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日外会誌. 123(1): 139-141, 2022

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定期学術集会特別企画記録

第121回日本外科学会定期学術集会

特別企画(9)「リーダーを担う女性外科医の育成」
8.リーダーを担う女性外科医の育成のための新しい教育システムの提案

慶應義塾大学 外科

鳥崎 友紀子 , 松原 健太郎 , 細川 恭佑 , 堀 周太郎 , 岡林 剛史 , 林田 哲 , 北郷 実 , 川久保 博文 , 尾原 秀明 , 北川 雄光

(2021年4月10日受付)



キーワード
外科修練, 女性外科医, ワークライフバランス, オンラインシステム, Off-JT

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I.はじめに
本邦では外科医の減少が話題になって久しいが,昨今,外科領域における女性医師は増加傾向にある.女性外科医が増加し,臨床の場でリーダーとして活躍することは,外科医の多様なキャリアパスを提案し,外科医の減少傾向を解決する契機となりうるが,女性外科医のキャリア構築において,出産や育児等のライフイベントのために一時的な休職を要することは依然として課題である.これらの課題に柔軟に対応すべく,現行の外科修練における問題点について検討し,IT技術やOff the Job Training(Off-JT)のシステムを取り入れた新たな教育プログラムを提案する.

II.本邦における外科医の減少
2000年から2014年の14年間で医師全体の人数は22.1%増加し,複数の診療科で医師の人数は増加傾向にある一方で,外科では2.4%の減少を認めている.また,年齢階級に着目すると,特に40歳代以下の若手外科医の減少が顕著であり,若手外科医の減少傾向が続けば,外科医一人あたりの業務の負担が今以上に大きくなることが予想される.
本邦における外科医減少にはさまざまな要因が関与しているが,その中でも,医師臨床研修制度の変化と臨床現場における外科医の労働環境が大きな影響を与えていると考えられる.2004年に新医師臨床研修制度が導入された当初,外科は必修診療科とされていたが,2010年に制度の見直しが図られた際,外科は選択診療科へ変更された.この変更に伴い,臨床研修医の間に外科の研修を行わない若手医師が増え,外科への興味や関心を持つ機会が減少したと考えられる.加えて,臨床現場における過重労働とも言える外科医の労働環境が一般に広く認識され,医学生や研修医に敬遠される傾向にある.日本外科学会が2009年に実施したアンケート調査では,回答者の7割以上が,労働時間が長いことや時間外勤務が多いことを外科医志望者減少の理由に挙げていた.

III.女性外科医育成の必要性とその課題
一方,女性医師については,2016年時点では64,305人であった総数が2018年時点で68,296人と増加を認めている.また,年代が若いほど全体における女性医師の割合は増加傾向にあり,特に29歳以下では全体の35.9%を女性が占めている.この傾向は外科領域においても同様であり,病院に従事する女性外科医の割合は2004年では5.5%であったが,2018年には7.1%と増加している.慶應義塾大学医学部外科学教室においても女性医師の割合は増加傾向にあり,2017年~2021年の直近5年間での入局者における女性の割合は25%前後で推移している.今後も外科医の減少が続くと予想されている現状においては,臨床現場で活躍する女性外科医が育成されることが重要であり,また女性外科医の育成とそのための環境が整備されることは,外科医の多様なキャリアパスを提案し,外科医の減少を解決する契機になりうると考える.しかし,女性外科医の育成に際して,出産や育児等のライフイベントによる一時的な休職と外科医としての長期的なキャリアの構築を両立させることは依然として課題であり,休職期間中に臨床経験の減少を補うための修練の方法や手段の工夫が求められている.

IV.女性外科医育成のための新しい教育システムの構築
当教室ではこれまで,基幹施設である慶應義塾大学病院やその連携施設の専修医として,段階的かつ豊富な臨床経験が得られるような修練プログラムを提供してきた.このプログラムに基づいた修練は,入局後3年で平均686症例の手術を経験するなど短期間で濃密な臨床経験が得られ,早期に専門医を取得できるという利点がある反面,臨床現場での労働時間の長期化を招きうるという問題点があった.われわれは,このような問題に柔軟に対応するべく,現行のプログラムにIT技術やOff-JTのシステムを融合させ,労働時間の短縮と教育の充実を両立させるための新たな教育システムの構築に取り組んでいる.
IT技術の実例として,当教室ではCOVID-19感染拡大初期の2020年2月より教室内での全ての臨床カンファレンスや勉強会を,Web会議システムを使用したオンライン開催へといち早く完全移行した.カンファレンスのオンライン化により,医局員同士が場所を問わず,臨床や教育についてリアルタイムにコミュニケーションを図るための環境整備が進んだ.病院や手術室を離れた環境においてもタイムリーに実臨床に即した情報や教育を受けることを可能とするこのシステムは,一時的な休職後の女性外科医の職場復帰を円滑にすることが期待される.
また,職場を離れた環境で知識や技術の習得を図る訓練法としてさまざまな業種で活用されているOff-JTも積極的に導入しつつある.外科修練では手術手技の習得が不可欠であるため,修練の大半において現場で働きながら教育を受けるOn the Job Trainingの形式が採用されているが,Off-JTを積極的に導入することによって,場所や時間に依らない効率的かつ密度の高い修練を行うことが可能となる.当教室では心臓血管外科専門医習得の一環として,簡便な装置を用いた血管縫合練習キットの開発や,その教育動画の作成し,Off-JTの推進に努めている.このようなOff-JTを活用することで,休職中であっても外科技術を向上させ臨床経験を補完することが可能となり,女性外科医がワークライフバランスを保ちながら長期的なキャリアを構築することに繋がると考える.

V.おわりに
老齢化社会による介護問題や育児や家事の分担といった価値観の変容に伴い,男女を問わず外科医にもワークライフバランスが求められ,その達成のための当番医制の導入や他業種へのタスクシフトなど,労働環境の整備に向けた検討課題は依然として多い.その中で,われわれが提案するIT技術やOff-JTを融合した新たな教育システムは,臨床業務と教育の効率化を同時に実現し,女性外科医が長期的なキャリアを構築する一助となりうる.そして,その結果,臨床現場でリーダーとして活躍し,若手医師や医学生のロールモデルたりえる人材が育成されれば,男女を問わず多様なライフスタイルが許容される環境が整備され,未来の外科医を増加させる正の連鎖を生み出すきっかけとなることが期待される(図1).

図01

 
利益相反
奨学(奨励)寄附金:サノフィ株式会社

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