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日外会誌. 123(1): 62-67, 2022

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術後せん妄―正しい診断と治療のために知っておきたいこと―

埼玉医科大学国際医療センター 精神腫瘍科

大西 秀樹

内容要旨
せん妄は外科の日常臨床において,手術直後から終末期までのあらゆる場面で出現する最も頻繁に遭遇する精神症状の一つである.特に,術後せん妄はチューブやカテーテル抜去などのアクシデントや合併症の引き金となりかねず,適切な診断と治療がなされないと,外科治療および生命に問題が生じかねない.しかし,医療従事者は術後せん妄を見落とす割合が多いため,せん妄になりやすい要因を有している患者に対しては常にスクリーニングをしておくべきである.また,せん妄の見落としを防ぐためには患者の訴える症状の微妙な変化に気づくことも重要である.
せん妄の本態は何らかの原因による急性脳機能不全である.したがって,せん妄の治療は原因を同定して,可能な限り除去することである.診断後はせん妄を誘発した原因を同定し,可能な限り除去に努めるべきである.同時に環境調整を行い,必要に応じて薬物療法も行う.

キーワード
せん妄, 術後せん妄, 急性脳機能不全, 見落とし

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I.はじめに
せん妄は外科の日常臨床において,手術直後から終末期までのあらゆる場面で出現する最も頻繁に遭遇する精神症状の一つである.特に,術後せん妄はチューブやカテーテル抜去などのアクシデントや合併症の引き金となりかねず,適切な診断と治療がなされないと,外科治療および生命に問題が生じかねない病態でもある.したがって,せん妄の診断,治療に関して正しい知識を持つことが欠かせない.
本稿では,せん妄一般について解説し,同時に術後せん妄の診断と治療について述べる.

II.せん妄とは
せん妄のイメージとしては,行動面の問題として暴れる,徘徊する,チューブ類を抜いてしまう,精神面の問題として興奮する,医療側の説明が入らないなどの問題が前面に出がちだが,これはせん妄の臨床症状における表現型の一部を表しているに過ぎない.最も大切なことはせん妄の本態を知ることである.なぜなら,せん妄の表現型のみに対応していると,せん妄本態へ対応していないので症状が改善しないばかりか,下手をすると命を失うことになるためである.
せん妄の本態は『急性の脳機能不全(acute brain failure)』と定義される1).つまり,何らかの原因があって,臓器(ここでは脳)の機能が低下した状態である.
せん妄の発症に関して述べたい.入院患者に対して,不眠時の睡眠薬を投与しただけでせん妄を発症する人もいれば,熟睡できる人もいる.これは,せん妄になりやすい人がいることを示している.この要因を準備因子という.また,せん妄を発症したとしてもすぐに収まる人もいれば,長期にわたる人もある.これは,せん妄を促進させる因子(促進因子)の存在があるためである.そして,せん妄発症に関与する直接的な原因(直接因子)がある.以上に述べたように,せん妄の発症要因は多岐にわたる(表1).
術後せん妄(postoperative delirium)は,麻酔および外科手術後に生じるせん妄であり,3日目ごろまでが発症のピークである.また,全身麻酔からの覚醒時に生じるせん妄は覚醒時せん妄(emergence delirium)として区別される2)

表01

III.なぜ,正確なせん妄の診断が必要なのか.
身体疾患において臨床診断が治療方針を決めるために重要なのと同じく,精神科においても治療方針を決定するために正確な臨床診断が大切である.
例を挙げる.軟骨肉腫脳転移の患者に対して,開頭腫瘍摘出術が行われた.この患者は術前から落ち着きがなかったため,ハロペリドールの投与が行われていた.術直後から激しい興奮を呈したため精神科に併診となった.患者はせん妄状態であったが,多量の発汗,頻脈,筋強剛を伴っており,生化学所見ではクレアチニンキナーゼの著しい上昇,白血球数の上昇を認めたことから悪性症候群と診断し,抗精神病薬の中止,輸液などを行うことで約10日後に症状は回復した3).この患者は術後せん妄であるが,その原因として悪性症候群を併発していた.もし,悪性症候群に気が付かずに,術後せん妄なのでハロペリドールを継続して投与していたら命に関わる重篤な状態になっていたはずである.
せん妄診断およびその原因を特定することは,患者の生命を守るために必要なのである.その他にも,せん妄は人工呼吸器装着期間の延長,ICU入室期間および入院期間の延長などと関連している4)

IV.せん妄の頻度と危険因子
せん妄の頻度であるが,調査によって診断方法,対象が異なるので発症頻度に差が大きい.一般外科病棟では11~46%,術後せん妄は4.7~74%との報告がある5)
覚醒時せん妄についての調査によると15歳から99歳までの1,539人の成人患者における,術後のケアユニットで生じるせん妄の発症頻度は4.7%であり,危険因子は術前のベンゾジアゼピン投与,乳房手術,長時間の手術であった.また,年齢はせん妄発症とは関連がなかった2)

V.せん妄の臨床症状
上述したように,せん妄は「急性の脳機能不全」と定義されるが,その状態像は認知機能,感情,行動面の多岐にわたる.
まず,正常な脳の機能について考えたい.私たちの脳は,正常であれば,注意力が保たれ,外界の刺激を正しく認識し,その刺激によって生じる結果に対して過去の経験からどのようにすれば良いか認識し,結論を出して行動することが出来る.また,外界の刺激による感情面の反応も出現し,喜怒哀楽を表現することができる.
その上で,急性脳機能不全であるせん妄の時の状態像について考えたい(表2).
認知機能の障害としては,注意や集中が続かなくなる(注意障害),日付や場所がわからなくなる(失見当),実在しないものが見える(幻視),目の前にあるもの誤って認識する(誤認)などがある.感情面では抑うつや怒りなどが出現し気分が不安定になる.行動面では,点滴を抜く,酸素マスクを何度も外してしまう,ナースコールが頻回になる等の症状があるが,これらは現状の認識能力が低下しており,点滴や,酸素マスク,尿道カテーテルの重要性を認識出来なくなるために生じている.また,穏やかに見えて,ある程度の会話が成立する患者でもせん妄と診断できる場合がある.したがって,せん妄を診断する際には,患者の言動を慎重に観察することが求められる.
せん妄の臨床症状は,活動性の多寡から過活動型(hyperactive type),低活動型(hypoactive type),混合型(mixed type)に分けることができる.過活動型は興奮したり,暴れたりなど激しい精神症状が出るため診断は容易だが,動きの少ない低活動型せん妄では見落としが多い.
せん妄において幻覚は20~50%に認められる6)7)
過活動型では活発な幻覚を訴えることが多いが,幻覚は過活動型せん妄に特異的なものではなく,低活動型せん妄患者でも活発な幻覚が認められることは多い8)
せん妄の幻覚が現実と混同されて,記憶に残ることもある.木下は,術後ICUに入室中の患者の観察から「ICU(集中治療室)で葬式をしないでほしい」と病院に投書した例,「ICUに霊安室・お骨があって,黒い服を着た人が行ったり来たりしていた.次は自分の番だと思った」と語り始めた例を報告している9).幻覚の記憶はせん妄の型によらず残ることがわかっている10)

表02

VI.せん妄の見落としについて
せん妄は幻覚や行動面の問題が出るので診断が容易と考えるのは誤りで,せん妄は見落としの多い病態であることが知られている.
例を挙げる.がんで入院中の患者に対して問診を行い,当たり障りのない日常会話が可能であったが,念のため「今いる場所はどこですか?」と尋ねてみたところ,「ハワイですよ」と躊躇なく答えた.入院中にもかかわらず,ハワイと考えてしまうことは明らかに現状認識ができていないことを示していたのでせん妄と診断した.ちなみに行動面の問題は伴っていないので,低活動性せん妄である.この患者の診察を通して,改めて失見当に関する問診の大切さを痛感した.
過活動型せん妄は,患者の動きが多いことから診断が容易だが,低活動型せん妄は,一見すると普通に活動しているように見えるため見落としが多い.同様の理由により,混合型のせん妄でも,低活動時には見落としが多くなる.上記に挙げた例のように,一見問題なさそうに見える患者でも,詳細な問診で低活動性せん妄および鮮明な幻覚が判明することも稀ではない.
しかし,多忙な日常臨床の中で一人一人の患者に対してせん妄の有無について問診することには限界がある.そのため,臨床の現場ではせん妄の見落としが多い.せん妄の診断についての研究によると,看護師がせん妄を正確に診断できる確率は15~30%程度と低い.せん妄を見落とす原因として,低活動,80歳以上,視力障害,認知症の四つの因子が認められるが,このうちで低活動性せん妄が最もオッズ比が高い.また,この四つの因子が多いほど見落とす率が高くなる.ちなみに因子がない場合に見落とす率は2%だが,三または四つの因子があると44%まで上昇する11).また,身体担当の医師が抑うつの診断で精神科に依頼する患者のうち4割はせん妄であり,診断を誤る要因としては,高齢,ADL低下などがある.ちなみに,これらの患者は抑うつ気分,無価値感,頻回の希死念慮などうつ病を思えるような症状を訴えている12).抑うつを訴える患者の鑑別診断を行う際には,せん妄を考慮する必要がある.抑うつの治療依頼で診察を受けたところ,精神科における臨床診断はせん妄でその原因がウエルニッケ脳症だった例を経験したこともある13)
ICUにおける医療者のせん妄の認識でも,医師が28%,ICUナースが35%と低いことが報告されている14).特徴的なこととして,過活動型せん妄と低活動型せん妄の見落としには差がなかった.
日常臨床で,すべての人にせん妄のスクリーニングを常に行うことは難しい.症状変化,準備因子のある患者,なんとなくおかしいと感じる場合には問診が必要だろう.

VII.診断
せん妄の診断にはDSM-V基準15),CAM16)などの診断基準を用いる.
精神科医が日常使っている診断基準はDSMであるが,使うためには習熟している必要があるため,外科診療ではCAMが良いかもしれない.CAMは①急性発症と変動制の経過,②注意散漫,③支離滅裂な思考,④意識レベルの変化について検討を行い,①,②の両方がYESで③または④のどちらかがあればせん妄と診断する.日本語版もあり妥当性も検討されている17).ICUにおいてはCAM-ICUが開発され18),①精神症状変化の急性発症または変動制の経過,②注意力障害,③RASSによる意識レベルの変化,④無秩序な思考についての検討を行う.日本語版も作成されている19)

VIII.治療
せん妄は何らかの原因による急性脳機能不全であることから,治療の基本は原因を同定して,可能な限り除去することである.同時に環境調整,必要に応じて薬物療法を行う.その際,血液・生化学の異常,せん妄を誘発するような薬剤の有無,脳血管障害やアルコール依存などの既往がないか確認することが必要である.必要に応じて画像診断などをオーダーすることも必要である.術後せん妄の治療として確立したものはないが,せん妄一般に当てはめて治療することが必要である.
術後せん妄患者の中には,発症原因がチアミン欠乏によるウエルニッケ脳症20),悪性症候群3)など,早期発見して適切な対処をしなければ生命の危険がある疾患も含まれている.したがって,術後だから仕方ないと考えてはならず,原因を慎重に精査する必要がある.
身体抑制,バルーンカテーテルなどはせん妄を長引かせる要因になることから可能な限り除去に努めるべきである.疼痛もせん妄を長引かせることがあるので,疼痛コントロールが必要である.
同時に環境調整も必要である.本人の慣れ親しんだものを近くに置いておく,日付や場所がわかるものを置くなどの工夫が必要である.
薬物療法はその有効性が危険性を上回ると判断されたときにのみ行うべきである.抗精神病薬の投与を行うことが多いが,副作用の発現に注意すべきである.ベンゾジアゼピン系薬剤の単独使用は症状を悪化させることがあるので,推奨されない7)

IX.おわりに
せん妄,および術後せん妄について解説した.
せん妄が『何らかの原因による急性脳機能不全』であることを認識し,その原因を突き止めたうえで,治療を行うべきだと考える.また,一見おとなしく見える患者もせん妄を呈している場合があることを覚えておきたい.せん妄は見落としが多いので,準備因子のある患者には必ずスクリーニングを行うべきである.治療に関しては確立したものはないが,原因の検索は必ず行うべきである.同時に,環境調整と薬物療法も行うが,薬物療法はその有効性が危険性を上回ると判断されたときにのみ行うべきであり,むやみに抗精神病薬を使うと思わぬ副作用の出現や合併症が出現することがあるので注意したい.
本稿が,皆様の日常臨床のお役に立てば幸いである.

 
利益相反:なし

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文献
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