日外会誌. 124(2): 183-189, 2023
特集
糖代謝異常と外科医療
7.糖尿病患者に対する代謝改善手術
北里大学医学部 下部消化管外科学 内藤 剛 |
キーワード
糖尿病, 減量・代謝改善手術, 代謝改善効果, 肥満症, 安全性
I.はじめに
2型糖尿病は,わが国の国民病とも言われており2,000万人以上の国民が糖尿病もしくは糖尿病の可能性のある状態と診断されている.令和元年国民健康・栄養調査結果の概要によると,「糖尿病が強く疑われる者」の割合は男性19.7%,女性10.8%であった1).糖尿病は虚血性心疾患や腎不全などさまざまな疾患の引き金となることから,その治療は現代医療の大きなウェイトを占めている.糖尿病の治療は,食事・運動療法,薬物療法などの非観血的治療が長い間当たり前とされており,手術による糖尿病治療という概念はこれまで論じられたことはなかった.
一方,2型糖尿病の要因となる肥満症に関しては,重症肥満症に対する体重減少を目的とした消化管手術,いわゆる減量手術(bariatric surgery)が普及している.これらの減量手術を施行した症例において,術後非常に早期から2型糖尿病や脂質異常症などの代謝性疾患が劇的に改善することが報告されるようになり,減量手術が2型糖尿病に対して,体重減少によらない直接的な改善効果があることが示され,2型糖尿病に対する外科的治療オプションになりうることが示された2).そこで2型糖尿病の改善を主目的とした消化管手術を代謝改善手術(metabolic surgery)と称するようになった.減量手術と代謝改善手術は手技的には同じ手術であるため,しばしば一括して減量・代謝改善手術と称される.
本稿では,減量・代謝改善手術の概要と最近のわが国の動向に関して概説する.
II.減量・代謝改善手術の概要
代謝改善手術は減量手術から派生したもので,術式は基本的には同じである.減量手術は「消化管の解剖学的構造を変化させ,摂食もしくは消化吸収される食事量を減少させて体重を減少させる手術」と定義されている3).代表的な減量・代謝改善手術は,胃の縮小もしくは胃の形成を行って摂食量の制限を行う「摂食制限手術」と,これにバイパスなどの消化管の経路変更によって消化吸収を抑制する手術を付加する「吸収抑制付加手術」に大別される(図1).
摂食制限手術の代表的な術式としては,調節性胃バンディング術(Gastric Banding:GB),スリーブ状胃切除術(Sleeve gastrectomy:SG)などがある.スリーブ状胃切除術は現在わが国で唯一保険収載されている術式である.吸収抑制付加手術としては,ルーワイ胃バイパス術(Roux-en Y Gastric Bypass: RYGB)が最も一般的な術式であるが,この術式では術後に内視鏡による観察が困難な空置された胃が残存し,胃癌の発見が遅れることが懸念されるため,わが国ではあまり普及していない.その他にスリーブ状胃切除術で十二指腸を球部で離断し,Rou-en Y型に十二指腸と空腸をバイパスし,近位空腸を遠位回腸に吻合して胆汁や膵液を遠位回腸に流入させる十二指腸転換胆膵バイパス術(Bilio-Pancreatic Diversion / Duodenal Switch:BPD/DS)も行われている4).またRYGBでの空置された残胃の問題とBPD/DSの栄養障害を軽減する目的で,バイパスする腸管の長さを短くしたスリーブ状胃切除術+十二指腸空腸バイパス術(Sleeve Gastrectomy / Duodenal-Jejunal Bypass: SG / DJB)(略称:スリーブバイパス術: Sleeve-Bypass:SB)が笠間らによって考案され,現在一部の施設で先進医療Aとして実施されている5).いずれの手技も,現在では腹腔鏡下手術で行われることが多い.
手術適応に関しては,欧米では重症肥満症例における減量を主目的とした場合は糖尿病などの肥満関連疾患の合併がなくても手術適応とされており,併存疾患の治療を主目的とした場合は,適応基準のBMI値を下げて設定している.わが国でも日本肥満症治療学会が2013年に策定したガイドライン6)では,減量が主目的の場合はBMIが35kg/m2以上としているが,糖尿病を含む合併疾患の治療が主目的のいわゆるmetabolic surgeryの適応としてはBMI32kg/m2以上としている.一方,保険診療で減量・代謝改善手術を行う場合は,減量目的のみでの手術は適応とはなっておらず,糖尿病などの併存疾患の合併が必須となっている(表1).
III.代謝改善手術の糖尿病改善効果
減量・代謝改善手術の体重減少効果や糖尿病改善効果は,内科的治療法に比して著明に高いことが明らかとなっている.スウェーデンで行われた,4,000名以上の重症肥満症例の15年間前向きコホート試験(Swedish Obese Subjects(SOS)試験)では,非手術治療群に比較して手術治療群では減量効果が有意に高く,さらにその効果が15年経過しても維持されていた.また累積死亡率も手術群で有意に低かった7).またこの試験の副次解析では,糖尿病の改善効果も手術群で有意に高く,術後2年の糖尿病の寛解(糖尿病治療薬を使用せず空腹時血糖<110mg/dL)率は非手術群で16.4%であったのに対し手術群では72.3%であった.また介入15年後の糖尿病寛解率も非手術群では6.5%まで低下したのに対し,手術群では30.4%と依然高い値であった8).また米国で行われた手術治療群と内科的治療群の糖尿病改善効果をみた無作為化比較試験であるSTAMPEDE試験でも,術後5年の糖尿病の改善効果は手術群で有意に高いことが示された.またこの試験では,スリーブ状胃切除術とルーワイ胃バイパス術の糖尿病改善効果の違いも検討しており,胃バイパス術群の方が糖尿病改善効果が高いことを示している9).
一般に摂食制限手術と吸収抑制付加手術では吸収抑制付加手術の方が糖尿病改善効果が高いとされている.われわれが実施したスリーブ状胃切除術とスリーブバイパス術の術後1年の糖尿病改善効果を比較した多施設共同研究10)では,全298例における1年後の糖尿病の臨床的寛解(HbA1c <6.5%かつ糖尿病治療薬なし)率は82.9%で,術式間に有意差を認めなかった.しかし糖尿病の重症度別に術後の糖尿病改善予測スコアであるABCDスコア11)で分けて同様の検討を行ったところ,糖尿病が比較的軽症であるABCD≧6では糖尿病寛解率は94.8%で術式間に有意差はないものの,重症糖尿病例であるABCD≦5では糖尿病寛解率はスリーブ状胃切除術で61.8%,スリーブバイパス術では79.7%とスリーブバイパス術で有意に高い結果であった.またインスリン使用例ではその差はさらに顕著となり,スリーブ状胃切除術では41.9%まで低下するのに対し,スリーブバイパス術では72.3%と依然高い寛解率を示していた.これらの結果から,欧米に比較して肥満は多くないわが国でも糖尿病治療の観点からは吸収抑制付加手術の導入は必要であると考える.
IV.代謝改善効果発現機序
代謝改善手術の糖尿病改善効果の発現機序に関しては,さまざまな研究がされているがいまだ定説には至っていない(表2).
特にバイパス術における効果発現機序としては,消化管ホルモン,中でもGLP-1(glucagon-like peptide-1),GIP(glucose-dependent insulinotropic polypeptide) といったインクレチンが大きく関与しているのではないかと推察されてきた12).小腸バイパス術では十二指腸および上部空腸が空置されて食物が通らないこと,さらに胆汁および膵液が下部小腸に直接流入することから,小腸バイパス術における糖尿病改善効果の機序として以下の二つの仮説が提唱されてきた13).
1.Foregut hypothesis(前腸仮説)
十二指腸および上部空腸を空置して食物が通らないために,インクレチンの分泌を阻害するような未知の物質(anti-incretin factors) の分泌が抑制されるという仮説.
2.Hindgut hypothesis(後腸仮説)
下部小腸に,早期に大量の未消化の食物や胆汁・膵液が流入することにより,回腸のL細胞から分泌されるGLP-1の分泌が刺激され,インスリン分泌を刺激したり組織のインスリン抵抗性を改善させるという仮説.
また摂食制限手術単独のスリーブ状胃切除術における減量・糖尿病改善効果の発現機序として胆汁酸が関与するとした報告もあり14),糖尿病改善効果発現機序には胆汁酸の関与も重要とされている.
われわれはかねてより十二指腸空腸バイパス術(DJB)の糖尿病改善効果に関する基礎的検討を行っており,肥満糖尿病自然発症ラットにおいてDJBの胆膵脚(bilio-pancreatic limb: BPL) を空腸の上部に吻合した群と下部の回腸に吻合した群での糖尿病改善効果を検討したところ,より下流に吻合した群で強い糖尿病改善効果を示すことが分かった.さらにこれらの群ではGLP-1,PYY(peptide YY)の上昇を認めた15).またこの効果はBPLを長くすると増強し,BPLを短くするとその効果がキャンセルされることも分かった.さらにこの機序には血中胆汁酸濃度の上昇が関与していることが示唆された16).さらにDJBにおける血中胆汁酸濃度上昇の機序として,空置された空腸内で早期に胆汁酸の再吸収が起こり,胆汁酸の腸肝循環が短絡化するためと考えている17)18).胆汁酸は肝細胞中のFXR(farnesoid X receptor)を介して様々な代謝関連因子の発現調節を行っているが,胆汁酸濃度が上昇することで肝細胞内では糖新生に関与するグルコース-6-ホスファターゼやホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼ,さらには脂質代謝酵素の発現調節因子であるSREBP-1c(sterol regulatory element-binding protein-1c)などの発現が抑制されることが示されている.また褐色脂肪細胞ではGタンパク質共役受容体を介して脱共役タンパク質1(uncoupling protein 1:UCP1)の発現が亢進し,エネルギー消費が上昇する.われわれはこれらがDJBにおける糖尿病改善効果の発現の主要な機序であると考えている.
V.わが国の現状と今後の方向性
わが国における減量・代謝改善手術の施行症例数は,日本内視鏡下肥満・糖尿病外科研究会の「腹腔鏡下肥満外科手術と内視鏡的胃内バルーン留置術の第6回アンケート調査結果報告」によると,2019年末の時点で3,669例であった19).その後の緊急アンケート調査の結果では2020年に753例,2021年には890例が施行されており,通算で5,300例を超えた.今後さらに普及が進んでいくものと考えるが,諸外国の状況に比べるとわが国の現状はまだ発展途上である.そのような中で,2021年3月には日本肥満症治療学会,日本糖尿病学会,日本肥満学会の3学会合同委員会による「日本人の肥満2型糖尿病患者に対する減量・代謝改善手術に関するコンセンサスステートメント」20)が発出された.このステートメントでは,手術の正式な日本語名称が提唱されたことに加え現時点でのエビデンスに基づいて保険収載の有無によらず,実施施設の要件・手術適応・術式選択さらには周術期管理の方法などに関して詳細に言及されている.また外科医側からの意見だけではなく内科医と外科医が合同で策定したステートメントであることも意義が深い.
これまで減量・代謝改善手術は「最後の切り札」といった認識が大きく薬物療法や食事療法でもどうしてもコントロールが不良な症例に手術を推奨するというケースが多かった.しかしこのステートメントでは糖尿病罹患期間が長くインスリン分泌能が低下してからでは手術の効果も限定的であるとして,コントロールが良好であっても高度肥満がある場合は早期に手術を考慮することが推奨されている.
またインスリン分泌能が低下している症例では,現行わが国では保険未収載である,スリーブバイパス術の実施を考慮することとしている.これも現状では限られた施設での先進医療もしくは私費診療でしか施行する方法は無いものの,内外の多くのエビデンスに基づいてステートメントに盛り込まれることとなった.
VI.おわりに
今後わが国で諸外国と同様に健全に減量・代謝改善手術が普及していくためには,更なるエビデンスの集積と安全な手術の実施,さらには適切な周術期管理が必須である.その中でこの3学会合同委員会によるコンセンサスステートメントの果たす役割は非常に大きく,その安全な普及に寄与することを期待したい.
利益相反:なし
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