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日外会誌. 123(2): 145-146, 2022

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先達に聞く

外科学がJapan Problems打破の一役を担うためには―学問,文化,経済の再興による高揚感の再現と精神文化の再構築が基本―

日本外科学会名誉会員,札幌医科大学名誉教授,JR札幌病院顧問 

平田 公一



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I.序論 ―日本の外科領域を囲む背景―
米国国立科学Academy医学研究所が,質の高い医療の頂点として「十分な情報を与えた患者自身の選択」を位置付けた.医学の不確かさ,奥深さを深慮した理念の提唱と言える.医学は数学のような精密科学とは異なりひとつの問いに一つの正解は無く,多くのグレイゾーンが存在する.例えばBRCA検査は重要な遺伝子情報の代表格として期待を抱かれていたものの,集団における発癌リスク,治療選択決定因子の一部情報,の提供を担う程度である.システム中心の医療情報となりうるが,患者中心の医療情報としては程遠い.さて日本の外科学は科学に如何ほど貢献出来てきたのだろうか.生物は元来,意識せずとも環境に見合った選択能力を持つ.ヒトは揉まれるほど,論理を超えた選択能力を身に着けるが,一方で科学の発達と環境改善によって,危険への直感的予知力や環境変化への機敏な対応力に低下を生じるとされている.Japan as No.1なる用語が世界にまかり通った時代,日本は科学技術領域でrespectされ,将来への期待を確かなことと信じた知識人が如何に多かったことか.1980年代半ば以降,その繫栄と虚像の安寧に酔い,日本人の理念の基本に「地球・生物・人類のために」を抱かず,「技術進歩のみ」が第一義的意義となる風潮が支配的となった.後世への礎となる本質的精神文化の重要性1)が外野の遥か外側へと追いやられたのだった.研究数は多かったが,世界への貢献度がどれほどであったかは今,あらためて検証してもらいたい.
さてこの間,科学研究レベルに関する日本の自己評価的解析は,科学技術研究所から長期に渡って毎年,『科学技術指標○○○○(年)』が公表されてきた.2021年8月10日付けの報告では,高質な研究数は年々減少し国際順位での著しい低下を指摘している.優位性の追求には,欲求と競争が併走し,そこには勝利と敗北が必然的に生じる.進歩とは変化であり,次代への目標の為に,日本人が本来持ち合わせる賢さと合目的選択力の発揮を取り戻さなくてはならない.今,「第五次産業革命」が進行している.AI,ロボティクス,IoT,バイオ革命,等が外科学の真只中にある.「先達に聞く」の意図を(1)日本社会・日本人の行方,(2)医療,医学の未来展開,(3)若い外科医へのメッセージ発信,にあると理解するならば,「臨床と研究に関わるPhysician Scientistの量と質の向上」が外科医に強く求められていることを主張したい.

II.夢を呼ぶには信念と判断力を有する勇気ある人物の登場が必須
二刀流を試みるのは天才のみへの委ねではない.医学における二刀流等は一定以上の能力を持ち合わせている人であれば,どなたにでも可能な行為だ.その二刀流への挑戦時期は早期ほど良い.若い時の成功・不成功体験や努力体験が人生の“重要な財産”となり,質の高い選択能力や直感的予知能力に結びつく.無防備な冒険,無計画な挑戦では質を伴わず,「閃きへの感性」のためには磨きのかかった体験・経験で自身を打破してもらいたいものである.自身の信念の外科学への反映を意識するならば,心打つ診療姿勢,科学への思慮深さ,深さに読みの深い技の提供,等に繋がることは確かであろう.確かに外科のトレーニング期間は長い.生活に日常化現象を生じかねず,「自身の外科学実現」への早期挑戦に準備状態を失ってはならず,己の神経伝達路に磨きをかけ次へと内在させる精神の構築は欠かせない.ここには,人材を育成する指導者の力量が加味される.心を外科手技への集中に留めることなく,探求と前進の信念によって,真の未来外科医療に参加できるのである.ホロニックサイエンスの重要性を意識し,信念ある姿勢の貫徹を期待する.

III.医は永遠に未熟.二刀流の目指す先は
個別化医療の浸透は確かである.そこには新しい学問が並走する.一方で,個別化医療を自己目的化せぬ体制整備を進めなくてはならない2).医療の成立には人格と人格の交流が基本であることから,外科医は人格を磨きつつ科学と技術の二刀流を発揮し続けなくてはならない.「先端技術の提供」と「提供医療の評価」の過程に,外科学としての矛盾や不利益の発生からは回避してはならない.その解決研究は一層本質に迫ることとなるのである.科学が如何に進歩しようとも,外科学は永遠に未熟である宿命を負っている.それだけに外科医には人道的研究意識の自覚は必須と言えよう.科学的意識無くして課題を見出せぬであろうし,解決も図りえない.完璧な技術提供には知性と誠意,そして謙虚な配慮は欠かせない.故に思い上がりと傲慢は最大の敵となる.かつて,大腸を人間にとって有害な器官として捉え,切除による「人間改造」の必要性を唱えた学者がいた.トルストイが大憤激したとの史実がある.科学と医療の狭間での矛盾の過剰事例と言えよう.高い識見の下,心を癒す姿勢によって二刀流の発揮を願う.

IV.メッセージ
外科学の主流は適切手術手技の追求である.しかし,技術への虜に留まることなく,技術開発の飛躍を優先目標として頂きたい.難題ほど解決を得た時の感動は大きく,その後の生き甲斐の大きさに意味を生じる.人生の幸福感を満喫できよう.手術侵襲が生む“益と不利益”は患者の生涯の質に敏感に関わる.難しい手術ほど,安全かつ容易にする責務がある.医学史を回顧すると高リスク手技が一時的隆盛を誇った事実は少なくない.その見直しに時間を要しがちであった.誤りの発生は,非科学的データによる声の大きさと振り返ることも出来る.そのような歴史は回避せねばならない.医療市場に目を向けると近未来医療の主役は分子学である.医療技術の革新的追求は新たな産業創出へ繋がる.先見性を働かせる外科医として,新たな精神文化の構築と思慮深い挑戦に期待を抱く.

 
利益相反:なし

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文献
1) 吉利 和 編:医師の生命観.日本評論社,東京,1986.
2) Von Hoff D , Han H (eds): Precision Medicine in Cancer Therapy (Cancer Treatment and Research Vol.178). First ed. , Springer Nature, Switzerland, 2019.

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