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日外会誌. 122(5): 572-574, 2021

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定期学術集会特別企画記録

第121回日本外科学会定期学術集会

特別企画(3)「≪緊急特別企画≫パンデミック状況下における外科診療と教育」
6.Toronto General HospitalにおけるCOVID-19重症呼吸不全に対するECMO治療の経験と成績

1) Division of Thoracic Surgery Toronto General Hospital
2) 九州大学 大学院消化器・総合外科
3) Division of Critical Care Medicine Toronto General Hospital

河野 幹寛1)2) , Eddy Fan3) , Lorenzo Del Sorbo3) , Niall Ferguson3) , Shaf Keshavjee1) , Marcelo Cypel1)

(2021年4月9日受付)



キーワード
新型コロナウイルス, パンデミック, 呼吸不全, 体外式膜型人工肺, 集中治療

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I.はじめに
世界的な流行をもたらしている新型コロナウイルス(COVID-19)肺炎は,重症化した場合には人工呼吸器のみならずECMO(Extracorporeal membrane oxygenation)あるいはECLS(Extracorporeal life support)と呼ばれる体外式膜型人工肺が必要となる場合がある.ECMOを用いた重症呼吸不全の治療は,特別な知識・トレーニングと,医師・看護師・臨床工学技士など高度なチーム医療・マンパワーを必要とし,1施設あたりの患者数・経験数が多い施設ほど,その予後が良くなることが知られている.筆者は,2016年からカナダ・トロント大学胸部外科に留学し,COVID-19パンデミックが起きた2020年の1年間,Toronto General Hospital(以下,TGH)で肺移植・ECMOプログラムのclinical fellowとして勤務していた際に,ECMOが必要なCOVID-19重症呼吸不全の患者を多く診療したので,報告する.

II.カナダ・オンタリオ州でのCOVID-19感染状況
2020年1月下旬にカナダで初めてのCOVID-19感染症例がオンタリオ州・トロントで確認された.オンタリオ州内感染者数200名未満だった3月17日に非常事態宣言が発令され,学校の休校・外出制限・在宅勤務推奨,レストラン・フードコート・屋内施設などの閉鎖,5名以上で集まることの禁止など,日本よりはるかに厳しい規制が罰則付きで敷かれた.感染者数の推移を図1に示すが,人口1万人あたりで日本と比較すると,カナダでの感染者数は約7倍,死亡者数は約9倍高かった(2021年2月末時点).

図01

III.パンデミックに備えた医療体制の整備
TGHのECMOプログラムは,集中治療医と胸部外科医が協力し例年年間90例超の症例数があり,トロント都市圏約600万人にECMOが必要な患者がいればほぼ全例当院に集約されるシステムがコロナ禍以前より確立されていた.非常事態宣言前からパンデミックに備えて,各病院ではベッドや人工呼吸器などの医療体制,あるいはPCRなどの検査体制が急ピッチで整備された.そして,非常事態宣言とほぼ同時に,予定手術・臓器移植・外来などが大幅に縮小され,筆者が従事していた肺移植も原則中止となった.TGHでは,院内のICUベッドを再編し,36床のCOVID-19陽性あるいは疑い患者用のICUベッドを準備するとともに,トロント都市圏のECMOセンターとしての役割を果たすべく20~25台のECMOが同時運行できるようにECMOの機器・物品・マンパワーを準備した.非常事態宣言後,人工呼吸器が必要なCOVID-19重症呼吸不全の患者が続々とICUに入室し,4月初旬にトロントで初めてのCOVID-19重症呼吸不全に対するECMO適応症例があり,筆者がECMO挿入を行った.

IV.経験数と治療成績
第1波が収束した7月下旬までにCOVID-19重症呼吸不全に対して33例のECMOを行った.9月初旬から第1波より遥かに大きな第2波が始まり,第2波では,筆者がTGHでの勤務を終了した12月末までに25例のECMOを行った.6月中旬と12月には,COVID-19関連以外のECMOも合わせてそれぞれ最大14台・15台のECMO治療が同時に行われたが,大きな混乱はなかった.第1波の際は通常予定手術・臓器移植を制限していたが,夏以降はCOVID-19治療と通常手術診療の両立を維持している.
ECMOを施行した全58例の患者背景は,男性43例,女性15例,平均年齢は50.1歳(22歳~65歳)だった.ECMOの初期modeは全例がVV-ECMOで,大腿静脈脱血・内頸静脈送血を基本とした.経過中に,16例(28%)で回路交換,うち5例(8.6%)で2回以上の回路交換が必要で,これは通常のARDSよりも頻度が高く,COVID-19感染症では血栓形成の併発が多いことを反映していると考えられ,より厳重な回路のモニタリングが必要と考えられた.12月末までの転帰(46例)としては,26例(57%)がECMOから離脱でき,20例(43%)はECMO治療中に死亡した.ECMO治療期間平均日数は,ECMO離脱可能患者で13日,死亡患者で17日であった.出血性合併症が多く,ECMO治療中に7例の頭蓋内出血・1例の後腹膜出血・1例の大量血胸での死亡例,ECMO離脱後に2例の頭蓋内出血・1例の腹腔内血腫での死亡例があった.COVID-19感染症は凝固異常や血栓症の合併頻度が高く,転帰の悪化との関連が報告されているが,他施設と比較1)しても有意に出血性合併症での死亡例が多く,原因を調査・議論しているところである.

V.おわりに
日本よりもCOVID-19が流行している北米のhigh volume centerにおいて,ICU増床などの対応を予め行ったことにより,ベッド数・物資・マンパワーいずれの面においても医療崩壊を起こすことなく,そしてICU内でクラスターを起こすことなく,適切に重症患者管理を行うことができた.ECMO挿入・管理だけでなく,経過中に気管切開や胸腔ドレーン留置など外科的処置を要する症例も多く,外科医,特に呼吸器外科医の果たす役割は大きいと考える.

 
利益相反:なし

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文献
1) Barbaro RP , MacLaren G , Boonstra PS , et al.:Extracorporeal membrane oxygenation support in COVID-19: an international cohort study of the Extracorporeal Life Support Organization registry. Lancet, 396:1071-1078, 2020.

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