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日外会誌. 124(1): 143-145, 2023

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定期学術集会特別企画記録

第122回日本外科学会定期学術集会

特別企画(9)「過去から未来に繋げる災害医療と外科医の役割」
6.災害医療において必要とされる外科的skillと外科医の役割―紛争地における外科治療の経験から―

特定非営利活動法人国境なき医師団日本 

久留宮 隆

(2022年4月16日受付)



キーワード
国境なき医師団, 紛争地, 自然災害, ニーズ, 外科的skill

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I.はじめに
国境なき医師団は1971年にフランスの医師とジャーナリストによって設立された医療人道援助団体で,その活動は独立・中立・公平の理念のもと,医療の届かない地域の人びとに医療援助を行います.2021年には,アフリカ,中東,アジアを中心に世界の72の国と地域で活動を行っており,難民キャンプや紛争地だけでなく,栄養失調,自然災害,感染症などにも対応しています.そのうち外科医が対応するのは主に紛争地や自然災害における外傷治療です.

II.国境なき医師団での活動内容
図1に国境なき医師団の活動内容を示していますが,新型コロナウイルスの対応が増加した2020年を除くと,最も多かったのは紛争下の医療であり,次に社会的暴力と医療から疎外された人びとへの対応でした.対して自然災害への対応は2020年で2%,多い年でも8%程度でした.
私自身の活動(計15回)でも多くは紛争後の復興支援や紛争下の医療援助で,自然災害への対応は計3回であり,主に医療マネージメントであった東日本大震災と熊本地震での対応を除くと,純粋に外科治療を行ったのはネパールでの活動のみでした.

図01

III.外科プロジェクトにおける経験
外科プロジェクトについて考察するため,まず紛争後の復興支援であるリベリアと紛争下のイエメンなどでの活動について報告し,その上で自然災害に対応したネパールのお話をします.

A) 紛争後復興支援プロジェクト(リベリア)
リベリアでの活動は私にとって初めての派遣でしたが,2004年4月に日本を出発し,パリでのbriefingを経てリベリアに渡りました.首都モンロビアの小学校を改造した100床程の病院で活動しました.その内容は帝王切開や緊急中絶手術といった産婦人科手術が4割を占め,次いで虫垂炎,ヘルニアなどの腹部手術が4分の1,それ以外では整形外科がその多くを占めていました.
ここでの手術は日本とは異なり,社会背景が手術のニーズを大きく左右しています.低年齢での出産が,まだ成長過程の母親の未成熟な体型に伴う児頭骨盤不均衡による遷延分娩や胎児仮死を引き起こしたり,また20年間の内戦・内乱で医療へのアクセスが限られていた事により,反復脱出を繰り返した巨大ヘルニアなどが挙げられます.
このような中で外科医が現場のニーズに応えなければならない事は,その対応にも大きく影響します.最たる例は次のケースでした.交通事故による脳内出血により,脳ヘルニアが疑われた8歳の男児で,現地には開頭の器具などありませんでしたが,両親の懇願に応えるべく,pin traction用のドリルと四肢切断に用いる線鋸やリウエルを用いて減圧開頭を行いました.その摘出した頭蓋骨は一時的に腹部皮下に埋め込みました.その結果,約1週間後には指先が動き,以後急激に回復して1カ月半で歩行もできるまで回復しました.

B) 紛争下プロジェクト(イエメン,ナイジェリア)
紛争中のイエメンでは,小手術が多く,そこに突然,腹部や胸部の大手術を要するケースがありましたが,基本的には小外科を含めた整形外科のニーズが多くみられました.
実際のケースでは開放性骨折で内果の骨露出に対して筋膜皮弁を行った症例や中指のDeglobing Injuryに対して一旦腹部の皮下に指を埋没固定し,有茎皮弁とした後に生着を待って切離して形成を行った症例,またⅢb型肝損傷に伴う腹腔内大量出血の治療後の外胆汁瘻に対して肝右葉切除を行ったり,散弾銃による大腿動脈損傷による下肢阻血で大伏在静脈を用いたグラフト症例など,多種多様な症例を経験しました.

C) 自然災害プロジェクト(ネパール)
ネパールの震災では,発災2日後には日本を出国しましたが,広域な大規模災害であり,ネパール入りした後に保健省との会合で担当地域を決めて山間部の村に入りました.
この時すでにemergency phaseを逸していたせいか,ここでもやはり小手術が多く,紛争下の緊急プロジェクトと似た手術内容でした.ただ,ここでは他の地域へのアクセスがなく,緊急帝王切開など,いわゆる紛争後の復興支援などにおいてみられるような緊急症例も散見されました.

IV.自然災害におけるプロジェクトの特徴(紛争地プロジェクトとの共通点)
このように自然災害と紛争地におけるプロジェクトの共通点は,資源の限られた環境下での活動であり,緊急対応の必要性,そして環境によって異なるものの,専門医へのアクセスが困難で,患者情報が不足する中での対処,follow upの困難性を伴っている事です.このような診療においては画像診断や血液検査の施行が難しく,通常の診療に比べてより一層,臨床経過や理学所見を取る事の重要性が増し,Primitiveな診断能力が要求され,様々な情報収集とともに五感をフルに稼働して診療を行う事が重要となります.

V.医療人道援助活動と外科トレーニング
World Journal of Surgery掲載のアメリカの研究1)によれば,ACSの外科トレーニングを受けた外科医のスキルが,国境なき医師団の活動においてどの程度カバーできているかをみると,アメリカの外科トレーニングも専門化しており,活動地で必要とされる産婦人科や整形外科の領域に携わる機会は僅かで,代わりに鏡視下手術や高度先進手術が多くなっています.すなわち紛争下や自然災害において必要とされる様々な医療ニーズに対して,現在の外科トレーニングではまだ不十分であり,資源の限られた場所での幅広いニーズに対応するためには特別な準備が必要です.つまり自然災害への対応を考える際には今後,様々なニーズに対応するための事前トレーニングが必要と考えられます.

VI.おわりに
自然災害でも紛争地でも,現地におけるニーズは災害の大きさや地理的条件,年齢構成,交通アクセスなどの要因によって異なり,一定の対応が難しく,その場におけるニーズを正確に把握し,現地でのニーズや人びとの気持ちに寄り添った臨機応変な対応が必要となります.
災害時における外科医の潜在能力は高く,様々なニーズに対応できる可能性があるものと思われ,その可能性をさらに高めるためには高度先進医療や専門分化した外科治療だけではなく,いわゆる総合外科としての幅広い対応能力を事前に準備する必要があるものと考えられます.

 
利益相反:なし

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文献
1) Yihan L, James SD, Adam LK, et al. : Are American Surgical Residents Prepared for Humanitarian Deployment? A Comparative Analysis of Resident and Humanitarian Case Logs. World J Surg, 42 : 32-39, 2018.

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