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日外会誌. 123(2): 205-210, 2022

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特別寄稿

人間と細菌の関係

日本外科学会名誉会員,九州大学名誉教授,公立学校共済組合九州中央病院院長 

前原 喜彦

内容要旨
人間と共存共栄の関係にある細菌であっても,医療の現場では重篤な感染症を引き起こす原因となり,厄介者扱いされています.われわれには細菌の正体をもっとよく知り理解して,適切な医療を行ってゆくことが求められています.ここでは,細菌の進化と人間との共存関係,種を越えて人間に感染症を引き起こす細菌,腸内細菌叢の役割と疾病の関係について理解した上で,知り得た情報を医療の現場にどのように還元・活用できるのか,私見を述べます.さらに,人間と細菌の関係から,健康・長寿でいるための方策について記します.

キーワード
細菌の進化, 細菌感染症, 腸内細菌叢, symbiosis, dysbiosis

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I.はじめに
子宮内の胎児は細菌に触れずに成長し,産道を通り抜ける際に膣に潜む細菌や腸内細菌にさらされます(最近,胎盤や羊水にも細菌が存在しており,胎児に取り込まれ,免疫系と会話していることが報告されました1)).帝王切開で生まれたとしても,母乳を通して,また母親とのスキンシップから多くの細菌を受け継ぎます2) 3).母親がわが子に引き継ぎたい細菌叢は,20万年前人間が東アフリカの地で誕生してから,現在の世代まで8,000代にわたって受け継がれていると推定されています2).母から子への大事な細菌叢であっても,外科医療の現場では全身のあらゆる部位の感染症,とくに大腸領域では重篤な病態の原因となり,黴菌として厄介者扱いされています.このように,日々の医療の中で細菌に対する相反する評価を目の当たりにすると,われわれは細菌の正体をもっとよく知り理解して,適切な医療的対応を行ってゆくことが必要であると実感します.ここでは,細菌の進化と人間との共存,種を越えて人間に感染症を引き起こす細菌,腸内細菌叢の役割と疾病との関係,健康・長寿でいるための方策について記します.

II.細菌の進化と人間との共存
今から46億年前,はるか太古の時代に地球は誕生しました.その地球上で,古細菌は38億年前,細菌は36億年前,ウイルスは30億年前,真核生物は20億年前,多細胞生物は10億年前,人間は20万年前に誕生したと言われています2) 4).46億年を1日(24時間)に置き換えて時間軸を考えてみますと,地球の誕生が0時,古細菌は早朝4時10分,細菌は5時10分,ウイルスは8時20分,真核生物は13時30分,多細胞生物は18時50分,人間は23時59分56秒と,24時まで残り4秒ということになります.他の生物に比べ,人間が生きてきた時間の何と短いことでしょう.
人間という生物の基となった真核生物は古細菌が好気性細菌であるプロテオバクテリアを飲み込み,それがミトコンドリアへと進化したことに始まります2).真核生物は,好気的呼吸により多大なエネルギーを産生できるようになり,複雑な多細胞生物へと進化しました.
生物の進化と同時に地球変動の歴史を考えてみます.地球誕生の頃は,大気中の酸素レベルが現在の10万分の1以下と無酸素に近い状態が続き,23億年前の全地球氷河時代を経て,酸素濃度は現在の100分の1まで上昇しました.さらに,7億年前と6億年前の2度の全地球氷河時代を経て,現在の酸素レベル(160mmHg)になったと考えられています5).古細菌と細菌,ウイルスは酸素のない環境で誕生しましたので,酸素レベルの上昇とともに,多くは絶滅あるいは絶滅寸前,あるいは地中深く,また水中深く潜らざるを得ませんでした.その一方で,一部の生物は好気的生物として進化を遂げ,哺乳類,そして人間の誕生につながりました.哺乳類や人間の大腸内には嫌気的な環境(酸素分圧1mmHg)6)が形作られましたので,その領域に,多くの嫌気性細菌は快適な安住のすみかを見つけたとして喜んだに違いありません.よって,現在われわれの大腸内に存在している腸内細菌叢が宿主たる人間に感謝こそすれ,悪いことをするはずはないと考えています.
人間を宿主とする細菌叢は人間とともに進化してきました.宿主が死ねば細菌は存続できませんので,細菌の最も安全な生物戦略は宿主との共存共栄であると考えられます.われわれ一人一人の体には約11万種類以上にも及ぶ細菌が,人体のあちこちに,内部が外界と出会う場所,目,耳,鼻,口,消化管,肛門,膣,尿管,そして全身の皮膚,中でも脇の下,股間,足指の間,へその深部に密集して住み着いています7).大腸に至っては,上皮細胞の総表面積100㎡に3万5千種,100兆個(近年は1,000兆個とも言われます),重さ1~1.5㎏の細菌叢が宿っています.われわれの体を構築する細胞の数は60兆個といわれていますので,人間の体は細菌や380兆個のウイルス8)によって占拠されているようなものです.体のあちこちに宿った細菌はウイルスの住みかともなり,細菌叢はウイルス叢と協力をして代謝系や免疫系を介し外敵(外来性の細菌やウイルス)から人体を守り,人間の生存を助けていると考えられます8).よって,不摂生な生活を送ること,また逆に過度の除菌対策を行うことは各人が培ってきた健全な細菌叢とウイルス叢を壊すことになりかねません.腸内細菌叢は抗生物質投与などにより変化し9),免疫チェックポイント阻害剤の効果にも影響を与えます10) 11)
母親から新生児に宿った細菌叢は,発達途上の免疫系と会話を始め,3歳頃までに免疫系の確立とともに,その人の個性ともいえる特有の細菌叢となります12) 13).そして,幼少期から成人期にかけて安定した細菌叢が続き,高齢に伴い体の免疫系の低下とともに細菌叢も大きく変化すると考えられています.

III.種を越えて人間に感染症を引き起こす細菌
人間に病原性をもち,重篤な感染症をおこす細菌,ウイルス,原虫,カビなどの微生物は人間よりはるか以前に誕生し進化してきた生物で,人間という栄養豊富で絶好の生息環境の宿主と接触したことで感染症の発症につながりました9).過去にわが国をとことん苦しめ,今でも続いている結核については,3万5,000年前の祖先菌種が人間が誕生したとされる東アフリカの地で発見され,人間と共に進化して現在に至っています14)
とくに,感染症がしっかりとした足場を得たのは,農耕社会が出現し,定住して作物を栽培し,家畜を育てるようになったことが大きな要因です9).病原微生物の多くは家畜化した動物やネズミ,昆虫などの小動物を自然宿主として,汚れた飲み水,排泄物であふれた生活環境が温床となって感染症が蔓延し,さらに文明の隆盛とともに,交易・交流を介して世界中へ広がったと考えられます.1984年に公開された米国映画「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」では,主人公が邪教集団の歓待を受ける中,大蛇の腹から出てきた小さな蛇の踊り食いや,蒸した甲虫のお腹を開いてすすり食い,猿の脳みそを直食いする場面がみられます.誇張があるとは思いますが,このような食生活,行動から微生物が人間に感染し,感染症として広がることになります.
それでも,人間社会が進化する中で,衛生状態の改善が感染症の制御には重要であるという,「公衆衛生」という概念が生まれ,抗生物質の発見,抗菌薬の創薬,ワクチンの開発につながりました9).近年では,不衛生な場所でも生き延びられるゴキブリやカエルなどが強力な抗菌物質を産生しているとして,新薬の開発・研究が進んでいます15) 16)
ちなみに古細菌については,人間の大腸内にメタン産生菌として生息しているものの17),好熱・好温・好酸など,人間の生活圏以外の極限環境を生存域としてきたため人間との接触は少なく,感染症としての発症も少なかったと考えられます.

IV.腸内細菌叢の役割と疾病との関係
 腸内細菌叢は宿主の栄養代謝,感染防御機構,免疫機能の調節に大きく関与しています18).食物繊維を構成する難消化性多糖類の短鎖脂肪酸への分解,ビタミンの合成,アミノ酸の合成,および脂質代謝や一次胆汁酸から二次胆汁酸への代謝に関与し,腸内細菌叢は宿主のエネルギー獲得,消化管の蠕動運動や消化吸収の恒常性維持に不可欠な存在です19)
短鎖脂肪酸は「直鎖のアルキル基を有するモノカルボン酸で,炭素数6個未満のもの」と定義されており,炭素数2個の酢酸(酢の主成分),炭素数3個のプロピオン酸(ブルーチーズの酸っぱさや香りのもと),炭素数4個の酪酸(バターの香りのもと)が主なものです20) 21).たかが酢と侮ることなかれ,口から消化管に入った短鎖脂肪酸はほぼすべてが上部小腸で吸収されてしまい,大腸に到達することはできません.大腸内で短鎖脂肪酸として生理活性を発揮するためには,人間は腸内細菌叢につくってもらう以外道はないのです.
短鎖脂肪酸は大腸上皮細胞で重要なエネルギー源となり,肝臓で脂肪合成や糖新生の材料となります.腸管内を弱酸性にすることにより,病原菌の繁殖を抑制します.様々な細胞で発現しているG蛋白質共役受容体に結合し,消化管ホルモン分泌や腸管運動,脂肪代謝,免疫機能などを調節しています20) 21).とくに酢酸は,肺のRSウイルス(一本鎖RNAウイルス)感染に対し,肺上皮細胞にあるG蛋白質共役受容体の一つであるGPR43を通してインターフェロンβ産生を促進し,ウイルス制御に働いています22).ヒストンアセチル化,脱アセチル化酵素の制御を通して,クロマチン構造を変化させ遺伝子発現を制御し,酪酸はヒストンアセチル化の亢進によりFoxp3遺伝子を活性化し,制御性T細胞を分化させ腸管免疫の恒常性を維持しています23).脳においては,短鎖脂肪酸はニューロンネットワーク細胞のGPR41に作用し,アルツハイマー病やパーキンソン病など,炎症性脳疾患を制御する上で重要な役割を担っています24)
腸内細菌叢は腸脳軸(gut-brain axis)という化学的伝達経路を通して脳と会話し,身体機能を調節し,人間の性格や情動,記憶にまで影響を及ぼしています24)26).腸内環境と肝臓の間で情報伝達を行う腸肝軸(gut-liver axis)27),さらには肺との間で情報伝達を行う腸肺軸(gut-lung axis)の存在も指摘されています22) 28).また,腸内細菌叢は腸にあるニューロンのネットワーク腸管神経系,免疫系に直接信号を送り,腸の運動や分泌に影響を与え,第2の脳(the second brain)とも呼ばれています23) 25)
腸内細菌叢を善玉菌(20%):悪玉菌(10%):日和見菌(70%)に分けて議論されることもありますが,細菌の進化の過程を考えると,善玉度に差はあるものの,全体の細菌が調和して腸内細菌叢を形づくっていると考える方が妥当であり(symbiosis:共生状態),調和の異常(dysbiosis:共生不全状態)のphenotypeとして特定の細菌が優位となり,病態の原因として捉えられるのではないかと考えています.
これまでの知見をまとめますと,人間が生きてゆくためには大腸に大量の腸内細菌叢の存在が必要不可欠であり,大腸は管腔臓器というよりも実質臓器としての役割を担っていると考えることができます.
よって,大腸がんの造影検査や内視鏡検査の折,下剤をかけ便を取り除いてしまうのは,一時的にせよ大腸臓器機能不全状態を作り出しているようなものです.現在,日々施行されている大腸がん手術についても同様です.将来,下剤を必要としない大腸がんの革新的検査法の開発,手術の際の創意・工夫が望まれます.現時点でも,下剤処理後,医療的対応がすめば速やかにシンバイオティクス29)を投与する意義があると考えています.大腸がん手術に限らず,すべての手術において,術前にできる限り腸内細菌叢を健全化して手術に臨み,術後もシンバイオティクスを継続投与する方が回復も早いと考えられます30).また,敗血症を伴う重篤な病態においても,病態改善にシンバイオティクス投与の有効性が報告されています31)
 Dysbiosisは様々な疾病の発症や進展に大きく関わっていると言われています18).WHOは2011年以降,喫煙,過度の飲酒,不健康な食生活,運動不足や大気汚染などによって引き起こされる,がん,糖尿病,循環器疾患,呼吸器疾患,などの慢性疾患をnon-communicable diseases(NCDs:非微生物性疾患)と位置づけ,世界各国へ強く制御を呼びかけています32).現在,世界中で4,100万人がNCDsで死亡し,全死因の71%にものぼります.NCDsの原因と記された事項は,どれもdysbiosisとも密接な関係が指摘されており,NCDsはnon-communicableだけではなくcommunicableの要因も含んだ疾患と位置づけられるのではないかと考えています.しかし,腸内細菌叢は生き物の集合体であり,symbiosisは個人間でも人種間でも大きく異なり,dysbiosisの定義もあいまいな現状では,様々な疾患の病態にdysbiosisがどのように,どれだけ関与しているのか,サイエンスに基づいた新しい知見の積み重ねが是非とも必要です.

V.健康・長寿でいるための方策
これまで得られた注目すべき報告を紹介します.
1.日本人の腸内細菌叢は諸外国と比べ,BifidobacteriumBlautiaなどが多く,理想的な腸内細菌叢を保持し17),さらに日本人のみが海苔やワカメの多糖類を短鎖脂肪酸へと分解できる腸内細菌を保持しています33).ただし,近年,日本人の食物繊維摂取量が減少している点は気になるところです.
2.健康人であっても,日々の生活における適度な運動,喫煙習慣,乳酸菌食品の摂取などで腸内細菌叢は大きく変化していることが明らかとなっています34) 35)
3.われわれは,一部糖尿病を合併する高度肥満症をもつ患者さんにbariatric surgeryを行ったところ,病態の改善に伴い,腸内細菌のRikenellaceae,ChristensenellaceaeやAkkermansiaの増加と一次胆汁酸,二次胆汁酸の減少を認めました36).現在,一部糖尿病を合併する高度肥満症の病態にdysbiosisの関与を考え,bariatric surgeryとシンバイオティクス29)併用による,病態の早期改善効果について臨床試験を行っています.
4.イタリア人の腸内細菌叢と老化や長寿との関係についての研究から,年齢とともに腸内細菌叢は大きく変化し,AkkermansiaBifidobacterium,Christensenellaceaeの三つがhealth-associated gut bacteriaとして同定されています37)
5.メラネシアやポリネシアの人々は,土地柄エネルギー摂取の80%をサツマイモ類に依存していますが,成人男性は巨大な筋肉を発達させています.タヒチやフィジーのラグビー選手を思い浮かべればよく解かるでしょう.その理由として,腸内細菌叢の中に窒素固定菌(大気中の窒素を取り込み必須アミノ酸を合成できる菌)の存在が推定されており38),今後,窒素固定菌が同定されれば,人間社会の食生活は大きく変わる可能性があります.
6.われわれは生活の中で,先人の知恵である発酵食品に多大な恩恵を受けています39).発酵食品をつくる主要な微生物は,麹(カビ)や細菌の酵母,乳酸菌,納豆菌で,食品は醤油,味噌,みりん,酢,日本酒,焼酎,ワイン,バター,チーズ,ヨーグルト,パン,漬物,納豆など多岐にわたっています.
以上の知見から,日本人の健康状態の維持や病態の改善を評価する上で,少なくともBifidobacteriumBlautiaAkkermansia,Christensenellaceaeの四つがhealth-associated gut bacteriaと位置づけられると考えています.BifidobacteriumBlautiaAkkermansia,Christensenellaceaeを指標に,乳酸菌や酪酸菌によるプロバイオティクスとオリゴ糖によるプレバイオティクスを併用する,シンバイオティクスを投与することで,その人が持つ健全な腸内細菌叢を維持,あるいは健全な状態に近づけることができる可能性があります40)42)Bifidobacteriumはプロバイオティクスとして投与することができます.さらに,BlautiaAkkermansia,Christensenellaceaeについては投与ストラテジーの研究が進んでいます.

VI.おわりに
 「人間と細菌の関係」からみえてきたこと,人間が生きてゆく上で,細菌はウイルスと同じく大切な友でもあり,手強い敵でもあるという厄介な現実です.人間に比べ気の遠くなるような時間を生き抜いてきた細菌は,生きることにかけては百戦錬磨の生物であり,いざ敵となるとその制圧は容易なことではありません.現実,医療の現場では,常在菌による抗菌薬耐性株の出現が大きな問題となっています.したがって,細菌との共存共栄の関係を維持できるよう心身ともに健康的で規則正しい生活を送ること,そのことによってわれわれは病気にもかからず元気に長生きできる可能性は高いと考えられます.論語の「七十にして己の欲する所に従えども矩を踰えず」に通じる生き方です.

 
利益相反:なし

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