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日外会誌. 123(3): 271-275, 2022

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会員のための企画

地域におけるがん医療ネットワークの構築を目指して~日本癌治療学会認定がん医療ネットワークナビゲーター制度~

国立病院機構別府医療センター 呼吸器外科

矢野 篤次郎

内容要旨
一般社団法人日本癌治療学会は地域におけるがん医療ネットワークを機能的・効率的にするためのがん医療ネットワークナビゲーター(以下,がんナビゲーター)を養成する認定制度を2014年より開始した.がんナビゲーターとは,患者・家族のアクセスしやすい場所に居て,基本的な医学的知識と優れたコミュニケーションスキルを有し,患者・家族の不安を緩和しつつ相談支援を遂行し,患者・家族を地域のがん診療連携拠点病院のがん相談支援センターや適切な専門家へつなぐことのできる人材である.現在全国で約700名のがんナビゲーターが認定されているが,社会に十分に認知されていないのが現況である.本制度の発展のためには,地域でがん診療を担っている日本外科学会の会員が広くがんナビゲーターの存在を認知することが重要である.筆者が所属するがん診療連携拠点病院では,がん相談支援センターの主導で地域の患者が気軽に参加できるように単独の病院内開催ではなく院外の公共施設における多施設協同のがんサロン(以下,地域型がんサロン)の運営を支援している.地域型がんサロンでは,地域の薬剤師,訪問看護師,行政担当者,医療機関,介護支援専門員等が参加し,ボランティアやがん患者会の協力も得ている.この地域型がんサロンにがんナビゲーターも地域における活動の場の一つとして当番制で参加して,日本で一番がん医療ネットワークが進んだ地域にすべく協同している.

キーワード
がん対策基本法, がん相談支援センター, 情報提供, 調剤薬局, 地域型がんサロン

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I.はじめに
一般社団法人日本癌治療学会が認定するがん医療ネットワークナビゲーター制度は,2014年より始動し2016年に1期生4名が誕生,現在全国で約700名のナビゲーターが認定されている.本制度は,元来地域がん診療連携拠点病院に設置されているがん相談支援センターの認知度が低く,がん医療に関する正しい情報提供が出来ていない状況を改善するために,患者の側にいて地域のがん相談支援センターに適切につなぐ役割を持つ水先案内人すなわちナビゲーターを日本癌治療学会が母体となって養成するために創設されたものである1)
しかしながら,ナビゲーター1期生誕生から5年が経とうとする現在も社会に十分に認知されていないのが現況である.筆者は,この制度の広報に携わってきたが,その一番のポイントはがん診療を行っている医師が広く制度を理解し,ナビゲーターの存在を意識することであろうと考えている.とくに,地域のがん診療を担う基幹施設である地域がん診療拠点病院の医師への広報が要であり,その多くは日本外科学会の会員である.したがって,この「会員のための企画」で紙面を頂く機会を得たことは,大変意義あるものである.

II.がん対策基本法とがん相談支援センター
「がん医療の均霑化」を目指して2007年より施行されたがん対策基本法は,「がん医療に関する情報の収集提供体制の整備」が施策の一つとして取り上げられ,都道府県がん診療連携拠点病院・地域がん診療連携拠点病院の指定要件として「がん相談支援センター」の設置が義務付けられている.がん相談支援センターは,国立がん研究センターがん対策情報センターが主催する研修を受けたがん専門相談員が複数名配置され,がん患者・家族に対して,1)がんの病態,標準的治療法等がん診療およびがんの予防・早期発見等に関する一般的な情報の提供,2)地域の医療機関および診療従事者に関する情報の収集,提供,3)セカンドオピニオンの提示が可能な医師の紹介,4)がん患者の療養上の相談,5)就労に関する相談,6)地域の医療機関および診療従事者等におけるがん医療の連携協力体制の事例に関する情報の収集・提供,7)アスベストによる肺がん中皮腫に関する医療相談,8)HTLV-1関連疾患であるATLに関する医療相談,9)医療関係者と患者会等が共同で運営するサポートグループ活動や患者サロンの定期的開催等の患者活動に対する支援,10)相談支援センターの広報・周知活動,11)相談支援に携わるものに対する教育と支援サービス向上に向けた取組などの活動を行っている.
しかし,そもそも地域がん診療連携拠点病院制度すら国民に十分認知されていない中でがん相談支援センターの認知度は上がらず,がん対策基本法の下の「がん医療に関する情報の収集提供体制の整備」も体制整備のみで十分には機能していない状況が続いている.

III.日本癌治療学会認定がん医療ネットワークナビゲーター
このような状況を解消するために,日本癌治療学会は地域におけるがん医療ネットワークを機能的・効率的にするためのがん医療ネットワークナビゲーターを養成するための認定制度を立ち上げた.「がん医療ネットワークナビゲーター(以下,がんナビゲーター)」とは,がん医療における地域包括ケアの実質的な連携グループである‘がん医療ネットワーク’に属し,患者・家族のアクセスしやすい場所に居て,基本的な医学的知識と優れたコミュニケーションスキルを有し,患者・家族の不安を緩和しつつ相談支援を遂行し,患者・家族を適切な専門家へつなぐことのできる人材である.実際には,二次医療圏ごとに整備されている地域がん診療連携拠点病院の「がん相談支援センター」に患者をつなぎ,連携してがん医療を受けるために必要な医療関連情報や生活支援情報等に関して適切な助言・提案・支援を行うに十分な知識と素養を修得した者といえる.
がん医療においても,地域の中で終末を迎える医療,すなわち地域包括ケアの実現が求められている.より良いがん医療地域包括ケアを確立するには,がん患者・家族が切れ目のない医療・ケアを受けられる連携体制と治療の経過において生じる様々な問題に対するがん相談支援体制の両輪が求められる.従って,このがん医療における地域包括ケアシステムである「がん医療ネットワーク」が有効に機能するためには,がん患者が抱える問題を正確に把握し,有効かつ正確な情報を提供でき,専門性の高いネットワーク内の仲間につなぐことのできる仲介者が必要となるわけである.がん医療ネットワークナビゲーターはまさに,このがん医療ネットワーク内での相談支援者と連携コーディネーターとしての役割を担う資格者である(図1).
がんナビゲーターを申請するためには,地域のがん医療ネットワークに所属していることを条件に,e-learning,実技によるコミュニケーションスキルの獲得,認定施設における実地見学が必要である.
2017年4月より資格申請要件を改変し,地域のがん医療ネットワークに所属し,e-learningを修了した者は第一段階としてがんナビゲーターを申請することができるようになった.さらに,残り2要件のコミュニケーションスキルセミナー受講と認定施設における実地見学を終えると「シニアナビゲーター」(従来のがんナビゲーター)を申請することができる.そして,このナビゲーター認定の二段階制度改定にともなってそれぞれの業務および役割も異なる(詳しくは日本癌治療学会ホームページhttp://www.jsco.or.jp/jpn/index/list/cid/48を参照のこと).
個々の患者の相談に直接対応する「シニアナビゲーター」にとって一番重要なコミュニケーションスキルについては,認定申請条件にe-learningによる講義(コミュニケーションスキルに関する講義を含む)とロールプレイを中心としたコミュニケーションスキルセミナーの受講が義務付けられており,認定施設における実地見学においても評価項目の一つに含まれている.
このように認定段階に応じて申請資格要件を設定することで,がんナビゲーター,とくに「シニアナビゲーター」の医学的知識,コミュニケーション能力,地域のがん医療ネットワークでの経験を担保している.

図01

IV.がんナビゲーターによるがん医療ネットワーク構築の大分(別府)モデル
筆者が所属する国立病院機構別府医療センターは,2008年に厚生労働省より地域がん診療連携拠点病院の指定を受け,大分県東部医療圏におけるがん診療の中心的役割を担っている.がん診療連携拠点病院内がん相談支援センターの役割の一つであるがんサロンの支援については,当院のがん専門相談員(メディカルソーシャルワーカー)の熱き思いから地域の患者が気軽に参加できるように単独の病院内開催ではなく院外の公共施設における多施設協働のがんサロン(以下,地域型がんサロン)の運営を支援している.現在,大分県の日出町の図書館と別府市内の公民館を利用して2カ所の地域型がんサロンを開催している.全国のがんサロンのほとんどが施設単独の院内サロンであり,支援スタッフは看護師およびソーシャルワーカーで構成されているサロンが大多数である.当院が支援している地域型がんサロンでは,地域の薬剤師,訪問看護師,行政担当者,医療機関,介護支援専門員等が参加し,ボランティアやがん患者会の協力も得ている.会場の利便性や地域スタッフによる広報により,サロン開催1回あたりの新規の参加者数は確実に増えている.まさに,「がん医療ネットワーク」の縮図ともいえる(図2).
上記の日本癌治療学会「認定がん医療ネットワークナビゲーター制度」について,筆者はその適任者が地域の調剤薬局の薬剤師であろうと考えていた.2016年10月がんナビゲーター第1期生が全国で4名誕生し,以前に本制度を別府市薬剤師会の勉強会でたまたま紹介した際に興味を示していた薬剤師がその1名となった.大分県ではもちろん第1号,九州でも第1号であった.そして,実際に地域でがんナビゲーターとしての活動を始めるわけなので,フォローアップをかねて地域がん診療連携拠点病院である当院が支援していく必要があった.その過程で,別府市薬剤師会を通じて広報活動を行い,調剤薬局の薬剤師のがんナビゲーターが増え,現在当院の医療圏(大分県東部医療圏)では図3のような「がん医療ネットワーク」が構築されつつある.薬剤師は,元来患者相談資格を有しているので,がんナビゲーターとしての活動の場と普段の仕事の場が一致している.加えて,地域における活動の場の一つとして,地域型がんサロンに参加可能ながんナビゲーターも当番制で参加してもらうことにしている(図4).
今後も,「認定がん医療ネットワークナビゲーター制度」を広め,さらにナビゲーター資格を希望する薬剤師等が増え,日本で一番がん医療ネットワークが進んだ地域として一つのモデルになれるよう努力したいと考えている.

図02図03図04

V.おわりに
がん医療ネットワークナビゲーター制度の日本外科学会会員への広報として,本制度を利用したがん医療ネットワークの構築の大分における取組みを紹介した.本稿が制度の広報の一助になれば至上の喜びである.
日本癌治療学会ではがん診療連携・認定ネットワークナビゲーター委員会を中心として,現在進行形でよりよい制度作りを目指している.是非学会ホームページ(http://www.jsco.or.jp/jpn/index/list/cid/48)を訪ねて最新情報をご覧頂ければ幸いである.

 
利益相反:なし

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文献
1) 矢野 篤次郎,相羽 惠介,佐々木 治一郎,他:認定がん医療ネットワークナビゲーター制度について.病院経営Master,6(2): 99-105, 2017.

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