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日外会誌. 123(3): 276-277, 2022

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会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(126)

―医療事故調査制度における調査結果が裁判で否定された事例―

1) 順天堂大学 病院管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
医療事故調査制度, センター調査, ソリリス, 髄膜炎菌感染症

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【本事例から得られる教訓】
医療事故調査制度(注1)は医師の責任追及が目的ではないが,調査報告書は裁判の証拠となり得る.報告書作成には慎重を期すべきことを改めて確認したい.

 
1.本事例の概要(注2)
今回は,抗菌薬投与に遅れがあったか否かが争われた事例である.添付文書の解釈等が問題になった事例でもあるが,医療事故調査制度の対象事例でもあるという点にスポットをあてたい.特に本件は,支援センター(注3)による調査報告書の見解が,裁判で否定されており,外科医の関心も高いと思われ紹介する次第である.
患者(女性・事故当時29歳)は,妊娠時に発作性夜間ヘモグロビン尿症(paroxysmal nocturnal hematuria;PNH)が増悪する可能性を指摘されていたことから,平成28年1月7日以降,被告病院産科で継続的に診療を受けていた.
平成28年4月4日から,PNHの治療(溶血抑制等)のためにソリリスの継続的な投与を受けるようになったが,患者は,ソリリスの点滴後に気分不良や熱発などが生じたことはなかった.
患者は平成28年7月31日~平成28年8月6日まで,出産のために被告病院に入院した.
平成28年8月22日の午前中,患者は,被告病院血液内科でソリリスの投与を受けた.同日昼過ぎから,悪寒,頭痛が発生し,その後発熱した.16:55頃,患者は,病院産科に電話し,同日午前中にソリリスの投与を受けたこと,その後急激な悪寒や39.5度の高熱があること等を伝えた.その後も体温が40度を超え,22:00頃から産科のA医師が患者を診察した.体温は36.3度(17:00頃にロキソニン内服)等であったが, 22:45頃,A医師は,ソリリスの副作用の可能性や,髄膜炎菌感染症の可能性があることを考え,患者を血液内科へ引き継いだ.その頃,嘔吐や悪寒,体温上昇(37.5度)がみられた.
血液内科のB医師は,23:00過ぎ頃,救急外来で患者を診察したが,意識状態に問題はなく,短い距離であれば介助なしで歩行できること等を認識した.
血液検査(22:15採血分)の結果は,WBC(白血球)3,200,CRP0.4,Neutrophil(好中球)89.6,PLT(血小板)21万3,000であり,WBCおよびPLTは基準値内であった.
B医師は,23:22頃,入院経過観察を決定し,発熱,嘔吐,頭痛等の非特異的な症状からは髄膜炎菌感染症を積極的に疑うことはできないと考えており,項部硬直,意識障害,脳神経症状,ショック状態等を生じた時点で抗菌薬を投与することを考えていた.
23:43頃,B医師は血液培養検査の指示を行った.
日をまたいだ平成28年8月23日のAM4:25,患者の全身に紫斑が出現し,血圧が67/46,PLTは3,000でDICを発症していた.B医師は細菌感染の疑いが強いと考え,ゾシンを投与したが,その後患者は,劇症型の細菌感染症により敗血症性ショック,DICを来して多臓器不全が進行し,急速に容態が悪化して,AM10:43,死亡した.
平成28年8月24日,細菌培養検査の結果が判明し,髄膜炎菌が同定された.
2.本件の争点
争点は多岐に渡るが,抗菌剤投与の遅れの有無について説明する.
3.裁判所の判断
裁判所は,ソリリスの添付文書の「重大な副作用」の項目等の,「髄膜炎菌感染症を誘発することがあるので,・・・髄膜炎菌感染症が疑われた場合には,直ちに診察し,抗菌薬の投与等の適切な処置を行う.」という記載の,「疑われた場合」の意味につき検討した.
裁判所は,こうした警告がおかれた趣旨等について言及した上で,「疑われた場合」とは,①積極的にないしは強く疑われる場合だけでなく,②強くはないが相応に疑われる場合(相応の可能性がある場合.他の鑑別すべき複数の疾患とともに検討対象にあがり,鑑別診断の対象となり得る場合)も含まれるとした.
そして本件の諸事情を客観的にみれば,患者が髄膜炎菌感染症を発症している相応の可能性はあったといえるため,添付文書の「疑われた場合」に当たる状況にあったとし,B医師は,救急外来での診察の時点(または遅くとも23:43に血液培養を依頼した時点)において,速やかに抗菌薬を投与すべきであったとして,過失を認定した(注4).
なお,院内調査報告書およびセンター調査報告書では,すぐに抗菌薬を投与するか経過観察をするかは,いずれもあり得る選択であり,いずれかが正しいというものではないとの見解が表明されていた.
しかし裁判所は,院内調査報告書およびセンター調査報告書では,CRPおよび白血球の数値が正常に近いものであったことを主たる根拠に,細菌感染の可能性が高くないとしたB医師の判断は標準的ないしはやむを得ないものであったと判断しているが,CRPおよび白血球の数値が低いから細菌感染の可能性が低いとは直ちに判断できず,添付文書に列記された高熱,頭痛,嘔吐等の初期症状が認められる以上は,なお細菌感染の可能性が相応に疑われると認識する必要があり,速やかに抗菌薬を投与するのが,添付文書の趣旨等に適うとした.
4.本事例から学ぶべき点
本件は控訴しており,病院にも反論があるため,本稿では判決の当否には立ち入らない.
一つ言えることは,院内調査のほか,センター調査においても医師の判断が不適切とは言えないとされても,なお,裁判所は過失を認定する可能性があるということである.
しかしわれわれが行うべきことは,適切な調査を行うことに尽きる(本件も詳細な調査がなされていたことが窺われる).調査報告書は裁判の証拠になり得ることを認識し,医療の素人である裁判官や弁護士等に誤解を招かぬよう,今後も正確かつ適切な作成を心掛ける,ということであろう.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 平成27年10月1日から施行された医療法に基づく事故調査制度.①医療起因性のある,②予期せぬ死亡または死産が対象.一般社団法人医療安全調査機構(支援センター)に報告し,調査を実施し,調査結果を遺族に報告することになっている(医療法6条の10以下等).
注2) 京都地裁令和3年2月17日(控訴)
注3) 調査制度の対象事故について,遺族等から支援センターに調査を依頼した場合,支援センターは調査することができる(医療法6条の17第1項).
注4) 本件では抗菌剤を投与して救命できたかという因果関係も激しく争われたが,因果関係は肯定された.紙面の都合上,詳細は割愛する.

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