[書誌情報] [全文HTML] [全文PDF] (761KB) [全文PDFのみ会員限定]

日外会誌. 123(6): 596-598, 2022

項目選択

定期学術集会特別企画記録

第122回日本外科学会定期学術集会

特別企画(4)「NCDデータから紡ぐ外科学の進歩」
3.NCD乳がん登録の現状と問題点

1) 帝京大学 外科学講座
2) がん研有明病院 乳腺センター
3) 杏林大学 乳腺外科

神野 浩光1) , 大野 真司2) , 井本 滋3)

(2022年4月15日受付)



キーワード
乳がん登録, NCD

<< 前の論文へ次の論文へ >>

I.はじめに
医療ビッグデータの基盤整備と研究利用が進みつつあり,ランダム化試験などによるエビデンスに加えて,real world dataの重要性が認識されつつある.real world dataの一つであるがん登録の目的は,がん診療の向上やがん対策の策定・評価に資する資料を整備することである.

II.乳がん登録の歴史
1975年より日本乳癌学会の前身である乳癌研究会の事業として開始された乳がん登録は2003年には年間登録数が13,150症例に達し,29年間の通算では188,265症例が登録され,紙ベースのシステムでは登録および予後調査を継続することは困難となり,web登録による体制に移行した1).その後,2012年からはNCDのシステムに移行し,現在のNCD乳がん登録となっている.また,2011年以前の登録症例のデータもNCDに移管されている.1年あたりの登録症例数は経時的に増加しているが,特に2012年のNCD移行後に登録症例数が大きく増加している(図1).これは,それまでの日本乳癌学会の認定および関連施設を中心とした登録から,それ以外の外科学会関連施設からの登録が加わったことによると考えられる.

図01

III.登録項目
乳がん登録の項目としては,乳がん家族歴,併存疾患,閉経状況にはじまり腫瘍径,TNM分類,組織型に加えてホルモン受容体,HER2,Ki-67,PDL1の発現などのbiology,術前治療の有無やその内容,手術術式や切除組織の病理学的結果,放射線療法を含めた術後療法の内容など多岐にわたっている.また,非手術症例についても登録が可能となっており,わが国における乳がんの全体像把握を目指している.さらに予後調査も行っており,項目としては再発の有無,再発部位,再発巣を生検した場合の病理学的検査およびbiology,再発後の1次治療の内容および死亡原因などが含まれている.

IV.悉皆性
わが国における乳がん罹患総数に対するNCD乳がん登録の症例数の割合(カバー率)は,表1に示すように2004年では全国推計値の28%であったが,経時的に上昇している.また,2016年から全国がん登録が開始され,乳がんにおいても全数把握が可能となっている.2016年以降のNCD乳がん登録の全国がん登録に対するカバー率は約90%となっており,NCD乳がん登録は,わが国における乳がんの全体像をほぼ反映しているデータベースとなっている.

表01

V.監査
データの精緻性担保のために,日本乳癌学会では年1回,登録委員会と専門医制度委員会合同にて監査を行っている.その年に新たに認定された乳腺専門医を対象とし,専門医申請に必須である100症例の中から15症例をランダムに選出し,NCD登録データと入院記録,退院時サマリー,手術記載などと照合している.

VI.データのフィードバック
2004年より日本乳癌学会の登録委員会ではその年の症例全体をまとめた年次報告を毎年作成し,ホームページ上で会員に公開している.さらに,毎年NCD研究を公募しており,登録委員会と学術委員会が合同で審査し,その研究結果は英文論文として報告されている.また,NCD乳がん登録はquality indicator(QI)機能も有している.乳癌診療ガイドラインで標準治療として推奨されており,本システムにより解析可能な項目のうち,QI委員会により選択された8項目についてその実施率を測定し,全国平均との対比が各施設で確認できる.これにより施設間格差が解消され,乳がん診療の均てん化が期待される.

VII.問題点
5年毎の再発を含む予後調査を術後15年目まで実施しているが,予後データ入力率は十分とはいえず,今後は全国がん登録とのデータの連携も期待されている.予後入力率および精緻性の更なる向上のためには,医師にデータ入力を頼っている現状から脱却し,登録担当専門職の導入が必須だと思われる.

VIII.おわりに
医療に関するエビデンスとしてはランダム化臨床試験(RCT)が上位に位置付けられているが,RCTではその厳格な適格基準のために,RCTで得られたエビデンスが実臨床で通用するかどうかは疑問である.そこで,NCD乳がん登録の様なビッグデータを解析することにより,RCTで得られたエビデンスの実臨床における検討が可能となる.つまり,RCTとNCD乳がん登録のようなreal world evidenceは互いに補完することにより,そのエビデンスをさらに強固なものとすることができる.
最後に,乳がん登録は多忙な日常業務を抱えながらデータ登録いただいている各施設の医療従事者のご努力の賜物であることに改めて深謝し稿を終えたい.

 
利益相反:なし

このページのトップへ戻る


文献
1) 徳田 裕,隈丸 拓,神野 浩光:外科医とがん登録―NCDから見えてきたわが国のがん治療の実態― 3.乳がん登録.日外会誌, 120(6): 639-645, 2019.

このページのトップへ戻る


PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。