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日外会誌. 124(2): 199-204, 2023

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会員のための企画

救急診療におけるvirtual reality 臨床学習プラットフォームの構築

1) 日本医科大学 救命救急科
2) 日本医科大学 消化器外科

横堀 將司1) , 進士 誠一2) , 吉田 寛2)

内容要旨
わが国における救急車搬送数は年間600万件/年を超え,人口高齢化に相まって益々増加傾向にある.個々の患者に迅速かつ最善の治療を施すのが医師の使命であり,診療の場においても常に質を保つことが不可欠である.
しかし今,このコロナ禍で学生教育や若手医療者育成はそれに追いついているであろうか? 医学生・看護学生は国家試験対策,若手医師・看護師は働き方改革による労働時間制限やコロナ禍による実習中断からOn the Jobによる自己研鑽の場を失われつつある.緊迫した救急現場では,患者救命優先のため,医学生・看護学生や若手医師・看護師は患者に近寄ることもできない.現場では,より効率よく,リアルで,インプレッシブな教育手法が求められている.
われわれは患者やご家族の許可をいただき,熟練した医療スタッフによる淀みない初期診療をVirtual Reality(VR)化し,学生授業や若手医師・看護師教育に生かす取り組みを始めている.学生や若手医療者がエキスパートスタッフによる診療を繰り返し,疑似体験でき,場所や時間を問わず的確な診療手順を体得できる.遠隔による授業展開をすることで,コロナ禍に負けない医療体制を構築するのみならず,教育の地方間格差も無くすことで医師の地域偏在解決などにも貢献できればと思う.

キーワード
Virtual Reality(VR), 臨床実習, クリニカル・クラークシップ, 新型コロナウイルス感染症, 遠隔教育

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I.はじめに
わが国における救急車搬送は過去最多の約664万件で,10年前と比較して約30%増加している1).これは人口の高齢化に相まって益々増加傾向にある.医師はこれら増加する救急患者の一人一人に最良の治療を施すべく,日々研鑽し,常に診療の質を保つことが重要である.また超高齢化社会に突入し益々増加する急性期疾患に対処すべく,学生にも十分な教育が必要である.
しかし今,学生教育や若手医療者育成はそれに追いついているであろうか? 医学生は国家試験対策のために年々膨大になる医学知識を頭に詰め込み,すでに飽和状態の感がある.若手医師は働き方改革による労働時間制限からon the job trainingによる自己研鑽の場をも失われつつある.緊迫した救急現場では,患者救命優先のため,医学生や若手医師は患者に近寄ることもできない.
さらに現在,新型コロナウイルスの蔓延による,臨床実習・臨床研修の縮小を余儀なくされている.
今,救急医療の現場では,どこでも体験可能で,より効率よく効果的で,インプレッシブな医学教育手法が求められているのである.

II.従来の教育手法の問題点
従来の医学教育では,浅い臨床経験を補うべく,あるいは実臨床に入る前のトレーニングとして,マネキンやシミュレーターを用いたトレーニングが行われてきた.最近では「臨床実習において実施可能な医行為」,いわゆる門田レポート2)の周知により,クリニカル・クラークシップ(以下,CC)開始前における医行為のシミュレーションは必須となった(図1).
われわれの施設でも,臨床実習(CC)に入る前に学生が気管挿管や超音波検査,静脈路確保,尿道カテーテル挿入などをシミュレーターで行い,医学生は十分な準備をもって患者に接してきたと思われていた.
しかし,実際に医学生にアンケートを取ってみると,シミュレーション直後の評価は,ほぼすべての手技で「興味」,「満足」,「自信」が高かったにも関わらず,実際に患者で手技を行ったあとには,多くの手技で,シミュレーションで培った「自信」は低下してしまっていた(図2).
実際に救急患者で試行すると自己評価が下がったのは,ゴム製のシミュレーターと実際の患者の違いに関する戸惑いだけではなく,実臨床での難易度増加や救急現場における緊張感,心的負荷が増したことも示しているかもしれず,学生にもリアリティがあり,緊張感を持って体感できるようなコンテンツが必要と思われた.

図01図02

III.よりリアルな医学教育を求めて
われわれは,より緊張感を感じる授業を展開すべく,患者やご家族の許可をいただき,熟練した医療スタッフによる淀みない初期診療を医師や看護師の当事者目線でVirtual Reality(VR)化し,学生授業や若手医師・看護師教育に生かす取り組みを始めている.
まず,患者初療室や緊急手術室に360度撮影カメラをセットアップしておく(図3).
その後,救急車で来院される患者,あるいは患者代諾者に同意を取得の後,カメラを用いて360度動画を撮像する(図4).
さらに画像を編集し,同期させた患者モニター画面のビルドインや患者のプライバシー処理を行い,現場にいるかのような没入感に加え付加情報が載った現実空間以上に学習効果の高いコンテンツを作成する(図5).
また,それに合わせた手技のシミュレーションビデオも共に作成しておく(図6).

図03図04図05図06

IV.救急医療におけるVR授業の展開
前述の如く作成したコンテンツを用い,実際に学生を教育する.
今回導入した視聴システムはSmart syncによるマルチモードにより複数の受講生目線を共有することでタイムリーなフィードバックも可能になっている.
実際の教育手順は
①シミュレーションVR画像を見せ,手順を確認させる.
②Smart Syncによるマルチモードを用いて,それぞれの学生の視点を確認し,重要なポイントを確認し,指導を与える.
③実際の症例をVR体験させ,臨場感,緊張感を与える.
④最後にシミュレーターを用い,実際の手技を最終確認させる.
これにより医学生や若手医療者が救急医学のエキスパートスタッフによる診療を繰り返し疑似体験でき,場所や時間を問わず的確な診療手順を体得できる.これにより学生のEarly exposure(早期体験),さらにはモチベーションの上昇に伴う学習意欲向上に強く貢献すると考えている.

V.VRコンテンツを用いた自宅学習
新型コロナウイルスの蔓延により,2020年4月7日,改正新型インフルエンザ対策特別措置法に基づく「緊急事態宣言」が発令されたのは記憶に新しい.医学生が大学病院で臨床実習することができなくなり,多くの医学系大学が対処を迫られている.VRゴーグルにて個々の学生が自分のVRゴーグル内のコンテンツを学習できるようになっている.われわれは,より臨床実習に近い教育を行うべく,医学生にVRゴーグルを送付し,WEB会議システム(WEBEX)で繋ぎながら双方向性の授業を行っている.これにより教室の中のみならず,学生のe-learningコンテンツとしても十分に使用可能であることを確認した(図7).

図07

VI.おわりに
「机上の学問」という言葉は従来,意味のない教育の代名詞として蔑まれていた.しかし,近年VRを使用し,より没入感のあるレクチャーを行うことの有用性を発表する論文も散見され,アメリカ心臓協会(AHA)の心肺蘇生ガイドラインにおいても,心肺蘇生教育にVRの有用性が言及された3)
VR教育ツールがわが国の医療のクオリティを保ち,多くの患者の救命に貢献することで,この言葉の概念を根底から変えることに強く期待している.また,オンラインで医療現場と教室を直接的につなぐようなシステムの開発にも大きな期待を寄せているところである.

 
利益相反:なし

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文献
1) 総務庁消防庁.令和2年度消防白書.2022年6月30日. https://www.fdma.go.jp/publication/hakusho/r2/items/r2_gaiyou.pdf
2) 厚生労働省.医学部の臨床実習において実施可能な医行為の研究.2022年6月30日. https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10803000-Iseikyoku-Ijika/0000204696.pdf
3) Panchal AR, Bartos JA, Cabanas JG, et al.: Part 3: Adult Basic and Advanced Life Support: 2020 American Heart Association Guidelines for Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care. Circulation, 142(16 suppl 2): S366-S468, 2020.

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