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日外会誌. 123(2): 150-152, 2022

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若手外科医の声

海外留学のすゝめ

防衛医科大学校 外科学講座

野村 信介

[平成20(2008)年卒]

内容要旨
海外留学の機会が減少しつつある昨今,チャンスをみつけたら積極的に海外留学し,SNSなどをうまく活用することで日本では得ることができない貴重な経験を若手外科医の先生方には是非とも体験してきていただきたい.

キーワード
研究留学, ボストン, MGH, SNS

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I.はじめに
『チャンス(幸運)の神様には前髪しかない』すぐに決断・行動しないと,後からでは(後ろ髪がないため)チャンス(前髪)をつかめないという格言である.今回,筆者の特異な海外留学での試みについて,海外留学中に出会った本誌編集幹事の先生から執筆依頼をいただき,即答でお引き受けした.
昨今の新型コロナウイルス感染症の影響により海外留学の機会が減ってしまう可能性もあるため外科医の先生方には少ないチャンスを逃さず,本稿を参考に貴重な経験を積み,見識を広めるべく海外に飛び出していただきたい.本稿が,海外留学を考えている外科医の先生方の一助となれば幸甚である.

II.機会を逃さない
筆者の大学のキャリアパスは特殊で,初期臨床研修後は,全国にある部隊等と大学病院とを数年ごと交互に配属され(部隊→大学病院→部隊等…),「臨床医」と「医師たる幹部自衛官(医官)」とを切り替えながら外科医としても修練を積んでいる.余談ではあるが,筆者は部隊期間中に東日本大震災の災害派遣や自衛隊大規模接種センター,在外邦人等の輸送作戦などに携わった.基本的には,こういった派遣や任務については病院勤務中には配置されず,その時に部隊配置の医官が対応している.
研究科(博士課程)への入校は卒後約9年目にあり,所定の条件を満たせば在籍期間内に1年間の海外留学ができる.筆者にとっては,この時こそがチャンスであった.当初,当てにしていた留学先は閉室のため断られ,次に申し込んだ研究室にも,「研究資金不足により,新たな研究者の受入れは困難である」と回答を受けた.しかしながら,「他の研究室を紹介してくれないか」と無謀にも相談してみたところ,紹介してもらうことができ,オンライン面談の末,受諾していただいた.米国のマサチューセッツ総合病院(MGH)の,蛍光ガイド下手術のための近赤外蛍光色素を開発している研究室であった.筆者は光医学研究の盛んなMGHにおいて研鑽を積むことを望んでいたため,首の皮一枚でつながった想いがした.

III.留学先の研究基盤について
研究を行うには,研究資金や研究機材等のしっかりとした研究基盤が重要である.留学先の研究室は,主任研究者の専門である化学をはじめ,工学,生物学,そして医学といった様々な専門分野の研究者,十数名で構成されていた.化学者が薬剤合成や成分分析をし,工学者が近赤外カメラ等の蛍光検出機器を調整・開発した.そして,生物学者と筆者ら医師とで,in vivo実験を実施した.その後に,蛍光薬剤の特性や臨床的意義について議論し,適切な動物モデルの立案・作製などをしていた.一貫性のある研究室であった.また,米国の大型グラントであるR01などの研究資金を,様々な切り口で応募・獲得しており,その研究資金を活かし,効率よく論文を量産し,時にはMGHの弁理士等とも連携し,特許取得も行っていた.
このような研究基盤が整った研究室がある一方,研究資金が尽きて閉鎖される研究室もあった.本国にやむなく帰国する研究者や,別の研究室に移籍する研究者もいた.米国における熾烈な研究競争を目の当たりにしたのである.これから留学先を決める先生方は,研究資金等の研究基盤にも留意していただきたい.

IV.ソーシャルネットワークサービス(SNS)の活用
1年という貴重な海外留学経験を,研究一色で終わらせるのはもったいない.そこで筆者は,SNSを通じて365日の日記を知り合い限定に公開する試みを行った.後輩達に留学中の生活や日々の挑戦などオンタイムで見てもらい,良くも悪くも留学に関する判断材料にしてもらおうと考えたのである.研究内容はさすがに投稿できないので,UberやAirbnbの利用体験から,ノーベル賞受賞者の講演会やイグノーベル賞授賞式,ボストン美術館等への訪問,レッドソックス戦などのスポーツ観戦等々,保全やプライバシーに注意を払いつつ日々の出来事を投稿し続けた.すると期せずして「野村ダイアリー」と呼ばれた日々の投稿記事は国内の方々のみならず,ボストンをはじめとする様々な地域の方々の目に留まった.交流の輪が驚くほど広がったのである.これをきっかけに,総領事館をはじめ多種多様な会合やイベントに誘っていただくことができた.SNSの活用により貴重な経験を積む機会を倍増させることができたのである.また,賛否両論はあるもののSNSは国内外問わず名刺としての側面もある.海外留学生活を充実させるツールとして,目的を限定して活用するのもいいだろう.

V.研究者交流会など日本人との交流のすすめ
ボストンに限らず世界中の都市には日本人研究者交流会なる場が存在する.留学先において一度は参加をお勧めする.「海外で学び,得られた経験や知識を日本に持ち帰り還元しよう」,または「現地で一旗揚げよう」という気概や価値観を持った方々と出会えるチャンスがある.ボストンは世界有数の学園都市であり,ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学がある.また,大企業やスタートアップ企業,投資家,行政など,バイオテクノロジーのイノベーション・エコシステムの中心地でもある.そのため多くの業種の日本人が滞在しており,職業的・個人的ネットワーク構築には絶好の都市であり,お勧めである.
筆者はボストン日本人研究者交流会の幹事として運営に携わった.演者としても『光が導くがん外科治療の未来』という題で,研究者の方々を前に講演するという貴重な機会を得た.また,この交流会とは別の会がきっかけではあるが,2008年卒の消化器外科医5名という頼もしい仲間ができた.こういった会への積極的な参加によるところが大きいだろう.

VI.おわりに
一人でも多くの若手外科医に海外留学という貴重な経験をしていただくとともに,筆者自身も海外留学で得られたこれらの経験・知見を生かし,日本外科学会の更なる隆盛の一助となれるよう努力していく所存であります.
最後に,快く留学へ出してくださった上野秀樹教授,辻本広紀教授,岸庸二教授併せてこのような貴重な機会を与えてくださった邦文誌編集委員・幹事の先生方に深謝申し上げます.

 
利益相反:なし

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