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日外会誌. 122(5): 581-583, 2021

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定期学術集会特別企画記録

第121回日本外科学会定期学術集会

特別企画(3)「≪緊急特別企画≫パンデミック状況下における外科診療と教育」
9.感染につよい教育体制の構築

1) 慶應義塾大学 医学部外科学教室(一般・消化器)
2) 湘南慶育病院 外科・消化器外科

堀 周太郎1) , 中野 容1) , 松井 信平1) , 田中 真之1) , 松田 愉1) , 永山 愛子1) , 清島 亮1) , 関 朋子1) , 入野 誠之1) , 松原 健太郎1) , 高橋 麻衣子1) , 八木 洋1) , 阿部 雄太1) , 林田 哲1) , 岡林 剛史1) , 北郷 実1) , 川久保 博文1) , 尾原 秀明1) , 和田 則仁2) , 北川 雄光1)

(2021年4月9日受付)



キーワード
COVID-19, 外科教育, 感染予防手技試験, オンライン

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I.はじめに
医療環境におけるCOVID-19感染防止には接触感染リスクを軽減し,ソーシャルディスタンスを保った医療体制の構築・維持が重要である.
一方で,外科領域の教育には,技術・手技の伝達の要素が多分に含まれるため,従来の外科教育は対面に近い,密接な距離関係での教育が行われてきた.COVID-19の感染防止の観点からは,これらの相反するコンセプトを両立させるために,外科教育のパラダムシフトが求められる.
本稿では,COVID-19流行下において外科の初期教育体制を維持するために当科で行った試みを紹介する.

II.院内研修・院内実習開始要件としての院内感染予防手技試験

1)後期研修医に対する院内感染予防手技試験
COVID-19の第1波が都内を襲った2020年3月,当施設でもCOVID-19の院内感染事例を認め,その対策に追われるなかで4月に入職する後期研修医を迎えることとなった.入職者にはCOVID-19陽性患者との接触歴のある者も含まれた.彼らをCOVID-19の院内感染リスクから守り,また院内感染のリスク因子としないため,当院の感染防止手技ルールに準拠した教育動画を作成し,あわせて17の手技評価項目からなる評価ツールを作成した.レジデントの実技は複数の評価者が行い,1回の助言までで実施できることを就労許可の要件とした.評価ツールはオンラインアンケートアプリを用いて作成し,評価者が自分のスマートフォン等を用いて評価を行うことで,迅速・ペーパーレスな評価を実現した.
この試験は当科および当教室小児外科のレジデント 計16名が受験し,15名が初回で合格,残る1名も再試験で合格して翌日には就労を開始した.動画作成から試験終了までに要した時間はおよそ3日間であった.

2)初期臨床研修医に対する院内感染予防手技試験
同時期に当院の研修医に端を発する大規模クラスターが発生した.当事者の研修医のみならず,無関係の研修医を含めた初期臨床研修医に対する院内の風当たりは強く,また初期臨床研修医の中にも院内感染リスクを危惧する声が上がったことから,初期臨床研修医についても後期臨床研修医と同様の取り組みを実施した.内容を簡素化した教育動画と,評価項目を31項目へ細分化したオンライン評価シートを3日間で作成し,各科の指導医の協力を得て,初期研修医90名を対象として感染予防手技試験を行い,助言なく手技が実施可能であれば就労可能とした.この試験の初回合格率は3割弱にとどまり,研修医の感染予防手技の不備が露呈した結果になった.これにより研修開始が最大2週間程度遅れたが,5月までにはほぼ全ての研修医が研修を開始した.

3)医学生に対する院内感染予防手技試験
この試験は医学部5~6年生(213人)において,2020年9月以降に再開された院内実習の再開要件にも適用された.8月最終週から9月第1週までの2週間で,5~6年生213名に対してのべ286回の試験が実施された.初回合格率は約7割と初期臨床研修医よりも高く,医師でなくとも,正しい知識があれば手技は実施可能であることが示された.
最終的に感染予防手技試験は316名を対象に延べ487回の試験が実施された.

III.COVID-19流行下での外科教育改革
2020年5月の常事態宣言の解除をうけ,医学部5~6年生を対象とした臨床実習が再開となった.しかし学生は登校を許可されず,従来2週間で実施した臨床実習を1週間に短縮した代替カリキュラム作成が急務となった.
従来,対面形式で行っていたレクチャーはすべてオンライン講義に変更した.さらに実症例を用いた術前症例検討も,臓器毎にモデル症例を作成してクラウド上に情報を保管することで院外からでもオンライン上で症例検討を行うことを可能にした.
また,手術見学がないため空いた時間には,外科知識のみならず,医療者のリーダーシップ,キャリア形成など,科の枠に囚われない新たな講義を新設した.こうして朝夕に分散して計13個の小講義を完全オンラインで行うカリキュラムを作成した.完成した完全Web形式のカリキュラムは1週間の実証実験を経て5月上旬から7月まで8グループ 計45名に対して実施した.
前述の院内感染予防手技試験を経て,9月には部分的に院内での臨床実習が再開された.制限付きで手術見学・参加と病棟実習が再開されたが,オンライン講義は対面形式に戻すことなく,講師の負担を減らすために,一部のオンライン講義を残してオンデマンド配信形式へ切り替え,オンライン講義と院内実習のハイブリッド形式で実習を継続している.こうして現在は講師,学生ともに学びの場所に物理的制約を受けることなく講義への参加が可能になった.
「従来の臨床実習(COVID-19流行以前)」「完全オンライン実習」「病棟実習+オンライン実習(ハイブリッド形式)」の満足度は図1の通りであった.いずれの実習も有意義で,全く手術に参加しなかった完全オンライン実習の時期を含めて,実習により外科への興味が有意に増加するという結果が得られた.
このように,カリキュラムのオンライン開催への積極的な切り替え,プログラム内容の積極的な改訂によって,コロナ禍でも満足度の高い実習が提供できた.

図01

IV.おわりに
外科領域の教育は知識だけではなく,手技や術中所見,術中解剖といった視覚・触覚情報の伝達が含まれる.コロナ禍においてもこれらの教育は可能な限り維持することが望ましく,そのためには教員側,学ぶ側ともに接触感染防止にむけた正しい知識と実施が必須である.
一方で,COVID-19流行下におけるカリキュラムの見直しは,従来は「現場でしか伝えられない」と考えられていた外科教育の定石について,「本当に現場でしか伝えられないのか,代替手段はないのか」と見直す良い機会となった.
こうして見出された「外科教育のPrinciple」とともに絞り込まれた新しいプログラムは,コロナ禍の後にも発展する余力を秘めたものになりうると考える.また,コロナ禍により拘束時間が短くなったことで,学生達に自発的な学びの機会を得ようとする動きも認める.今後はこういった自発的な学びの欲求をカリキュラムに組み込んだ新しい教育モデルの構築を目指せるかもしれない.
今回提示した試みの実施には,多くの先生方の御協力を頂いた.本稿を終えるにあたり改めて御礼申し上げる.

 
利益相反:なし

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