[書誌情報] [全文HTML] [全文PDF] (1008KB) [全文PDFのみ会員限定][検索結果へ戻る]

日外会誌. 124(1): 68-72, 2023

項目選択

手術のtips and pitfalls

網嚢切除

1) 東海大学医学部付属八王子病院 消化器外科
2) 大阪医科薬科大学 名誉教授

野村 栄治1) , 岡島 邦雄2)



キーワード
胃癌, 網嚢切除, 手術手技

このページのトップへ戻る


I.はじめに
網嚢腔とは,大網・小網・胃後壁・膵臓・横行結腸間膜前葉・胃脾間膜などによって囲まれた空間であり,網嚢腔内に露出する腫瘍では,まず網嚢腔内に転移・浸潤・播種を来すと考えられていた.このため,この網嚢腔を覆う組織を一括切除することが網嚢切除であり,日本では長い間進行癌に対する標準的な手術手技として施行されてきた.しかし,JCOG1001(深達度SS/SEの切除可能胃癌に対する網嚢切除の意義に関するランダム化比較第Ⅲ相試験)の結果によって,網嚢切除が生存率の改善には寄与しないことが明らかとなった1).さらに,網嚢切除により膵液瘻の発生が有意に増加したことから膵被膜の剥離は避けたいところである.なお,この臨床試験ではスキルス胃癌は除かれているため,後壁の胃癌すなわち網嚢内のスキルス胃癌や大網乳斑に限局性に接着した初期の播種巣を有するスキルス胃癌には有効かもしれないが,それを検証する臨床試験の実施は困難であろう.また,最近の抗癌剤治療の進歩によって,癌近傍の特定の組織を予防的に合併切除することの合理性も希薄になりつつある.では,網嚢切除の意義はどこにあるのであろうか.胃全摘術を含む完璧な網嚢切除は必要ないとなれば,安全性を確保するための部分的な網嚢切除の手技が残るものと思われる.われわれが最もシンプルに概念として把握している網嚢周囲の解剖を図1 2)に示す.この概念を把握していれば,進行胃癌に対する化学療法施行後の著明な線維化による層の判別困難例も,横行結腸間膜前葉と後葉の剥離に始まる網嚢切除の手技により,No.6・No.14vリンパ節郭清を確実に行うための正しい層に入ることが可能となる(図2図3図4).一方,篠原ら3)は,前葉の剥離と考えている層は,大網と横行結腸間膜が癒合して形成されたfusion fasciaの大網側に存在する剥離可能層での剥離であると述べており,この層で剥離を進めればNo.6 リンパ節に至るためにはもう一度fusion fasciaを切開することになる(図5).さらに,前葉の剥離層を左側に広げれば,後葉に連続して膵の背側に容易に侵入でき,膵脾の脱転も容易となる(図6).また,腫瘍の膵被膜への浸潤が疑われる場合には,膵被膜剥離の手技にて膵切離を行うことなく腫瘍の剥離が可能な場合もある(図7).このように,従来の網嚢切除の意義は薄れたが,安全な手術を施行するための技術として重要であり,引き継がれるべきと考える.

図01図02図03図04図05図06図07

 
利益相反:なし

このページのトップへ戻る


文献
1) Kurokawa Y, Doki Y, Mizusawa J, et al.: Bursectomy versus omentectomy alone for resectable gastric cancer (JCOG1001):a phase 3, open-label, randomized controlled trial. Lancet Gastroenterol Hepatol, 3: 460-468, 2018.
2) 岡島 邦雄:胃癌:幽門側胃切除術.外科基本手術シリーズ15,ヘルス出版,東京,pp24-25,1985.
3) 篠原 尚,水野 惠文,牧野 尚彦:イラストレイテッド外科手術―膜の解剖から見た術式のポイントー.医学書院,東京,pp42-53,2010.

このページのトップへ戻る


PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。