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日外会誌. 122(6): 686-688, 2021

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定期学術集会特別企画記録

第121回日本外科学会定期学術集会

特別企画(4)「情熱・努力を継続できる外科教育」
8.レジデントアンケートから見えた若手外科医の夢と現実

東京慈恵会医科大学 外科学講座

大森 槙子 , 西江 亮佑 , 小澤 博嗣 , 馬場 健 , 宿澤 孝太 , 原 正幸 , 森 彰平 , 藤崎 宗春 , 平野 純 , 立原 啓正 , 大木 隆生

(2021年4月9日受付)



キーワード
外科医育成, レジデント教育, アンケート調査

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I.はじめに
外科医不足が叫ばれる昨今,当講座では「トキメキと安らぎのある村社会」をスローガンに掲げ,若手が入りたいと思える医局,医局員が長期に渡り所属していたいと思える医局を目指しつつ,若手外科医育成に注力してきた.今回,その取り組みの一つとして行っているレジデントアンケートの結果をもとに,外科医を志した時の情熱を継続できる外科教育について考える.

II.外科医育成の現状
この20年間で医師総数は40%増であるのに対し,外科医は27%減と他科に比べて大幅な減少傾向にあり,全国的な外科医不足が問題となっている.その理由としては1)労働時間が長く,緊急手術などの時間外労働が多い,2)手技の習得に期間を要する,3)訴訟のリスクが高い,4)それらに見合った評価・対価がなされていない,などが挙げられる.そのような状況の中で,当講座では,医学生への外科の魅力伝承,外科レジデントと医局員の幸福度アップを柱として若手リクルート活動を積極的に行ってきた.その甲斐あって毎年10~20名の外科レジデント採用を維持しており,安定して若手を獲得している.

III.当科におけるレジデント教育システム
東京慈恵会医科大学(以下,慈恵医大)外科レジデントシステムの特徴としては,多数の修練施設と連携し,3年間で全員が確実に外科専門医を取得するに足る十分な経験研鑽を積む機会を与えることはもちろんのこと,学会発表や論文投稿などのアカデミックワークサポート,キャリア支援,また鏡視下トレーニングや皮膚縫合コンテストなどの教育イベントを定期的に開催している.待遇に関しては3年間の平均年収1,000万円保障を掲げている.また,毎月チェアマン夕食会を開催し,学生から医局員までが分け隔てなく自由に交流する場を提供している.そして,年2回レジデント面接およびアンケート調査を行い,指導医と専攻医の双方向からの評価により適切な修練施設で最適な研修を受けられるような環境づくりを目指している.レジデント派遣病院としては,慈恵医大の四つの附属病院の他,首都圏・関東近郊を中心に,各地区の専門医療に特化したハイボリュームセンターや地域の基幹病院にとどまらず外科医不足の著しい僻地の病院など幅広い施設(2021年時点で37施設)と提携している.

IV.レジデントアンケート結果
各レジデントの経験症例数,待遇,満足度,将来の希望などを把握し,良質な修練を行える環境を提供するために,レジデント委員会を組織し,チェアマンとともに年2回個別面接およびアンケート調査を丸1日かけて行っている.経験した術式ごとに経験症例数を術者,助手に分けてそれぞれ記入し,勤務先については指導者に対する評価・収入・施設の満足度評価,将来については志望する疾患班・留学・学位取得・20年後の自分像,医局に対する意見や要望などについて,自由記述方式で記入する.
2013年から2020年までの8年間で,129名(延べ303名)のレジデントがアンケートに回答し,男性81.5%,女性18.5%であった.経験症例数は,術者は1年目/2年目/3年目で112例/121例/119例,助手は116例/52例/57例と施設間で症例数や内容に差はあるものの,平均すると3年間で300例以上の術者,200例以上の助手を経験できており,これらは外科専門医取得に必要な症例数の約2.5倍に相当した.レジデント修了時に外科専門医取得に必要な症例数を経験し,レジデント間で偏りが生じないよう,かつ症例のバランスも考慮し,小児や血管などを3年間のどこかで経験できるよう配置する施設を調整した.待遇はアルバイトを含め3年間で総計3,631万円の収入を得ていた.レジデントからの各施設に対する評価は10点満点中,近年は多くが8~9点と高水準を維持しているが,過去には手術件数の減少や内科医不足による外科医の負担増などによりレジデントからの評価が著しく低下した施設もあった.それらの施設に対しては結果をフィードバックし,改善が得られなかった4施設からは致し方なく撤退を選択した.
将来については,レジデント開始時に志望する疾患班を決めてない者が4割で,3年間のレジデント期間中に疾患班を実際に経験しながら吟味し選択できることも魅力になっている.これは慈恵医大外科が全国的にも少ない真の外科大講座制をとっている事の強みでもある.レジデント終了時には消化器,特に下部消化管の入局者が43%と多いが,8年間で見ると乳腺,呼吸器,小児,血管にもそれぞれ8.5%,8.5%,5.7%,8.5%とバランスよく若手が入局していた.留学を希望する者は64%で,これは年次や年代で概ね変化はみられなかった.学位に関しては,レジデントの3年間で考えているや取得済みが71%から82%へ増加した.20年後の希望は,3年間を通じて多くのレジデントが関連病院外科部長,関連病院勤務医,大学病院勤務医を希望し,教授を目指す者は3年間で増加し,開業希望は減少した.

V.アンケートの意義とレジデント教育
アンケートの主軸は,レジデントによる修練施設・指導医の評価と指導医によるレジデントの評価を双方向から行うことである.適切な症例があるか,労働に見合った給与待遇か,指導医に問題ないかなどの質問に対するレジデント側の回答をもとに,レジデントを派遣するにふさわしい施設かどうかを評価し,問題があれば各施設へフィードバックして改善を促している.逆に指導医からもレジデントのやる気,知識や手技,経験症例数はもちろん,コミュニケーション能力や生活態度までを評価し,各々の適性を総合的に判断した上でより適した施設への派遣を検討したり,将来の希望疾患班の再考を検討させることもある.レジデントによる施設の評価を医局員全体で共有することは,施設間の切磋琢磨につながり,可能な限りレジデントに術者なり実践に即した経験の機会を与えるような文化を根付かせている.さらに,個々の将来の希望を把握しプランニングすることは,医局としての関連病院の取捨選択や医局人事にも影響を及ぼし,結婚・出産・介護などのライフイベントに対する希望の聴取・適切な調整は,大講座制の強みを活かし柔軟な対応が可能である.また,適正・公平なローテーションにより,新専門医制度の要件を全員が満たすように調整し,不公平感の是正を行っている.そしてなにより,各レジデントが各施設で幸せに過ごせているかを常に注視し,小さな躓きによるドロップアウトを防ぐことが大切である.レジデント一人一人が外科医を志した時の目の輝きを失わないよう若いうちから多くの症例を経験でき得る文化の定着,疲弊しない外科医の働き改革,リスクを回避分散するシステムの構築,それに見合った給与等待遇の確保など,外科医として豊かな人生が過ごせる環境作りが最重要である.

VI.おわりに
当講座では,これまでレジデント教育に注力し,そのツールの一つとしてアンケート調査および面接を行ってきた.医学生への外科の魅力伝承と共に,外科レジデントと医局員の幸福度アップを柱とし外科医として豊かな人生を過ごせるような環境作りを追求し,若手リクルート活動を積極的に行ってきた.これらのことが功を奏し,外科医不足の世の中にありながら安定して若手を獲得している.今後もこの好循環を維持し,若手も,そして指導医も情熱を絶やさないような医局を目指すことが肝要である.一方で,指導医の教育疲れも問題となっており,負担増に配慮・注意が必要であり,今後の課題である.

 
利益相反:なし

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