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日外会誌. 124(2): 218-221, 2023

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特別寄稿

国のがん対策推進基本計画における外科学の立ち位置

日本外科学会名誉会員,九州大学名誉教授,公立学校共済組合九州中央病院院長 

前原 喜彦

内容要旨
がん患者を含む国民が,がんを知り,がんと向き合い,がんに負けることのない社会を目指すべく,平成18年に「がん対策基本法」が定められ,平成19年4月施行,平成19年6月に「がん対策推進基本計画(基本計画)」を策定するためのがん対策推進協議会が設置されました.基本計画の中に重点的に取り組むべき課題として,「手術療法,放射線療法,化学療法,免疫療法の充実とこれらを専門的に行う医療従事者の育成」とあります.よって,外科学を今まで以上にサイエンスに基づいた学問,Surgical Scienceとして発展させてゆくことが重要であり,全国の外科医の方々には,力を合わせ外科学を昇華させてゆく努力と,外科学の次代を担うAcademic Surgeonを育成してゆく努力が求められています.

キーワード
がん治療, 手術療法, がん対策基本法, がん対策推進協議会, がん対策推進基本計画

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I.はじめに
わが国では昭和56年以降,がんは死因の第一位を占め,現在に至るまで死亡率は右肩上がりで上昇を続けています.がん患者を含む国民が,がんを知り,がんと向き合い,がんに負けることのない社会を目指すべく,平成18年に「がん対策基本法」が定められ,平成19年4月施行,平成19年6月に「がん対策推進基本計画(基本計画)」を策定するためのがん対策推進協議会(協議会)が設置されました.全国の外科医の方々は,全国の大学病院やがん診療連携拠点病院で,がんの外科医療に日々積極的に取り組まれていることと拝察します.

II.がん対策推進基本計画における外科学の立ち位置
平成23年,私は当時,日本癌治療学会の理事長を務めておりましたので,第1期基本計画(平成19~23年)を見直し,第2期基本計画 (平成24~28年)を策定する時期に協議会の委員に任命されました.初回の委員会の席で,既に策定されていた第1期の基本計画の内容を見て目が点になったことを今でも覚えています.
「第2 重点的に取り組むべき課題
1放射線療法及び化学療法の推進並びにこれらを専門的に行う医師等の育成
我が国においては,胃がんなど,主として手術に適したがんが多かったこともあり,手術を行う医師が,化学療法も実施するなど,がん治療の中心を担ってきた.
現在は,がんの種類によっては,放射線療法が手術と同様の治療効果を発揮できるようになるとともに,新たな抗がん剤が多く登場し,化学療法の知見が蓄積してきた.
このため,放射線療法及び化学療法を専門的に行う医師を養成する.」
第1期の基本計画の中には,外科治療の役割と外科医の育成についての記載は皆無です.委員会が終わって厚生労働省の担当官にその理由を尋ねると,「外科治療はすでに確立された治療法なので十分充実しているでしょう.今以上に発展する余地はないと思う.重点項目には,これまで相対的に遅れていて,今後の新たな展開が期待される領域を記すことにしている.よって,外科治療は重点項目から外された」と,外科治療は過去の遺物とでも言いたげでありました.
「基本計画の中に外科治療という文言が入らないと,がん医療における外科学の立場は無いものとなってしまう.全国の外科教室の中には腫瘍外科を標榜しているところもあるが,学問的な発展は望めないことになる.これは外科学の危機だ.外科治療を何が何でも入れないといけない.そのことが私の使命だ」と固く決意しました.
第二回の委員会以降,がんの治療成績向上のためには,外科治療のさらなる発展と外科医の育成が必要不可欠であると訴えますが,委員構成から1:19と,どうしても分が悪く議論になりません.そのうち,ある委員から「前原先生の御意見は外科全体ではなく,先生お一人だけのお考えなのでしょう」との発言に,私は「大局的,客観的に意見を述べてくれる参考人の招致を提案したい.岐阜大学の吉田和弘教授にお願いしたい」と応じました.
吉田先生は,広島大学を御卒業後,広島大学原爆放射線医科学研究所外科学教室(原医研外科)に入局されました.原医研外科教授の服部孝雄先生は,東京大学を御卒業後,国立がんセンター外科医長を経て,昭和41年,私どもの九州大学第二外科助教授となられ,昭和48年から原医研外科の教授を務められました.よって,九州大学第二外科にとって,原医研外科は兄弟教室との認識で,吉田先生も昭和60年から2年間,九州大学第二外科の関連施設でもある松山赤十字病院外科で研修されましたので,同門の後輩のような感覚で交流を続けていました.
「吉田君,がん医療における外科治療の重要性を力説してくれ.外科学の窮地を救ってくれ.治療成績向上のためには,外科治療の発展は是非とも必要だと皆を納得させてくれ.全国の外科医の将来を考えて,一発かましてくれ」とお願いしました.吉田先生は「承知しました.全力を尽くします」と.
今でも忘れることのできない平成23年8月25日,厚生労働省で開かれた協議会の席で,一般公聴陪席者だけでも百名以上の方が出席の中,吉田先生はがんの外科治療の重要性をサイエンスに基づいて見事に力説してくれました(詳細は岐阜大学のホームページをご覧下さい).吉田先生のレクチャーを聞かれた委員の表情から,私は潮目が変わったなと心の中で確信しました.正直なところは,それだけ言うならまあ仕方がないかと思ったのかもしれません.
第2期基本計画で記された文言は,
「第2 重点的に取り組むべき課題
1放射線療法,化学療法,手術療法の更なる充実とこれらを専門的に行う医療従事者の育成
がんに対する主な治療法には,手術療法,放射線療法,化学療法などがあり,単独又はこれらを組み合わせた集学的治療が行われている.
今も手術療法ががん医療の中心であることに変わりはないが,外科医の人員不足が危惧され,外科医の育成や業務の軽減が早急に改善すべき課題となっている.
このため,これまで手術療法に比べて相対的に遅れていた放射線療法や化学療法の推進を図ってきたが,今後は,放射線療法,化学療法,手術療法それぞれを専門的に行う医療従事者を更に養成するとともに,こうした医療従事者と協力してがん医療を支えることができるがん医療に関する基礎的な知識や技能を有した医療従事者を養成していく必要がある.」
「外科治療」の中には,泌尿器科,婦人科,脳外科,整形外科,皮膚科領域などのがんも含まれるため,基本計画の文言は「外科治療」ではなく「手術療法」という表現になりました.
わずか4文字の「手術療法」を基本計画の中に入れ込むため,何と長い時間と膨大なエネルギーを費やしたことかと,策定された第2期の基本計画を感無量の思いで見つめました.
さらに,第3期基本計画(平成29~令和4年)では,私に続く外科系委員の西山正彦先生,北川雄光先生,土岐祐一郎先生らの努力もあり,手術療法は治療法の一番手に躍り出ています.
「(2)がんの手術療法,放射線療法,薬物療法及び免疫療法の充実
②各治療法について(手術療法,放射線療法,薬物療法及び免疫療法)
(ア)手術療法について
(取り組むべき施策)
国は,外科分野の専門的な学会等の意見を踏まえながら,引き続き,拠点病院等を中心に,人材の育成や適正な配置を行うことを検討する.
国は,体への負担の少ない手術療法や侵襲性の低い治療等を普及させる.また,安全かつ新たな治療法に資する医療機器の開発を推進する.
関係団体は,NCDを活用するなど,手術療法の質の担保と向上を図る.
国は,関係団体と協力し,定型的な術式での治療が困難な一部の希少がんや難治性がん等について,患者の一定の集約化を行うための仕組みを構築するとともに,当該仕組みの情報提供を行う.また,多領域の手術療法に対応できるような医師・医療チームを育成する.」
現在,日本中の外科医が大手を振ってがんの外科治療に専念できているのは,吉田先生が渾身の力で委員会の流れを変えてくれたことによるところが大きいと今でも考えています.

III.日本外科学会のさらなる発展のために
今回の事例から考えたこと,外科学は国から正当に評価されていないのではないか,軽くみられているのではないか,国は外科学の実情を知らないのではないか,ということです.それに対して腹を立てるのではなく,外科学を今まで以上にサイエンスに基づいた学問,Surgical Scienceとして発展させてゆくことが重要であると考えます.全国の外科医の方々には,力を合わせ外科学を昇華させてゆく努力と,外科学の次代を担うAcademic Surgeonを育成してゆく努力が求められています.令和4年4月,熊本大学の馬場秀夫先生を会頭に,熊本で開かれた第122回日本外科学会定期学術集会のテーマ「外科学の未来を拓く」のように,広く社会へ向かって,医学・医療における外科学の役割や立ち位置を積極的にアピールしてゆくことも非常に大切なことです.また一方で,現時点でも日々,国の様々な会議や委員会の場で医療政策が議論され,方針が決定されています.日本外科学会からも出来る限り参画し,幅広く正確な情報を得た上で,後の祭りとならないよう日本外科学会の意志を発信してゆくことが必要です.

IV.おわりに
日本外科学会の会員の方々には,国や国民の期待に応えられるような,確実で安心感のあるがんの外科医療の実践が求められています.
追  記
令和4年12月7日,厚生労働省から,令和5年4月から施行予定の第4期がん対策推進基本計画の内容が公表されました.「がん医療」分野の分野別目標の中に,
「2.がん医療
(1)がん医療提供体制等
手術療法・放射線療法・薬物療法について
(ア)手術療法について
(現状・課題)
国は,がんに対する質の高い手術療法を安全に提供するため,拠点病院等を中心に,適切な実施体制の整備や専門的な知識及び技能を有する医師等の医療従事者の配置を行ってきた.また,鏡視下手術等の低侵襲な手術療法の普及を進め,ロボット支援下手術等の新しい治療法についても保険適用が拡大されるなど,手術療法の充実が図られてきた.
一方で,高度な技術を要する手術療法のような,全ての施設で対応が難しいようなものについては,医療機関間で連携し,地域の実情に応じて集約化を行う等,手術療法の連携体制の整備が必要である.
(取り組むべき施策)
国及び都道府県は,患者が,それぞれの状況に応じた適切かつ安全な手術療法を受けられるよう,標準的治療の提供に加えて,科学的根拠に基づき,ロボット支援下手術を含む鏡視下手術等の高度な手術療法の提供についても,医療機関間の役割分担の明確化及び連携体制の整備等の取組を進める.」
とあります.第4期がん対策推進基本計画においても,引き続き,わが国のがん医療における重要な治療法の一つとして,手術療法の役割が記されています.

 
利益相反:なし

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