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日外会誌. 124(5): 431-437, 2023

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特集

外科医によるこれからの癌薬物療法―最新知識と安全で効果的な遂行のコツ―

8.乳癌における薬物療法

京都府立医科大学 内分泌・乳腺外科

森田 翠 , 加藤 千翔 , 阪口 晃一 , 直居 靖人

内容要旨
乳癌薬物療法においては,潜在的な微小転移の根絶・制御により治癒および長期生存を目指す周術期薬物療法と,癌による症状の緩和,生存期間の延長を目的とする転移・再発乳癌に対する薬物療法がある.そこに乳癌Subtype分類が加わり治療内容は多岐に渡る.近年,個々の再発リスクに応じて治療強度を適切に加減するEscalation・De-escalationの概念,および術前化学療法の治療効果に応じた術後治療の選択法も定着しつつある.また,多遺伝子アッセイ,BRCA遺伝学的検査やコンパニオン診断等も導入され,更に個別化治療が進み,乳癌薬物療法はより複雑化している.現在,ホルモン受容体陽性乳癌では,CDK4/6阻害剤が重要な役割を担い,HER2陽性乳癌ではトラスツズマブ・デルクステカンが登場し,トリプルネガティブ乳癌では免疫チェックポイント阻害剤が承認され,その適応範囲も広がりつつある.医療現場においては,多職種からなる医療チームが連携しながら医療者―患者間でShared decision makingを行うことが重要になっている.本稿ではその概要について,最近の動向を中心に乳癌Subtype毎に説明する.

キーワード
乳癌薬物療法, CDK4/6阻害剤, 抗HER2抗体薬物複合体, 免疫チェックポイント阻害剤, gBRCA陽性

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I.はじめに
近年乳癌薬物療法は,治療薬の開発,治療方法が導入され複雑化が進み,高い専門性が求められる.特に早期乳癌においては,癌のバイオロジー,ステージに応じてその治療強度を個別に適切に加減するEscalation・De-escalationという概念や,術前化学療法を施行しその治療効果に応じて術後治療を検討する残存病変に基づく治療選択(residual disease-guided approach)も定着しつつある1).本章では,乳癌サブタイプ毎に薬物療法の最新知識と治療戦略について述べる.

II.ホルモン受容体陽性乳癌(Luminal乳癌)の薬物療法
周術期治療においては,再発リスクが高い場合,化学療法の投与間隔を狭め用量強度を高めるdose-dense療法がある.通常アンスラ・タキサン系抗がん剤治療は3週毎で行うが,2週間隔で高い抗腫瘍効果を得ることが目的である.更に,術後内分泌療法にS-1と,アベマシクリブ併用によるEscalationが適応となった.これらの推奨の根拠となった臨床試験POTENT試験2)とmonarchE試験3)を記す.POTENT試験は,StageⅠ-ⅢBの再発リスクが中等度または高度患者を対象に,S-1追加の意義を検証した試験で,S-1は14日投与7日休薬のスケジュールで1年間投与された.主要評価項目浸潤癌無再発生存期間(IDFS)は,S-1群が内分泌療法単独に対して有意に延長を認めた(HR=0.63, 95% CI : 0.49-0.81).monarchE試験では,再発高リスク患者を対象とし,術後内分泌療法にアベマシクリブ2年間追加の意義が検証された.サイクリン依存性キナーゼ(CDK)4/6阻害剤であるアベマシクリブは,CDK4/6の活性を阻害しRbタンパクのリン酸化を阻害することで細胞周期を停止させ癌細胞の増殖抑制効果が期待された薬剤である.主要評価項目IDFSが,内分泌療法単独に対してハザード比0.75(95% CI : 0.60-0.93)とアベマシクリブの上乗せ効果を認めた.表1に両試験の対象概略を示す.対象患者は,S-1対象よりアベマシクリブ対象がより進行癌であることがみてとれるが,重複する部分もあり両薬剤の使い分けについては利害のバランス,患者希望を考慮して決定することとされている.
一方,周術期De-escalationでは多遺伝子アッセイを用いた化学療法省略の可能性が検証されている.Oncotype DX(21遺伝子)を用いたTAILORx試験では,リンパ節転移陰性例において再発低リスク群で化学療法省略することによるIDFSの非劣性が証明された4).その他,Curebest95GC(95遺伝子),MammaPrint(70遺伝子)やPAM50(50遺伝子)も開発され,これらは再発予測因子のみならず化学療法の効果予測因子としての有用性も報告され,今後更なる個別化治療戦略が期待される.
転移再発乳癌では,内分泌療法の併用薬としてCDK4/6阻害剤であるパルボシクリブとアベマシクリブの2剤が本邦で承認されている.パルボシクリブのPALOMA-2,3試験とアベマシクリブのMONARCH3,2試験にて既存の内分泌療法単独群と比較し,CDK4/6阻害剤併用群が無増悪生存期間(PFS)の有意な延長を認めた.更にMONARCH2試験では有意にOS延長を認めている.今やCDK4/6阻害剤併用治療は,一次・二次内分泌療法の標準治療として強く推奨されているが,2剤の直接比較試験はなく,各投与スケジュールや副作用発現に応じて使い分けがなされる.パルボシクリブは,1日1回125mgを3週投与1週休薬で,主な副作用は好中球減少(82%)である.一方,アベマシクリブは1日2回150mgずつ連日投与で,主な副作用は下痢(81%)である.下痢の初回発現時期中央値は約1週間であるため,開始時の服薬指導が重要である.その他共通する副作用として,間質性肺炎,悪心,倦怠感がある.当院での支持療法処方セット例を表2に示す.

表01表02

III.HER2陽性乳癌の薬物療法
周術期Escalationで,まずトラスツズマブ(TRA)とペルツズマブ(PER)の併用がある.APHINITY試験5)では,HER2陽性乳癌の術後化学療法として,TRA+タキサン系(PTX, DTXもしくはDTX/CBDCA)を行う標準治療群にPERを併用した際のプラセボ群に対するPERのIDFSにおける優越性が検証され,リンパ節転移陽性で改善を認めた.また,術前治療で化学療法+TRAにPERを追加する有効性・安全性も検証され,予後の代替指標とされる病理学的完全奏効(pathological complete response : pCR)率の向上が示され,現在PER上乗せが強く推奨されている.
更に,術前化学療法後residual disease-guided approachとしてpCRが得られなかった(non-pCR)場合,トラスツズマブエムタンシン(T-DM1)の投与が推奨となった.その根拠となるのが,pCRを指標として術後治療を追加または変更する治療戦略の意義を検証したKATHERINE試験6)である.TRAを含む標準的な術前化学療法後non-pCRの術後治療で,TRA+PER群に対しT-DM1群で主要評価項目IDFSは有意に延長し,全生存期間(OS)は統計学的に有意ではなかったが良好な傾向を認めた.T-DM1群で血小板減少と肝障害に留意を要するが,統計学的に有意なQOL低下は認めない.
転移再発乳癌では,トラスツズマブデルクステカン(T-DXd)が登場した.T-DXdは,TRAに約8個のペイロード(DXd ; DNAトポイソメラーゼⅠ阻害剤であるカンプトテシン誘導体)を結合させた抗HER2抗体薬物複合体であり,DESTINY-Breast(DB)シリーズの臨床試験で驚異的な結果が次々と報告された.まずDB-01試験7)で,前治療中央値6レジメンと濃厚な治療歴があるにもかかわらず奏効率60.9%(95%CI : 53.4-68.0),奏効期間中央値14.8カ月(95%CI : 13.8-16.9)を認め,三次治療以降で承認された.続いてDB-03試験8)では,二次治療で現在の中心であるT-DM1とのランダム化比較にて主要評価項目PFS中央値がT-DM1群6.8カ月に対しT-DXd群が未到達(HR=0.28, 95% CI : 0.22-0.37)で圧倒的な有意差が示され,二次治療で強く推奨されることとなった.T-DXdは,高い抗腫瘍効果を発揮できるよう多くのペイロードを持ちながら安定性を保ち,さらに細胞膜透過性を有するため,HER2陽性細胞のみならずその周囲の癌細胞にも取り込まれ抗癌作用を発揮するバイスタンダー効果も期待されている.事実,DB-04試験9)で,HER2発現が免疫組織化学染色(IHC)で2+以下のHER2低発現群において標準化学療法投与群と比しPFSのみならずOSの延長を認めたことより,HER2低発現乳癌という新たな概念と治療法に大きな期待が寄せられている.しかし,従来の腫瘍内HER2低発現(IHC 1+,2+)は病理医間でもばらつきが多く,評価分類方法について課題は残る.加えて,安全性について忘れてはならない.これまでの臨床試験にて,重篤な間質性肺疾患が報告され慎重な対応を要する.そのため,呼吸器疾患に精通した医師との連携下での使用に限定されることに留意されたい.

IV.トリプルネガティブ乳癌の薬物療法
トリプルネガティブ乳癌(TNBC)は,ホルモン受容体もHER2も陰性のいわゆる除外診断的サブタイプであり,分子生物学的には様々な特徴が混在する不均一な集団である.そのため,化学療法が効果的な症例が存在する一方,悪性度が高く,治療に難渋する症例をしばしば経験する.近年,TNBC克服に向けた様々なサロゲートマーカーやバイオマーカーとそれらに対する治療薬研究が進んできた.
まずは,従来のアンスラ・タキサン系レジメンに加え,residual disease-guided approachによる治療選択が,CREATE-X試験で報告された.CREATE-X試験は,StageⅠ-ⅢBのHER2陰性乳癌に対して,標準的な術前化学療法後non-pCRを対象とし,術後標準治療群と,カペシタビン併用群を比較した試験である.サブグループ解析では,TNBCにおいて,5年DFSがカペシタビン群:69.8%,対照群:56.1%(HR=0.58, 95% CI : 0.39-0.87)と良好な結果を示した(ただし,2023年2月時点では,本邦での保険使用適応外である).
次に,免疫チェックポイント阻害薬(ICI)がある.現在,TNBCに対して使用できるICIは,PD-1のリガンドであるPD-L1のモノクローナル抗体であるアテゾリズマブとPD-1に対するモノクローナル抗体であるペンブロリズマブである.アテゾリズマブは,転移再発TNBC(mTNBC)に対して,ペンブロリズマブはmTNBCに加え周術期化学療法にも保険適応となった.IMPASSION130試験10)は,mTNBCを対象とし,プラセボ+nab-PTXに対するアテゾリズマブ+nab-PTXの優越性を評価した試験である.PD-L1は,SP142抗体で判定され,腫瘍浸潤免疫細胞が1%以上を陽性としている.PD-L1陽性集団でアテゾリズマブ群における有意なPFSおよびOSの延長を認めている(PFS中央値:7.5カ月 vs 5.0カ月,HR=0.80, 95%CI : 0.69-0.92,OS中央値:25.4カ月 vs 17.9カ月,HR=0.67, 95% CI : 0.53-0.86).一方,KEYNOTE-355試験11)では,mTNBCを対象に,プラセボ+化学療法(PTX, nab-PTXもしくはGEM/CBDCA)に対するペンブロリズマブ+化学療法の優越性が評価された.PD-L1は,22C3抗体を用いたCPS(combined positive score)で評価され,CPS : 1 or 10以上で陽性としている.PD-L1陽性集団(CPS10以上)で, 有意なPFSおよびOSの延長を認めた(PFS中央値:9.7カ月 vs 5.6カ月,HR=0.65, 95%CI : 0.49-0.86 ; OS中央値:23.0カ月 vs 16.1カ月, HR=0.73, 95%CI : 0.55-0.95).またKEYNOTE-522試験12)の良好な結果を受けて,2022年9月よりペンブロリズマブが周術期で使用可能となった.KEYNOTE-522試験で,腫瘍径がT2以上,もしくはT1c以上かつリンパ節転移陽性の再発高リスクのTNBCを対象とし,プラセボに対するペンブロリズマブの優越性が評価された.本試験では,PD-L1の評価によらないITT集団において,3年の無イベント生存率(EFS)がペンブロリズマブ群:84.5%,プラセボ群:78.6%と有意な改善を示した(HR= 0.63, 95% CI : 0.48-0.82).
ここまでに記したTNBCに対する優れた臨床成績に反して,注意すべき有害事象が免疫関連有害事象(immune-related adverse events : irAE)である.irAEの出現機序は,T細胞の活性化,炎症性サイトカインの増加,B細胞の介在による自己抗体産生など免疫反応が関与した炎症性病態である.irAEの適切なマネジメントにおいて,ステロイド等でのirAE発症予防は現実的には困難であるため,最も重要かつ有効なのは,「早期の認識と迅速な介入」である.irAEの頻度・致死性・発症時期(表3)を主治医が理解することは当然であるが,医療チームとして各専門領域の診療科・看護師・薬剤師との意識・情報の共有や連携もirAEを見逃さないポイントであり,患者への十分な説明と理解も重要である.

表03

V.遺伝性乳癌の薬物療法
乳癌全体の約5%では,生殖細胞系列BRCAgBRCA1/2)病的バリアントを有している.これらに対するPARP阻害薬オラパリブが,進行再発・手術不能乳がんに対する使用に加え,術後補助化学療法として承認された.OlympiA試験13)では,術前・術後化学療法後のgBRCA病的バリアントを有する再発高リスク患者に対して,術後1年オラパリブ追加の有用性が検証された.対象患者は,術前化学療法が行われた場合,TNBCではnon-pCR,Luminalタイプではnon-pCRかつCPS and EGスコア3以上,術後化学療法が行われた場合,TNBCではpT2以上あるいはpN1以上,Luminalタイプでは腋窩リンパ節転移4個以上とされた.4年IDFSオラパリブ群:82.7%, プラセボ群:75.4%と有意な改善を示した(HR=0.63, 95% CI : 0.50-0.78).4年OSは,オラパリブ群:82.7%,プラセボ群:75.4%で死亡リスクを32%低下させた(HR=0.68 ; 95% CI 0.47-0.97).OlympiAD試験14)は,転移再発乳癌を対象とし,医師が選択した標準化学療法(TPC)とオラパリブを比較した.PFSは,オラパリブ群:7.0カ月,TPC群:4.2カ月と有意な延長を示した(HR=0.58 ; 95% CI 0.43-0.80).最終報告OSは,オラパリブ群:19.3カ月,TPC群:17.1カ月で有意差は認めなかったが,1st lineでのオラパリブ使用においては,3年OS中央値が,22.6カ月 vs 14.7カ月(HR=0.55, 95%CI : 0.33-0.95)と有意な延長を認めた.オラパリブの効果を最大限に享受するためにも,gBRCA病的バリアントの同定は不可欠であり,対象となり得る症例の可及的速やかなgBRCA診断を,主治医が意識しておくことが肝要である.

VI.おわりに
本稿では乳癌Subtype別の薬物療法の動向について述べた.前述のように新たにHER2低発現という概念も出現し,今後は分子標的薬,癌免疫療法の可能性が広がるとともに,治療アルゴリズムはさらに複雑化することが予想される.この多岐に渡る乳癌薬物療法においては,医療者―患者間でのShared decision makingが重要である.そこでは,多職種からなる医療チームにおいて,互いに連携する必要がある.

 
利益相反:なし

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文献
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