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日外会誌. 123(6): 589-591, 2022

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定期学術集会特別企画記録

第122回日本外科学会定期学術集会

特別企画(4)「NCDデータから紡ぐ外科学の進歩」
1.消化管領域におけるNCD研究の利活用

1) 神戸大学 食道胃腸外科
2) 福島県立医科大学 肝胆膵・移植外科
3) 防衛医科大学校 外科
4) 慶應義塾大学 外科
5) 東京大学 消化管外科
6) 慶應義塾大学 医療政策・管理学
7) 浜松医科大学 
8) 大阪急性期・総合医療センター 

掛地 吉弘1) , 丸橋 繁2) , 上野 秀樹3) , 北川 雄光4) , 瀬戸 泰之5) , 宮田 裕章6) , 今野 弘之7) , 後藤 満一8)

(2022年4月15日受付)



キーワード
NCD, 消化管, ロボット手術, 専門医, 癌登録

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I.はじめに
National Clinical Database(NCD)は専門医制度と連動した手術症例の入力を2011年から開始し,10年余りを経てビッグデータに成長している1).手術を受ける患者のリスクがrisk calculatorシステムで瞬時に表示され,自施設の手術成績も客観的に評価できる.さらに,手術成績を改善させるために施設に求められる機能は何か,データの実証的な解析から専門医制度を構築する試みもなされている.

II.消化管手術の動向
毎年のannual report2)から最近10年間の食道・胃・大腸手術の年次推移をみると,胃の手術は減って,大腸の手術は増えてきている.高齢者が増えて術前の合併症も増えているせいか,Clavien- Dindo(CD)分類 Grade Ⅲ以上の術後合併症は増えている.にもかかわらず,合併症が起こっても全身管理の下に救命し,死亡率は低いレベルを保っている.
消化管領域では,年々腹腔鏡,胸腔鏡の手術が増えており,All Japanの現状は,2019年で直腸低位前方切除術が70%,食道切除術の66%,幽門側胃切除術の51%,胃全摘術の27%が鏡視下手術で行われている.患者の高齢化が進む中で,80歳以上の高齢者の直腸癌に対する腹腔鏡手術は開腹手術に比べて死亡率,術後合併症率ともに低い結果であった3).高齢者の術前合併症率は若年者に比べて高い状態だが,術後合併症率は高くなく,腹腔鏡手術の安全性が示されている.

III.ロボット手術の安全性
診療報酬改定で高難度の手術が保険収載される際に,厚生労働省からの各種通知で,「関連学会が定める指針に基づき,当該手術が適切に実施されること」が求められる場合がある.手術の質と安全性を確保するため,学会のガバナンスの下にNCDへの術前・術後症例登録が必須とされる.2016年からは腹腔鏡下肝切除術および腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術の術前症例登録が求められた.2018年から保険収載されたロボット手術については日本内視鏡外科学会によるNCDへの術前・術後症例登録がなされた.集積されたデータが解析され,安全性が報告されている.
幽門側胃切除術・胃全摘術においては日本内視鏡外科学会の技術認定医が行ったロボット手術(RG)と腹腔鏡手術(LG)をpropensity score matchingを用いて比較し,CD Grade Ⅲa以上の合併症率に差は無かった(RG, 4.9% vs. LG, 3.9% ; p=0.084)4).30日死亡率に差は無く(RG, 0.2% vs. LG, 0.1% ; p=0.754),再手術率はロボット手術の方が高かったが(RG, 2.2% vs. LG, 1.2% ; p= 0.004),術後在院日数はロボット手術の方が短かった(RG, 10 days vs. LG, 11 days ; p<0.001).直腸低位前方切除術でも,ロボット手術の方が腹腔鏡手術よりも開腹移行率が低く(0.7% vs. 2.0% ; P < 0.001),出血量が少なく(15ml vs. 20ml ; P < 0.001),在院死亡率が低く(0.1% vs. 0.5% ; P= 0.007),術後在院日数が短かった(13日 vs. 14日 ; P < 0.001)5)
保険収載後一定期間を経て,質と安全性を示すデータが集積されたことを受け,2023年からは術後登録のみに変更する方針となり,胃・食道・直腸(2018年10月〜)は,今後術後登録のみとなる.なお,結腸(結腸悪性腫瘍手術)は2022年からの新領域となるが,直腸と同一臓器であることより,術前登録は不要とし術後登録のみとなる.

IV.専門医の関与と施設の機能
厚生労働省のがん対策推進総合研究事業で今野らは手術療法の標準化に向けた消化器外科専門医育成に関する研究を行い,消化器外科専門医制度が実際どのように診療の質や治療成績向上に寄与しているか,NCDを活用して検証してきた.消化器外科専門医術式のうち約7割の手術に消化器外科専門医が関与し,食道切除再建術等の高難度手術では専門医の関与比率が90%を超えることが示され,専門医の数が多いほど治療成績も良好であった6).この結果は消化器外科専門医制度の妥当性を示すと同時に,さらに医療の質を向上させるためには単純に個々の手術における専門医の関与だけではなく,各施設の専門医数や診療体制など,チーム,病院としての機能を含めた施設の質を評価する必要があることを示している.施設の機能を評価するために,NCDシステムを用いたアンケート調査が2016年に実施された7).NCD登録専門医分野で「消化器外科専門医」を選択している1,579の施設診療科から回答が得られ,施設の努力で改善できて手術成績を良くする10項目が明らかになった.術前カンファレンス,cancer board, MMカンファレンス,NCD feedback systemの利用,チーム医療,ICT, NST, 手術開始時のtime out,消化器外科専門医が2人以上,認定看護師の存在,であった.9項目以上を満たしていると主要8術式全てで死亡率が低くなり,施設の機能評価の指標に適切であることがわかった.
施設の年間手術症例数が手術死亡率を下げていることが食道切除術8),幽門側胃切除術9),胃全摘術10)で報告されている.施設の集約化が手術成績の向上に役立っているのかどうか,NCD解析チームのTakahashiら11)が食道手術で検討した.集約化が進んでいる県では1施設あたりの年間症例数が増え,死亡率が低くなってきていた.食道切除術のような高難度の手術において,施設の集約化は効果があると思われ,難度に応じた集約化と施設の機能の充実が求められると考えられる.

V.臓器がん登録
2012年から乳癌・膵癌登録が開始され,現在までに肝癌,胃癌12),前立腺癌,腎癌,膀胱癌,食道癌13),遺伝性乳癌卵巣癌の臓器がん登録が順次NCDに実装されている.がん患者の症例登録においては,症例登録の悉皆性や予後情報の追跡調査が重要である.手術と術後短期成績の登録から始まったNCDに,各種臓器がん登録が実装され,長期予後まで含めたデータベースの構築が進んでいる.

VI.おわりに
NCDの解析により外科手術の安全性を保ち,治療成績の向上を図ることができている.外科治療の他の放射線治療や薬物治療など,clinical databaseとして一層の充実も望まれる.また,DPCなど他のdatabaseとの突合利用など,更なる発展も期待される.

 
利益相反:なし

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文献
1) Kakeji Y, Yamamoto H, Ueno H, et al.: Development of gastroenterological surgery over the last decade in Japan: analysis of the National Clinical Database. Surg Today, 51: 187-193, 2021.
2) Marubashi S, Takahashi A, Kakeji Y, et al.: Surgical outcomes in gastroenterological surgery in Japan: Report of the National Clinical database 2011-2019. Ann Gastroenterol Surg, 5: 639-658, 2021.
3) Seishima R, Miyata H, Okabayashi K, et al.: Safety and feasibility of laparoscopic surgery for elderly rectal cancer patients in Japan: a nationwide study. BJS Open,  5: zrab007, 2021.
4) Suda K, Yamamoto H, Nishigori T, et al.: Safe implementation of robotic gastrectomy for gastric cancer under the requirements for universal health insurance coverage: a retrospective cohort study using a nationwide registry database in Japan. Gastric Cancer, 25: 438-449, 2021.
5) Matsuyama T, Endo H, Yamamoto H, et al.: Outcomes of robot-assisted versus conventional laparoscopic low anterior resection in patients with rectal cancer: propensity-matched analysis of the National Clinical Database in Japan. BJS Open 5, zrab083, 2021.
6) Konno H, Kamiya K, Kikuchi H, et al.: Association between the participation of board-certified surgeons in gastroenterological surgery and operative mortality after eight gastroenterological procedures. Surg Today, 47: 611-618, 2017.
7) Konno H, Kamiya K, Takahashi A, et al.: Profiles of institutional departments affect operative outcomes of eight gastroenterological procedures. Ann Gastroenterol Surg, 5: 304–313, 2021.
8) Nishigori T, Miyata H, Okabe H, et al.: Impact of hospital volume on risk-adjusted mortality following oesophagectomy in Japan. Br J Surg, 103: 1880-1886, 2016.
9) Iwatsuki M, Yamamoto H, Miyata H, et al.: Effect of hospital and surgeon volume on postoperative outcomes after distal gastrectomy for gastric cancer based on data from 145,523 Japanese patients collected from a nationwide web-based data entry system. Gastric Cancer, 22: 190-201, 2019.
10) Iwatsuki M, Yamamoto H, Miyata H, et al.: Association of surgeon and hospital volume with postoperative mortality after total gastrectomy for gastric cancer: data from 71,307 Japanese patients collected from a nationwide web-based data entry system. Gastric Cancer, 24: 526-534, 2021.
11) Takahashi A, Yamamoto H, Kakeji Y, et al.: Estimates of the effects of centralization policy for surgery in Japan: does centralization affect the quality of healthcare for esophagectomies? Surg Today, 51: 1010-1019, 2021.
12) Suzuki S, Takahashi A, Ishikawa T, et al.: Surgically treated gastric cancer in Japan: 2011 annual report of the national clinical database gastric cancer registry. Gastric Cancer, 24: 545-566, 2021.
13) Watanabe M, Tachimori Y, Oyama T, et al.: Comprehensive registry of esophageal cancer in Japan, 2013. Esophagus, 18: 1-24, 2021.

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