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日外会誌. 123(5): 416-420, 2022

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特集

低侵襲膵切除術の進歩

7.ロボット支援下膵頭十二指腸切除術:現在の課題と今後の展望

1) 藤田医科大学 総合消化器外科
2) 藤田医科大学 先端ロボット・内視鏡手術学

内田 雄一郎1) , 宇山 一朗2) , 髙原 武志1) , 三井 哲史1) , 水本 拓也1) , 岩間 英明1) , 小島 正之1) , 加藤 悠太郎2) , 須田 康一1)

内容要旨
2020年4月の本邦保険収載をうけて,ロボット支援下膵頭十二指腸切除術は急速に普及してきている.膵頭十二指腸切除術は複雑かつ合併症発生率が高い術式であり,本術式を安全に普及・発展させていくためには本術式の現状と課題を適切に認識し,一つ一つ改善していく必要がある.当科においても2009年に第1例を経験して以降様々な課題に直面し,自験例のみならず諸家の報告も参考にして適応・手技を変遷させてきた.現在報告されている本術式についての知見をまとめ,現在の課題と今後の展望について述べる.

キーワード
ロボット手術, 膵頭十二指腸切除術, ロボット支援下膵頭十二指腸切除術, ラーニングカーブ

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I.はじめに
従来開腹・開胸などの直達手術で行われていた術式が,徐々に内視鏡手術により実施されるようになる潮流は,すべての外科領域でみられているといっても過言ではない.膵頭十二指腸切除術(PD)においても,2016年4月に腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術が保険収載されて以降,様々な施設から報告がなされている.2020年4月のロボット支援下手術保険収載はこの流れをさらに加速させるものと考える.腹腔鏡下手術では,鉗子の動作制限などの問題により特に再建手技が大きな課題となっていたが,ロボット支援下手術においては高拡大倍率のカメラと多関節機能・手振れ防止機能付きロボット鉗子を中心とした技術的優位性により,この課題が克服されることが期待されており,すでに様々な利点が報告されている.
しかし,ロボット支援下手術は開腹手術や腹腔鏡下手術の単なる延長ではなく,ロボット支援下手術独自の注意点があるため,ロボットの特性を十分に考慮して適切に症例・手技を選択する必要がある.むやみに新規技術を適応することで,個々の患者さんに対する根治性・安全性を損ねることがあってはならない.本章ではロボット支援下膵頭十二指腸切除術(RPD)を安全に普及・発展させていくために,切除手技・再建手技・Learning Curveと教育の3課題を取り上げることとした.各課題についてのエビデンスを整理し,当科の経験もふまえて今後の展望について述べる.

II.切除手技
膵頭十二指腸切除術は膵頭部腫瘍性病変に対する術式として広く用いられているが,対象とする疾患によって必要な切除範囲が異なる.
当科ではおもに上腸間膜動脈(SMA)周囲に対する必要切除範囲に応じて,手技の適応を決定している.Inoueらは膵頭十二指腸切除術におけるSMA周囲に対する切除範囲をLevel 1~3に分けて報告しており1),当科でもこの分類を用いて手術手技を整理している.膵頭部低悪性度腫瘍に対する手術では,SMA周囲の切除ラインを上腸間膜静脈(SMV)右縁レベル(Level 1切除)とする処理が可能であり,RPD導入初期の施設やRPDに取り組み始める術者ではまずはこれらの疾患から取り掛かるのがよいと考えている.SMAへのアプローチ法についてはすでに様々な報告があり,Nagakawaらは内視鏡手術におけるSMAアプローチ法をAnterior approach, Right approach, Posterior approach, Left approachの4型に分類している2).Level 1切除において,当科では空腸起始部を右側に牽引して視野をえるRight approachを基本としている.SMA右側からの術野でKocher授動を十分に行うことで,空腸起始部をSMA右側に引き出すことが可能で,横行結腸間膜より尾側に術野を移すことなく手術が継続できるため,手術時間の短縮にも有効である.しかし,空腸にすこしでも癒着がある場合,開腹手術では大きな問題とならないような緩い癒着であっても,このような術野展開を企図する際には非常に問題になることがある.Robot操作で空腸の癒着を広範囲に検索するのは困難な場合も多いので,特に腹部手術既往例など癒着が想定される症例においてはロボットをドッキングする前に腹腔鏡下に十分に癒着を確認・剥離しておくなどの工夫が必要である.また,肥満症例などでは横行結腸間膜の脂肪組織が分厚いことなどにより,しばしばSMV~第一空腸静脈と膵臓との間の視野が不良になることがある.同部を走行する下膵十二指腸静脈(IPDV),下膵十二指腸動脈(IPDA)は危険な出血の原因となりうる血管であり,手術で最も注意が必要な場面の一つである.われわれはRPDにおいて,IPDA・IPDVを安全に処理するための方法として,Posterior approachの一種であるSemi-derotation techniqueを報告してきた3).腸間膜根部の左右から第一空腸静脈と膵頭部の付着部を十分に剥離することで,腸間膜のねじれを部分的に解消することが可能であり,切除する膵頭部・十二指腸を腹側・左側に翻展させて術野をとった際に,Retraction armによる腹側への展開のみでIPDA・IPDVが良好に進展され,容易に処理が可能となる.この方法ではIPDA根部にアプローチすることが可能であり,Level2切除を行う場合はこの方法を適応している.本法ではロボットのRetraction arm以外の2本のアーム,つまり術者の両手をフリーとした状態で,術野が展開されるようにすることで,出血を来した際も安全な止血操作が可能である.したがって切除範囲がLevel 1で良い症例であっても,肥満などで視野が不良の場合にも積極的に適応をしている.
ロボット支援下にPLsmaを切除する手術(Level 3)手技についてのまとまった報告は少なく,当科では現状では積極的に適応していないが,Shyrらは自施設RPD289例の検討において,RPDでのLevel 3切除がLevel 1, 2切除と比較して同等の安全性で施行可能であり,開腹でのLevel 3切除と比較して出血量や乳び腹水・胃内容排出遅延などの合併症発生率低減が可能であったことを報告している4)
門脈合併切除を伴うRPDは現時点で保険適応外であり,本邦で実施している施設は少ないものと考える.世界的にも症例報告が散見されるレベルであるが,報告例は多くが安全な施行が可能であったとしている5)6).当科でも過去に動物によるトレーニングを行った後に,肝動脈,門脈合併切除再建の1例を施行したが,長時間手術を要するなど定型化にはまだまだ課題があり,現時点ではRPDの適応とはしていない.門脈浸潤を伴う膵頭部腫瘍,特に浸潤性膵管癌に対して低侵襲手術を積極的に適応する必要性・妥当性があるかは議論の必要があるが,浸潤性膵管癌は膵頭十二指腸切除の対象疾患のなかでも最も頻度の高い疾患であり,RPDの安全な導入がなされた施設において,臨床試験として検討されるべき課題であると考える.

III.再建手技
膵頭十二指腸切除術では各種臓器の再建手技が必要である.従来の腹腔鏡下手術において,特に膵・胆道再建は大きな課題であった.その最大の要因が鉗子の角度制限などに起因した運針の技術的難易度の高さであったが,ロボット支援下手術での多関節付き鉗子による自由な角度での運針は,この問題を正面から解決してくれる大きな利点である.またロボット鉗子による手振れの抑制,高拡大倍率のカメラによる良好な視認性が,開腹手術と比較してもストレスフリーの運針が実現可能と確信している.一方で,体腔内で複数の細径糸を捌く必要性がある点は腹腔鏡下手術と同様であり,各施設で独自の工夫が必要と思われる.当科では現在Blumgart変法を用いた膵空腸吻合を基本として行っており,膵空腸吻合部直上に1本アシストポートを追加することにより膵実質貫通縫合の糸を捌き,吻合部頭側端と尾側端にガーゼを配することで膵管空腸粘膜吻合の糸を捌いている.
ロボット手術における触覚の欠如は特に再建手技において十分認識しておくべき課題である.腹腔鏡下手術では鉗子を通じて結紮時の糸の抵抗を認識することが可能であるが,ロボット手術においては困難である.高倍率カメラによる視覚情報によりこれを補う必要があるが,特に膵管吻合時等の細径糸を緩みなく,かつ組織の裂傷をおこさずに結紮することは容易ではない.当科ではこの点を克服する一つの案として,膵管縫合を回避した再建方法としてWrapping double mattress anastomosisを考案し,細径膵管・soft pancreasでも実施できる安全な再建方法として報告している7)
胆管空腸吻合においてもロボット支援下手術の安定した術野や自在な運針は非常に有効と考えられる.しかし,当科においては初期の症例を中心に胆管空腸吻合部の遅発性狭窄を経験するなど,ロボット支援下手術で行えば胆管吻合は問題ない,といえるような結果ではなかった.現在当科では両端針を用いて後壁2/3周を連続縫合,前壁1/3周を結節縫合で胆管空腸吻合を実施しているが,前述のごとくロボット鉗子に触覚はないため,連続縫合糸の締めすぎには十分注意が必要である.また狭窄を回避する目的で不完全外瘻チューブの留置をルーチンに実施している.ロボット支援下の胆管空腸吻合についてのまとまった報告は少なく,今後の検討が必要である.
RPDと開腹PD,腹腔鏡下PDを比較したメタアナリシスでは,いずれも合併症発生率に有意な差は見いだせなかったと報告されている8)9).膵液瘻などの術後合併症発生率には疾患特性が大きく関与するため,RPDの安全性の正確な評価にはランダム化比較試験が必要と考えられるが,現時点では報告はない.ロボット支援下の精緻な手術操作という最大の利点を十分に引き出し,術後合併症発生率を低減させることが,RPDにおいて最も期待されることの一つであるが,それはまだ十分に達成されていないといえる.諸家からの工夫やエビデンスの集積により今後RPDの成績がさらに改善されることを期待したい.

IV.ラーニングカーブと教育
ロボット支援下膵頭十二指腸切除術のラーニングカーブは大きな課題として認識されており,すでに複数の報告がなされている.Chanらにより2021年に報告されたメタアナリシスではロボット支援下膵頭十二指腸切除術のラーニングカーブは36.7例であったと報告されており10),ラーニングカーブに要する症例を確保するだけでも,多くの施設にとっては容易ではない.個々の術者のラーニングカーブを短縮させ,かつラーニングカーブ中の患者アウトカムを損なわないように工夫していくことが極めて重要である.本邦においてはこの一助とするために日本肝胆膵外科学会と日本内視鏡外科学会の主導によりプロクター制度が設置され,ロボット支援下膵頭十二指腸切除術の新規導入にあたっての指針が設定されている(*1).
(*1) 
〇常勤の日本肝胆膵外科学会高度技能専門・指導医および日本内視鏡外科学会技術認定取得者の指導下で当該手術を行うこと.
〇術者は開腹,腹腔鏡下,ロボット支援下にかかわらず,膵頭十二指腸切除術 20 例以上の術者としての経験を有していること.腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術(再建は含まず)5 例以上の経験(うち 3 例以上が術者)もしくは,ロボット支援下膵体尾部切除術 10 例以上の術者としての経験を有すること.ただし,当該施設において 5 例以上のロボット支援下膵頭十二指腸切除術を経験している常勤医が手術指導を行う場合,術者の腹腔鏡下膵切除術の経験の有無を問わない.
〇当該手術導入時の第 1 例目より,日本肝胆膵外科学会が認定したプロクターまたは暫定プロクターを招聘しその指導下に行うこと.
<ロボット支援下膵切除術導入に関する指針 令和4年4月18日改定 より一部抜粋>
腹腔鏡下手術の経験がロボット支援下手術の開始にあたり必須であるかどうかは様々な意見があるが,術野の類似性からはやはり有用と考えられる.また膵頭十二指腸部周辺の外科解剖を熟知することが安全な手術の実施に必要不可欠であることは,議論の余地がない.ロボット支援下膵切除術黎明期の現在,導入基準を過剰に厳しくすることを避けつつ,手術チーム全体としてロボット支援下手術・膵頭十二指腸領域手術の十分な経験を担保することを意図して現在の施設導入・術者基準が設定された.なお今後ロボット支援下手術の普及がすすみ,多くの手術がロボット支援下に行われる時代が来た場合には,特に若手外科医の教育という観点からは柔軟に見直していく必要があると思われる.
肝胆膵外科領域のなかでは膵切除術が初めてロボット支援下手術として保険収載をうけることとなった.このため本術式をこれから導入する肝胆膵外科医の多くはロボット支援下手術の経験が少ないことが想定される.従来の開腹手術教育において,初心者に対して膵切除術から執刀経験をつませ始める施設は少なく,多くの施設ではヘルニアや胆嚢手術などの比較的短時間で完遂可能でより単純な術式から徐々に経験をつみ,順次複雑な手術へ教育をステップアップしていくものと思われる.残念ながら本邦における肝胆膵外科領域ロボット手術教育では今のところ,ステップとなるべき術式はない.ヘルニア修復術や胆嚢摘出術等の手術において,ロボット支援下手術を行うことが個々の患者に対してどれだけメリットを生み出すことができるかは,まだ明らかになっているとはいえないが,ロボット支援下のより複雑な術式を安全に提供し続けられる体制を構築するためには,これらの術式の普及が手助けになる可能性があると考えている.Riceらは,他領域におけるロボット支援下手術の経験やシミュレーションを含むロボット手術教育カリキュラムを行った後進術者が,指導医よりもはるかに急峻なラーニングカーブを得ることができたことを自施設500例以上のロボット支援下膵頭十二指腸切除術の経験をもとに報告している11).本邦においても各施設において安全な普及をすすめつつ,後進世代への教育プログラムも併行して確立していくことがロボット支援下膵頭十二指腸切除術全体の安全な発展に重要であると考えられる.また多くの報告ではラーニングカーブを手術時間や出血量で定義しているが,より患者アウトカムに直結する術後合併症発生率や,腫瘍学的な因子などに基づいた報告はまだ少なく,さらなる知見の集積が望まれている.本邦ではNational Clinical Databaseと連動した術前レジストリによるデータの集積が行われており,本邦からのエビデンスの発信とともに,安全な普及が行われているかを検証しながら本術式を発展させていく必要がある.

V.おわりに
ロボット支援下膵頭十二指腸切除術の現状と課題について報告した.今後急速に普及する可能性が高い術式であり,各課題を認識しながら安全に実施されていくことが望まれる.

 
利益相反:なし

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文献
1) Inoue Y, Saiura A, Yoshioka R, et al.: Pancreatoduodenectomy with systematic mesopancreas dissection using a supracolic anterior artery-first approach. Ann Surg, 262: 1092–1101, 2015.
2) Nagakawa Y, Watanabe Y, Kozono S, et al.: Surgical approaches to the superior mesenteric artery during minimally invasive pancreaticoduodenectomy: A systematic review. J Hepatobiliary Pancreat Sci, 29: 114–123, 2022.
3) Kiguchi G, Sugioka A, Kato Y, et al.: Use of a novel semi-derotation technique for artery-first approach in laparoscopic pancreaticoduodenectomy. Surg Oncol, 33: 141-142, 2020.
4) Shyr BU, Shyr BS, Chen SC, et al.: Mesopancreas level 3 dissection in robotic pancreaticoduodenectomy. Surgery, 169: 362-368, 2021.
5) AlMasri S, Paniccia A, Zureikat AH: Robotic Pancreaticoduodenectomy for a Technically Challenging Pancreatic Head Cancer. J Gastrointest Surg, 25: 1359, 2021.
6) Marino MV, Giovinazzo F, Podda M, et al.: Robotic-assisted pancreaticoduodenectomy with vascular resection. Description of the surgical technique and analysis of early outcomes. Surg Oncol, 35: 344-350, 2020.
7) Kiguchi G, Sugioka A, Uchida Y, et al.: Wrapping double-mattress anastomosis for pancreaticojejunostomy in minimally invasive pancreaticoduodenectomy can significantly reduce postoperative pancreatic fistula rate compared with conventional pancreaticojejunostomy in open surgery: An analysis of a propensity score-matched sample. Surg Oncol, 38: 101577, 2021.
8) Yan Q, Xu LB, Ren ZF, et al.: Robotic versus open pancreaticoduodenectomy: a meta-analysis of short-term outcomes. Surg Endosc, 34(2): 501-509, 2020.
9) Kamarajah SK, Bundred J, Marc OS, et al.: Robotic versus conventional laparoscopic pancreaticoduodenectomy a systematic review and meta-analysis. Eur J Surg Oncol, 46(1): 6-14, 2020.
10) Chan KS, Wang ZK, Sync N, et al.: Learning curve of laparoscopic and robotic pancreas resections: a systematic review. Surgery, 170: 194-206, 2021.
11) Rice MK, Hodges JC, Bellon J, et al.: Association of Mentorship and a Formal Robotic Proficiency Skills Curriculum With Subsequent Generations’ Learning Curve and Safety for Robotic Pancreaticoduodenectomy. JAMA Surg, 155(7): 607-615, 2020.

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