変が脳膿瘍である疑いが高いと診断し,これに対する治療を直ちに開始するための措置を講ずる義務を負っていたとして,この義務を怠り,B医師からC大のD医師に対し脳腫瘍(膠芽腫)の疑いがあるとの情報を提供したことに過失があるとし,E医師は,D医師の判断に従った過失があると認定した.

4.本事例から学ぶべき点
紹介元のA病院のB医師は脳神経外科も脳神経内科も設置されていない病院の内科医であるが,裁判所は,B医師は本件CTとMRIから脳膿瘍の疑いが高いと診断すべきであったと認定した.
確かに一般論として,専門外診療でも過失を認定される事例は存在する.しかし,本件のように,専門外の医師が脳疾患を疑いすぐに脳外科の専門医に紹介しているにも拘わらず,紹介元病院に過失が認められるような例は多くないように思われる.
判決からはA病院が具体的にどのように争ったのか詳細は不明であるが,本判決を踏まえる限り,専門外の疾患の患者を専門医に紹介しても,紹介元の診断に誤りがあれば過失を問われる可能性があり,また,紹介後も紹介先の診断に従い紹介元で患者を管理等する場合に,紹介先に誤診があれば,紹介元の医師も過失を問われる可能性があることになる.専門外の患者を紹介する場合でも,できる限りの調査を経て診断し,紹介後も患者を診察する機会があるならば,紹介先の診断が合理的といえるか,自身の目で確認・調査すべきである.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 鹿児島地裁 令和4年4月20日判決(確定).
注2) 判決では,当時の医学的知見や,本件MRIの所見等が詳細に検討され,病院側は,複数の協力医の意見書も提出する等激しく争っているが,紙面の都合上,割愛する.

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