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日外会誌. 123(4): 369-372, 2022

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会員からの寄稿

Global Surgeryと地域外科医療

沖縄県立宮古病院 外科

浅野 志麻 , 松村 敏信

内容要旨
地域外科医療は様々な資源不足の中で行われている.外科医の減少もあり非常に苦しい立場にある.様々な問題に対し,外科のpublic healthの視点,Global Surgeryの手法を用いることで多職種分野との連携を通じて検討し改善できると考えている.今回住民の信頼と地域外科医のやりがいを通じて,地域外科医療のネガティブスパイラルモデルを作成し,地域外科医療の一問題点の明瞭化を図った.Global Surgeryを考慮することは今後の地域外科医療のみならず日本の外科医療全体の発展につながると考えている.

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I.はじめに
研修医時代の数年間はがむしゃらに働き,その後専門分野を決め大学や有名病院でさらに研鑽を積むことが外科医の“スタンダード”とされています.日本外科学会の示す外科研修のあり方の模式図でも,初期研修を2年終了し外科研修を開始し,市中病院や研修病院,大学病院などであらゆる外科(一般外科)の修練を行い,晴れて外科専門医を取得したのちさらにサブスペシャルティに進む,といった道筋が示されています.
筆者も当初こういったスタンダードな道を疑問もなく歩んでいましたが,僻地の市中病院で研修を行っている間に,このまま外科医皆がこのようなスタンダードな道を歩んでいたら,今働いているこの病院はどうなるんだろう,この地域の人々はどう思うのだろう,といった疑問が湧いてきました.さらには昔から変わらず地域に残って働き続けている外科医の価値を評価し,彼らにスポットライトを当てるにはどうしたらいいだろう,そういった考えのもと外科専門医になった後も地域に残り,地域外科医としてのあり方を模索しています.
地域外科医療は外科医療の中でも非常に大事な分野でありますが,専門化が推し進められる中,あまり脚光を浴びることのなかった分野です.地域外科医療は外科と社会のつながりを重要視する医療であり,地域外科医療を考えることは地域社会において外科がどのように貢献できるかを考えることです.近年Global Surgeryという学際的考えが生まれており,ここではそのGlobal Surgeryの視点を用いて地域外科医療を考えていきたいと思います.

II.Global Surgeryと外科のpublic health
2015年にWHOが外科分野にもpublic healthの視点が必要だと発表するまで,public healthはもっぱら感染症や生活習慣病の改善を目指す,むしろ内科疾患に関わる学問との認識がありました.ところが外科治療が遅れることによって,健康被害が生じることが認識されるようになり,2015年のLancet commission on Global Surgery1)を始めthe Disease Priorities 3rd edition, volume 12)などのさまざまな論文が発表され,Global Surgeryという学際的考えが生まれました.十分な外科治療が受けられないために,世界中で50億の人が家事や仕事ができなくなったり,早期に命を落としたりといった健康障害を被っています.非常に大きい規模の健康被害であり,無視できない事実であることから,こういった世界的な外科分野の不均衡を是正するためにここ数年でその必要性が徐々に知れ渡り,アメリカやイギリスの大学に講座が作られています.Global Surgeryの定義として有名な引用は “ ‘Global Surgery’ is the term adopted to describe a rapidly developing multidisciplinary field aiming to provide improved and equitable surgical care across international health systems”3);(国際的医療システムの中で他職種領域がからみあって外科医療の向上と平等な分配を目指すもの)です.Global Surgeryに関わる外科医Academic Global Surgeonは“a surgeon interested in surgical conditions affecting vulnerable populations”4)(脆弱な人々の外科治療に関わる外科医)とされています.日常臨床の中でvulnerable patientsは一般的に高齢者や,performance statusが悪い患者のことを指しますが,ここでのvulnerable populationとは貧困や医療アクセスの乏しい人々などの社会的弱者,一般的には後進国の人々を指します.しかし先進国であっても人材や資源が限られる地域医療についても当てはまるとされ4),そこで働く外科医は地域外科医でありながらGlobal Surgeonにもなりえます.Global Surgeryを考える上でpublic healthの考え方は必須であり,Global Surgeryは外科のpublic healthであると理解しています.外科のさまざまな社会的問題を解決する手段として,まずは問題点の抽出(量的・質的研究など)からはじまり,プランの作成,他分野への働きかけ(政治,経済,支援団体,患者など),評価などを行いこれを繰り返すことで,他職種分野の力(ここが鍵と思われます)を借りながらvulnerableな社会の外科医療の改善を目指します.

III.地域外科医療の問題点と“Global”な外科医療
地域外科医療において,資源や人材などが乏しい環境でいかに外科医療を提供するかは先に述べたGlobal Surgeryとほぼ共通する問題であり,解決のための手法も応用できると考えています.地域外科医療の問題点は医師がいない,手術機器や病院施設などがない,など数えればきりがないのですが,この中で一つ一つ問題点をピックアップし,それぞれの改善を目指します.例えば厚労省などが提示する病院再編のプランに対して,地域の外科医療への影響はどこまであるか,手術や外科治療の影響はどれほど及ぶか,を外科医の目線を加えて評価検討したり,地域住民が地域の病院にどこまで専門的な外科医療を望むのか(資金や人材不足を承知した上で)などのリサーチを行ったり,患者の経済状況をふまえた外科治療の選択,そして地域外科医療の在り方を医療経済学から評価する,などあらゆる社会生活の中から地域外科医療にかかわる問題点を抽出し,多角的かつ長期的に地域外科医療を改善するプランを考えていきます.
地域の外科医不足に対して,多くの地域で対策として短期もしくは長期で研修医や指導医のローテーションを行っています.しかしながらこの対策がこのままでいいか,ローテーションでどういった問題点が生じているかの議論はあまりなされてない印象があります.現状を継時的に検証し,地域の外科医療が改善されているのか,横ばいなのか,悪化しているのかを評価していかなければ,いずれは地域外科医療が破綻してきます.現在外科医の人口は減少傾向であり,しかも40代以下の外科医は著しく減少しているため,地域の外科を支えている高齢の外科医が退職した後大きな外科医不足が見込まれると思われます.ローテーションで地域の外科医療を支えることは一つの解決手段であるとGlobal Surgeryでも挙げられていますが,最終的には地域で働く医療者を増やすことをゴールとしています5).とにかく長く外科医にその地域にいてもらうことが必要であると考えます.研修医だけでなくサブスペシャルティ専門医も地域で働くことは,さらなる地域外科医療の継続を図れますが,その地域に合わせた医療方法に置き換える必要があります.Global Surgeryでも,先進国から導入された最先端機器や技術もその地域の能力や実状に合わせて使用しないと十分に活用できず,sustainabilityの面で問題があると指摘されています.高度な機器や技術よりも誰でも使える技術や,オーソドックスな機器が地域外科医療の存続には重要です(もちろん継続的な向上心は欠かせないと思いますが).
Global Surgeryの手法を用いて,地域病院に対する住民の信頼と外科医の存続の関係についてモデルを作成して検討しました.地域で働く外科医が頻繁に変わることで,長期的な信頼形成が難しくなり,余力のある患者は当該医療圏外にさらなる医療を求めて移動する.患者もよほどのことでないと受診をしないようになり,症例も減り悪循環に陥る.図1のようなネガティブスパイラルモデルを形成します.自身の離島外科での経験から発したモデルですが,この悪循環を止めるためには長く地域に根ざして働くこと,地域住民から地域病院の信頼を獲得することが重要と思われます.地域住民から信頼されることは,そこで働く外科医のやりがいにつながっており5),そのやりがいは都会の病院では感じられにくく,患者との近い距離が地域医療の利点とされています5).さらにそのやりがいが,地域外科医療を続けることの原動力となっています.地域で外科医として働くことの生きがい,やりがいを感じ,長く地域のために働く.そして長期に働く人が増えるほど地域病院の長期的な計画,資源や知識の欠如をどのように改善するかの戦略が立てられるようになり,外科医だけでなく他職種と連携して長期的にプランを立て,ネガティブスパイラルを阻止することができます.

図01

IV.おわりに
地域外科医療はGlobal Surgeryと非常に親和性が高く,これからの日本の外科医療に非常に重要であると考えます.もちろん日本の外科のサブスペシャルティは世界的にもレベルが高く,これらを追求して集まってくる外科医に支えられていることも理解していますが,高いレベルの外科技術とともに他職種連携を通してvulnerableな人々を助ける,社会に貢献する柔軟さも共に必要であると考えています.日本の大学においてもGlobal Surgeryの講座をぜひ作っていただき,地域連携医療講座などの医療主体のシステム作りからさらに地域全体の健康,予防などを視野に入れ,他職種領域を巻き込んだ学術的な活動へ広がることが望まれます.

 
利益相反:なし

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文献
1) Meara JG , Leather AJ , Hagander L , et al.: Global Surgery 2030:evidence and solutions for achieving health, welfare, and economic development. The Lancet, 386(9993): 569-624, 2015.
2) Debas HT , Donkor P , Gawande A , et al.: Disease Control Priorities, Third Edition:Volume 1. Essential Surgery. World Bank, Washington, DC, 2015. https://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/21568.
3) Bath M , Bashford T , Fitzgerald JE : What is ‘global surgery’? Defining the multidisciplinary interface between surgery, anaesthesia and public health. BMJ Global Health, 4:e001808, 2019.
4) Swaroop M , Krishnaswami S (eds): Academic Global Surgery, Springer, Cham, page 7, 2016.
5) Gnanaraj J : Empowering the rural surgeons, the way forward for meeting the surgical needs of rural areas. Journal of Global Surgery (ONE); 1, 2021.

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