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日外会誌. 123(1): 3-5, 2022

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先達に聞く

Narrative Based Medicineと小児外科

月山チャイルドケアクリニック 

窪田 昭男



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I.Mちゃんとの出会い ~筆者の人生を変えた出会い~
Mちゃんとの出会いが筆者の人生を大きく変えた.大学での研修を終えて大阪母子医療センターに移って2年目のことである.胎児診断で巨大膀胱が指摘され,産科医に暗に中絶を勧められたが,母親は周囲の反対を押し切って妊娠を継続した.筆者の目の前で生まれた新生児の会陰は平坦で陰裂も肛門窩もなかった.一目で後腸形成不全と分かった.緊急手術として結腸廔と膀胱瘻造設を行ったが,その後,禁制を持たせた膀胱皮膚瘻造設,整容性と二つのパウチを装着し易くする目的で開腹創の形成術など数回の手術を行った.QOLを上げる目的で禁制のある人工肛門を考案した.自慢の術式をETの国際学会(WCET)や小児外科QOL研究会などで発表した.しかし,母親はこの手術にも全く興味を示さなかった.ある手術の承諾書をいただく段になって,「この子は,将来結婚できますか?」と聞いた.手術説明を聞いていたのかと訝っていると,「この子は,子どもが産めますか?」と聞いた.内性器の精査もしてないので,何と答えようかと思案していると,「この子は,幸せになれますか?」と聞いた.予想外の質問に面食らったが,一瞬間を置いて頭を金槌で殴られたような衝撃を覚えた.その時,筆者は母親に小児外科の手術の目的はただ一つ病を持って生まれた子を幸せにすることであることを教えられた.眼に見える異常がこの子の人生でどういう意味を持っているかを考えないとこの子を幸せにすることはできないと知った.

II.たんぽぽの会のこと ~Evidence Based Medicine(EBM)では解決できない問題がある~
以来,Mちゃんを幸せにすることを小児外科医の自分の使命とした.Mちゃんを幸せにできれば,大きな障害を持って生まれた他の子も幸せにできると考えた.母親は,この子と同じ病気を持っているお母さんを紹介して欲しいと言った.そこで,永久ストーマ症例を沢山持っている兵庫県立こども病院の西島栄治先生を誘ってオストメイトの親の会を創ることとし,先ず1990年に近畿小児ストーマ勉強会(後の近畿小児ストーマ・排泄・創傷研究会と改名した)を創設した.小児ストーマ外来を開設し,1993年に永久ストーマを持った小児オストメイトの会(たんぽぽの会)の結成を指導した.
永久ストーマは単なる人工肛門ではない,周産期ではこのような子を持った母親の心の問題であり,新生児期ではストーマ造設,乳幼児期はストーマケア,学齢期ではいじめや劣等感,思春期では恋愛や性交,成人では就職や結婚,妊娠・分娩の問題となる.小児外科医あるいはWOCナースがケアできるのはせいぜい乳幼児期までである.その後の問題は,たんぽぽの会を通じて解決しようと考えいたが,実際にはオストメイト自身が互いに助け合い,学び合って自ら解決していった.『たんぽぽの会結成20周年記念誌』に寄せたオストメイトは異口同音に,「この会で病気と闘っているのは自分だけじゃないと知って勇気をもらった」「WOCナースや家族やどんなに親しい友だちでも病気でない人には絶対に分かってもらえない悩みをたんぽぽの会の仲間には分かってもらえた」「精神的に支えられてきた.今ではなくてはならない存在である」と言った.Mちゃんもこの中で前向きに生きる力をもらったと言っている.某施設の障害者枠を紹介し,30歳を過ぎた今日も働いている.

III.Narrative Based Medicine(NBM)について
堀内勁によると,NBMとは「患者を,それぞれの人生という物語(narrative)を生きる存在として認識することから始め,人間として個別化した医療を提供すること」であるという1)
2000年頃NBMという概念がわが国に導入され2),徐々に広がり始めた.小児外科領域では,毛利健先生が2004年に小児外科QOL研究会で初めて使用した.筆者は,第43回日本小児外科学会総会(2006年,秋田,会長加藤哲夫)で「外科侵襲と精神発達」と題する特別企画があったので,臨床心理士山本悦代女史に「新生児外科侵襲が影響を及ぼす子どもの発達」を発表してもらった.加藤先生は予てから新生児外科侵襲は精神発達遅滞を起こす可能性があると主張してきたが,山本女史は精神発達に異常がなくても情緒行動面の異常をきたす可能性がある.そのケアにはメンタルケアが必要であり,その基本こそNBMであると強調した.それを聴いていた大江健三郎は女史の話に感銘を受けたと言い,NBMについても書いている著者『「伝える言葉」プラス』を送ってくれた(図1).
筆者はNBMこそ自分が目指してきた小児外科だと確信し,2010年の第46回日本周産期・新生児医学会学術集会のテーマを“Save a Small Life, Support a Big Future. by Evidence and Narrative”とし,会長講演を「小さないのちを救い,大きなみらいを支える-EBMとNBM」とした(図2).講演を聴かれた恩師,川島康生(大阪大学名誉教授,国立循環器病センター名誉総長)は,「実に素晴らし会長講演でした.日本でこんな素敵な会長講演を聴いたのは初めてではないかと思います.(略)素晴らしい感動を与えて下さったことに重ねて感謝申し上げます」と最大限の賛辞を下さった.敬愛する二人の先達にお褒めの言葉をいただきNBMがライフワークとして取り組む価値あると確信した.

図01図02

IV.周産期精神保健研究会のこと
Mちゃんが30歳になった時に母親から手紙をいただいた.胎児診断されて妊娠を継続するか中絶するかの決断を迫られたが,一人で悩んだこと,一人わが子の出生を楽しみにしていたのに生まれたわが子は自分の胸に抱くこともなく手術室に連れて行かれたこと,繰り返す手術のためにわが子におっぱいを飲ませてあげられなかったこと,“奇形児”を守り育てるストレスでうつや糖尿病になったことが書かれていた.筆者は再び金槌で頭を殴られた.Mちゃんは,NBMを実践した自慢の症例であったが,そのQOLを全面的に依存している母親のQOL3)は一顧だにしなかったことを知らされたのである.新生児外科の長期的QOLのためには母親への周産期精神保健的アプローチも不可欠であることを知った.周産期精神保健研究会を学術集会とし(第1回日本周産期精神保健研究会を主催した),このアプローチをさらに多職種が参加する実践的な研究会で普及させるために近畿周産期精神保健研究会を立ち上げた.年1回現在まで5回の研究会を開催してきたが,毎回盛会である.

 
利益相反:なし

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文献
1) 堀内 勁:周産期医療とナラティブ.日未熟児新生児会誌,17: 1-8, 2005.
2) 斎藤 清二,山本 和利,岸本 寛史監訳: ナラティブ・ベイスト・メディスン-臨床における物語りと対話.金剛出版,東京,2001.
3) Kubota A, Yamakawa S, Yamamoto E, et al.: Major neonatal surgery:psychosocial consequence of the patient and mothers. J Pediatr Surg, 51: 364-367, 2016.

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