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日外会誌. 123(4): 356-357, 2022

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会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(127)

―経鼻胃管が胃に届いておらず誤嚥性肺炎で死亡した事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
経鼻胃管カテーテル, 誤嚥性肺炎, 胃部気泡音, 看護記録

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【本事例から得られる教訓】
経鼻胃管や挿管チューブが適切に挿入されていなかったものの発見が遅れ事故が生じたという相談をよく受ける.経鼻胃管や挿管チューブを挿入中の患者に異変が生じた際,原因検索においてはチューブの挿入状態も必ず確認するようにしたい.

 
1.本事例の概要(注1)
今回は,経鼻胃管カテーテルの先端が食道に留まりトグロをまく状態になっていたため,栄養剤が肺内に流入し誤嚥性肺炎となったが,発見が遅れたという事案である.
筆者自身も,胃管チューブ・挿管チューブの挿入異常の発見が遅れたことによる事故の相談を受けることが多いため,本事例は事故防止の参考になると思われ,紹介する次第である.
患者(男性・アルツハイマー型認知症.死亡時71歳)は,平成21年,アルツハイマー型認知症と診断され,平成27年11月頃には暴力が始まり,平成27年12月19日,不穏,多動,爆発性等が目立ち,隔離および身体拘束の処置がとられた(注2).
平成27年12月20日,患者に拒食が認められたため,翌日の12月21日,栄養補給および体力回復のために点滴が開始された.
平成27年12月26日,患者の不穏,興奮,拒絶等の状態が継続していたため,医療保護入院に切り替えられた(注3).
平成28年1月7日の11:00,身体拘束状態(体幹および四肢の拘束)のまま,右鼻腔から,経鼻胃管カテーテル(ニューエンテラルフィーディングチューブ.本件チューブ)60cmが挿入留置され,栄養補給の方法が変更された.患者の体動が激しく,病院スタッフ数名で押さえつけて本件チューブが留置された.その後に生食150mlと昼食後薬(白湯100mlに溶かしたもの)が,15:00に生食と白湯が,18:00に経鼻栄養および眠薬が注入された.
平成28年1月8日の7:00,12:00および18:00にそれぞれ,メイバランス400mlと白湯400mlが注入された.11:00の体温は36.8度であったが,14:00には体温38.4度,SpO296%,16:00には38.2度,SpO296%,19:00には37.0度であった.20:30には咳嗽がみられ,口腔内に痰が貯留し,吸引が実施された.
平成28年1月9日の6:00頃,患者の発熱が継続する等しており(同時点の体温は38.9度),当直医は,メイバランス等の経鼻注入を主治医の指示があるまで中止する旨を指示したが,主治医によって経鼻注入が再開された(なお,10:16頃の入院診療録には,患者の喀痰や発熱,SpO2の低下の理由につき医師がいかなる検討をしたかの特段の記載はない).
その後も,薬やメイバランス等の注入が継続され,平成28年1月11日の10:00には体温39.0度,SpO283%となる等したため,当直医は肺炎を疑い,本件チューブからの注入中止の指示をしたが,21:00には別の病院に救急搬送され,胸腹部CTにより誤嚥性肺炎が疑われた.また,頸部CTにより,本件チューブが患者の咽頭部でトグロを巻いている状態であったことが確認された.
平成28年1月16日の1:43,患者は入院中に死亡した.病理解剖の結果,両側肺とも著明な重量増加が認められたが,誤嚥物と判断し得る明らかな構造物は発見されなかった.
2.本件の争点
争点は多岐に渡るが,本件チューブが胃内に適切に留置されたか否かという点を中心に記載する.
3.裁判所の判断
裁判所は,本件チューブが留置された翌日以降,急に患者の状態が悪化し,平成28年1月11日の21:00には,搬送先の病院のCT検査で誤嚥性肺炎疑いと診断されるに至ったこと等から,病理解剖で肺内に明らかな異物の存在は確認できなかったものの,本件チューブは,平成28年1月7日の11:00頃の留置当初から,咽頭部でトグロを巻く状態で,その先端が胃に届いていなかったと認定し,本件チューブを導管とした注入物や胃内容物の逆流によって,重篤な誤嚥性肺炎を生じ,これが原因疾患となって,患者がARDSを発症し,低酸素脳症によって死亡したと認定した.
病院は,本件チューブの留置時に胃部気泡音や胃内容物を確認しており,チューブの先端は胃内に到達していたと反論した.裁判所は,確かに留置後の18:00の経鼻栄養注入の際には,ベッドのギャッジアップと気泡音確認について看護記録に記載があるとしたが,チューブ留置時のギャッジアップや気泡音の確認の記載等は看護記録にも診療録にもない上に,本件チューブを介しての胃内容物確認(Phテスト)が実施された旨の記載が全くない旨を指摘した.これに対し病院は,日常的確認ゆえ看護記録等に記載しないこともあると反論したが,裁判所は,ギャッジアップと気泡音の確認の記載はあるのに胃内容物の確認のみ記載しないということは考え難いし,気泡音の確認のみでは誤挿入に気付かないことがあるとの医学的知見もあるため,看護記録に気泡音確認の記載があるからといって,チューブが胃内に届いていたとは言えないとした(注4).
なお,過失については,「医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療ガイドライン」の記載等を根拠に,遅くとも咳嗽や痰貯留,吸引実施など明らかな肺炎所見が生じていた平成28年1月8日の20:30時点で,本件チューブによる注入を中止し,速やかに肺炎の原因を調査等すべき注意義務を負っていたとし,主治医の過失を認定した.
4.本事例から学ぶべき点
病院スタッフは,本件チューブを留置した際に気泡音を確認したこと等から,胃内に届いていないことは想定していなかったのかもしれない.
しかし冒頭でも述べた通り,チューブの誤挿入等の発見の遅れで事故が生じたという相談は多い.
胃管チューブや挿管チューブを挿入中の患者に異変が生じた際には,原因検索において,チューブの挿入状態も必ず確認したい.当然のこととのご指摘を受けるかもしれないが,同種の事故が多いため,参考にして頂ければと思う.
なお,本件も,裁判所の判断の決め手は,カルテの記載の有無であった.カルテ記載の重要性も改めて申し添える.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 大阪地裁令和3年2月17日(確定).
注2) 精神保健および精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)21条1項に基づくもの.
注3) 精神保健福祉法33条1項に基づくもの.
注4) 病院は死因についても,慢性心不全の急激な増悪等を主張したが,当該主張は排斥されている.詳細は割愛する.

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