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日外会誌. 122(6): 736-738, 2021

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定期学術集会特別企画記録

第121回日本外科学会定期学術集会

特別企画(6)「各疾患登録とNCDの課題と将来」
8.大腸癌全国登録の現状と今後の課題

1) 帝京大学医学部附属溝口病院 外科
2) 東京医科歯科大学 
3) 光仁会第一病院 

小林 宏寿1) , 杉原 健一2)3)

(2021年4月9日受付)



キーワード
大腸がん, 全国登録, 臓器がん登録, 大腸癌取扱い規約, 大腸癌治療ガイドライン

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I.はじめに
本邦における臓器がん登録は各学会主導で行われており,大腸癌全国登録事業(以下,全国登録)は大腸癌研究会が行っている.近年,多くの臓器がん登録がNational Clinical Database(以下,NCD)を通して行われるようになっており,悉皆性の向上等の有益な面が指摘されている.一方,全国登録は大腸癌研究会の常設委員会である大腸癌全国登録委員会が実務を担当し,毎年の登録作業が行われている.
大腸癌全国登録委員会では全国登録における現在の問題点ならびにその解決策について議論されている.問題解決の一助としてNCDを通じた全国登録についてもここ数年にわたり議論されてきた.
本稿では,全国登録の現状ならびにNCDを通じた全国登録を行う上での問題点について概説する.

II.全国登録の歴史
全国登録の歴史は,大腸癌研究会の歴史と緊密な関係にある1).大腸癌研究会は1974年に設立され,1977年には大腸癌取扱い規約の初版が上梓された.全国登録に関する実務は1980年に開始されているが,当初は1974年から1975年の治療例に遡って登録された.
登録されたデータは毎年報告書として刊行されている.1974年・1975年治療例に関する第1号の報告書が1985年に刊行されて以来,2008年治療例をまとめた最新の第34号まで刊行されている.2007年治療例以降は,紙媒体での刊行を中止し,webでの閲覧のみとなっており,大腸癌研究会のホームページから閲覧できるようになっている.

III.全国登録の現行システム
全国登録は大腸癌研究会参加施設における初発大腸がんの全例登録であり,参加は任意である.大腸がん治療に関する詳細データは,その大腸がんが治療された時点での大腸癌取扱い規約に沿って提出される.例年1月から6月までが登録期間となっている.2021年5月現在,2013年に治療された初発大腸がんのデータが収集されているが,これは大腸癌取扱い規約第7版による記載の上,提出される.
データ入力用フォーマット(FileMaker)は大腸癌研究会のホームページから無償でダウンロードすることができる.大腸癌取扱い規約第7版用(2008年~2013年治療例),第8版用(2014年~2018年治療例),第9版用(2019年以降の治療例)に分かれており,各施設の大腸がんデータベースとしても十分に使用可能である.手術症例のみならず,内視鏡治療症例,内視鏡治療後に外科的切除となった症例,非手術症例についても登録できる仕組みとなっており,各施設でデータベースを開発する労力を省くことができる.登録したデータはエクセルファイルにoutput可能であるので,各施設における臨床研究にも用いやすい.

IV.全国登録の現状
1974年治療例からの全国登録への登録数ならびに悉皆率をグラフに示す(図1).棒グラフが各年の登録数,折れ線グラフが悉皆率を表している.最近10年間については年間登録数がおよそ7,000例,悉皆率が約6%で推移している.

図01

V.登録データの利活用
登録データの利活用として主なものは以下のとおりである.
1.全国登録報告書の作成
毎年集積された大腸がん治療データの解析を行い,その結果を全国大腸癌登録調査報告書として発刊している.当該年に治療された大腸がんの臨床病理学的特徴が詳細に記述されている.
2.大腸癌取扱い規約や大腸癌治療ガイドラインの改訂
大腸癌研究会には常設委員会ならびに期間限定のプロジェクト研究委員会が設置されており,それら委員会における臨床上の問題解決のために利用されている.1例として,大腸癌治療ガイドラインが2019年に改訂されたが2),その際に掲載される臨床データのアップデートに全国登録データが用いられた.
3.大腸癌研究会参加施設に所属する研究者による利用
過去に患者情報を登録した施設に属する研究者は,登録データを適正な研究に用いることが認められている.年間3~5件程度の登録情報利用申請がなされており,臨床研究に用いられている3)

VI.NCDを通じた全国登録導入への問題点
全国登録における現状の問題である悉皆性向上ならびに登録施設の負担軽減を目的に,NCDを通じた臓器がん登録が検討されている.NCDを通じた臓器がん登録には良い点もあるが,導入に関しては様々な問題も浮上している.
第一にNCDに登録した大腸がん関連データを自由に利用できないことである.これまでデータ利用申請が認められると,データは申請者に提供の上,申請者自らが解析を行っていた.NCDを通じた臓器がん登録では,日本消化器外科学会を通じて年間100万円を支払うことで,1~2課題程度の臨床研究が可能となり,NCD側で解析してもらえる.一方,大腸癌研究会では年間5件程度のデータ利用申請に応じている.NCDを通じた臓器がん登録の場合,現状と同じ活動性を維持するためには更なるデータ利用料が必要となる.
第二に,NCDを通じた臓器がん登録にはがん登録維持関連費用として年間数百万円の追加費用が発生する可能性があり,全国登録を行っている大腸癌研究会でこの多額の維持費用を永続的にどのように確保するかは大きな課題である.
第三に,全国登録は任意であり強制力を伴わないことから,NCDを利用することで悉皆性の向上が期待されるものの,実際にどれほど悉皆性が向上するかは未知数である.悉皆性を高めるためには現行およそ230以上ある登録項目の削減が必要と考えるが,項目数の削減により大腸がんに関する様々な観点からの詳細分析が不可能となることが憂慮される.

VII.おわりに
大腸癌研究会が行ってきた大腸がんの臓器がん登録は,本邦における大腸がんの臨床病理学的特徴や治療成績を把握する重要な役割を担っており,大腸癌取り扱い規約や大腸癌治療ガイドラインの作成ならびに改訂に対しても貢献してきた.
現在行われている全国登録の問題点を解決するためにNCDを通じた臓器がん登録が検討されており,悉皆性の向上が期待される.一方,その導入にあたっては,データ利用の制限,多額の必要経費を永続的にどのように担保するか等,解決すべき問題が存在する.

 
利益相反:なし

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文献
1) 小林 宏寿 ,固 武 健二郎 , 浅野 道雄 ,他:【外科医とがん登録-NCDから見えてきたわが国のがん治療の実態-】大腸がん登録.日外会誌,120(6):657-662,2019.
2) 大腸癌研究会(編):大腸癌治療ガイドライン 医師用 2019年版.金原出版,東京,2019.
3) Kataoka K , Beppu N , Shiozawa M , et al.: Colorectal cancer treated by resection and extended lymphadenectomy:patterns of spread in left- and right-sided tumours. Br J Surg, 107: 1070-1078, 2020.

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