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日外会誌. 123(5): 435-437, 2022

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会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(128)

―ガイドラインに反する医療行為につき過失はないとされた事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
ガイドライン, 胆石性急性膵炎, 急性循環障害, カンファレンス

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【本事例から得られる教訓】
ガイドラインの記載と異なる医療行為であっても,合理的な理由があれば過失となる訳ではない.ただし「合理的な理由」の判断については,できる限りカンファレンスをする等して,その判断の客観性を担保するようにしたい.

1.本事例の概要(注1)
今回は,ガイドラインに反する医療行為をしたものの,過失が否定された事例であり,外科医の関心も高いと思われることから紹介する次第である.
平成26年4月27日,患者(84歳位・男性.老人ホームに入所.ADLは自立.認知症で不穏行動を繰り返していた)は,夕食後の19:00頃,腹部圧痛等を訴え,21:48頃,本件病院に搬送された.
腹部単純CT検査が実施され,胃から十二指腸下行脚までが著明に拡張し,食物残渣が充満していること,横行脚に拡張はみられないこと,胆石を認めるが,胆嚢腫大および周囲脂肪織濃度上昇といった胆嚢炎を示唆する所見はなく,傍乳頭憩室の疑いがあること,膵臓の浮腫や腫大,膵周囲の液体貯留といった膵炎を示唆する所見はないこと等が認められた.
担当医は,血液検査でアミラーゼの値が高かったこと(538U/L:基準値41~112),無痛性胆嚢炎の既往があったこと等から胆石性急性膵炎を疑い,また,救急車で搬送されるまでに複数回の嘔吐等があったことおよびCTにおいて十二指腸の拡張を認めたことから,胆石性急性膵炎に伴う麻痺性イレウスを疑い,患者は入院となった.
平成26年4月28日の8:30頃,カンファレンスを経て患者は胆石性急性膵炎と診断された.
9:30頃~17:50頃まで,患者はベッドより起き上がり座ったり臥床したりを繰り返し,点滴を自己抜針すること等もあった.
17:50頃,腹痛,嘔気および息苦しさはなく,ヘルパーと共に患者は車椅子で散歩をした.
21:20頃~23:00頃にかけ,点滴をちぎろうとする等のヘルパーからの報告もあったため,21:20アタラックス1A,22:30セレネース1Aが投与され,23:00頃,ミトン抑制を行った.
平成26年4月29日のAM0:50頃,看護師が患者の病室を訪れると,患者は,口呼吸で,意識レベルがJCSⅢ-300,SpO2が50ないし60%台で,末梢チアノーゼが出現していた(本件急変).
救命措置を行ったものの,1:35頃に患者の死亡が確認された.
なお,患者に対する輸液状況は以下の通りである.表1

表01

 
上記の輸液を合計すると3,000mlとなるが,判決では2,590mlとされている.これは22:30の点滴(500ml)開始後に本件急変が生じたことから,実際に輸液投与された量は90mlと判断されたためと思われる.

2.本件の争点
主な争点の一つは,平成26年4月28日の輸液量が,急性膵炎ガイドライン(注2)に反していたことが過失に当たるか否かという点であった.

3.裁判所の判断
第一審では,急性膵炎ガイドラインが,呼吸・循環モニタリングを推奨していること等を根拠に,裁判所は,担当医は患者に対し,経時的にバイタルチェック等を行い,その結果を踏まえて,適量の輸液投与を実施すべき注意義務があったとし,担当医は必要なバイタルチェック等をしていたとはいい難く,適量の輸液もしていないとして,過失を認定した.
これに対し,控訴審ではまず,急性膵炎ガイドラインの性格等を検討し,同ガイドラインは,急性膵炎の診療にあたる臨床医に実際的な診療方針を提供すること等を目的としたもので,本件当時の診療行為における最も標準的な指針であるとした.
しかし他方で,同ガイドラインは,実際の診療行為を強制するものではなく,施設の状況(人員,経験,機器等)や個々の患者の個別性を加味して最終的に対処法を決定すべきであるとされていると認定し,同ガイドラインに沿った医療行為を実施しなかったとしても,当該患者の個別性等に照らして合理的な理由がある場合には,過失とはならないとした.
本件において担当医は,患者が軽症の急性膵炎であり,高齢者への輸液過剰の危険等も考慮し,輸液量は2,590mlで,3回の内服の際の飲水量を150mlとしても合計して2,740mLであった.ガイドラインにおける急性膵炎時の1日の最低推奨輸液量3,000mLには達していなかったことから,その合理的な理由の有無が検討された.
そして,ガイドラインによれば,重症例についてではあるが,輸液の目的に関し,血管透過性亢進や膠質浸透圧の低下により細胞外液が膵周囲や後腹膜腔等へ漏出すると,大量の循環血漿が失われ,これによる急性循環障害が急性膵炎初期の病態を悪化させる一因であることから,発症早期から十分な輸液投与を行い循環動態を安定させることが重要であるとした.しかし,本件は,CT所見では血管透過性の亢進による細胞外液の膵外漏出原因となる膵臓の浮腫や腫大が認められず,脱水の所見もなく,血圧低下などの循環不全の兆候もなかったとした.
さらに,高齢者に対する輸液は心不全や肺水腫の危険性があること等も指摘した.
以上を踏まえ裁判所は,担当医がガイドラインに沿った医療行為を実施しなかったことについて,患者の検査所見,臨床経過および年齢等に照らして合理的な理由があったとして,医師の過失を否定した(注2).

4.本事例から学ぶべき点
ガイドラインを裁判で利用されることには異論もあると思われるが,現状,司法の判断でガイドラインが重視されている事実は否定できない(注4).
しかし,本件のように,ガイドラインに沿っていない医療行為であっても,合理的な理由があれば,過失となるわけではない.
問題は,その合理的な理由の判断方法だろう.外科医は常に差し迫った状況で決断を要求される.できる限りカンファレンスを実施する等して,「合理的な理由」の判断の客観性を担保するようにしたい.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 福岡高裁宮崎支部令和3年9月15日判決.
注2) 急性膵炎診療ガイドライン2010〔第3版〕(平成21年発行.急性膵炎診療ガイドライン2010改訂出版委員会編)
注3) 血圧等を指標とした循環動態の安定や尿量の点からもガイドライン違反につき争われたが,「合理的な理由」があるとされている.
注4) 医事法令社,医療判例解説Vol.82(2019年10月号)9頁~23頁等.

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