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日外会誌. 122(3): 341-342, 2021

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会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(120)

―開頭クリッピング術後に腸管壊死が生じ患者が死亡した事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
開頭クリッピング手術, 腸管壊死, 便秘, 患者の要望

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【本事例から得られる教訓】
患者や患者家族と担当医の治療方針が合わない場合には,事故が生じた際に紛争化しかねない.院内で方針を検討し,受け入れられない要望については毅然と伝えることが重要である.

 
1.本事例の概要(注1)
今回は,開頭クリッピング術の後に腸管壊死で死亡した患者の事例である.背景には,患者とその家族が医療関係者であり,担当医の方針への要望が強かったという事情がある.患者から医師の方針に反する要望が伝えられることは外科医も時折経験するのではないかと思われ,紹介する次第である.
平成25年1月21日,患者は(80歳・男性),激しい頭痛等で本件病院に救急搬送され,くも膜下出血との診断を受け,開頭クリッピング手術(脳動脈瘤の再破裂を防止するために開頭して金属製のクリップで閉鎖する手術)を受けた.
なお,患者は脳神経外科医,患者の妻Aは看護師,患者の子Bは内科医,子Cは脳神経外科医,子Dはソーシャルワーカーであった.
平成25年1月22日,担当医は,くも膜下出血後は排便障害や便秘を合併しがちであることから,ビオフェルミンRの投与を開始し,また,患者に心房細動が認められたことから,同月24日からサンリズム(抗不整脈薬)等の投与を開始した.
平成25年2月7日以降,患者に排便がみられなかったこと等から,担当医は,看護師らに対し,センナリド(下剤)の投与やグリセリン浣腸(以下,GE)60mlの実施等について指示をした.看護師が平成25年2月11日等にセンナリドを投与したところ,排便がみられた.しかし平成25年2月28日以降は,排便は概ね少量にとどまっていた.
平成25年3月19日,腹部CTを実施したところ,糞便が貯留し結腸や直腸が拡大しているのが見つかった.
平成25年3月20日,妻Aは担当医に対し,下剤は腹痛を増すだけなので中止してほしいと要望等し,担当医は,センナリドを中止した.
平成25年3月23日頃,子Bは,看護師に対し,患者が脱水気味であるとしてラシックスの中止を求め,また既に慢性心房細動の状態であるとしてサンリズムの中止を求め,担当医は,ラシックスおよびサンリズムの内服を中止した.
平成25年3月25日の8:10頃,患者は下顎様呼吸で,顔面蒼白の状態で発見された.SPO2は68%,血圧は92/50mmHg,脈拍が140台になるなど全身状態が悪化していた.担当医は,患者に心房細動の既往があったことから,心疾患を疑い,9:10頃には血圧が50台(収縮期)となったことから,患者がショック状態にあると判断し,昇圧剤や強心剤の投与も順次指示した.
9:20頃,担当医は子Bから,何が起きたのかとの質問を受け,家族の指示でサンリズムを中止したから頻拍性心房細動になったのではないか,という趣旨のことを述べた(発言①).これに対し子Bが反論したところ,担当医は,それならば指示の出し方等を教えるので好きなように治療してほしい旨述べた(発言②).
10:00頃に摘便を実施したところ,少量の硬便の後に大量の黒色泥状便が流れ出た.その後,心筋梗塞等の心疾患を示す著明な所見はないとの判断が示され,腹部レントゲン検査が実施される等した.
11:30過ぎ頃,子Cは,患者の病室に到着し,看護師に対し,便の処理よりも挿管の上,呼吸確保を優先するよう指示等した.担当医は,子Cに対し,医師免許を持っているのだから好きなように治療してほしい旨述べた(発言③).
14:00頃,子Bは,担当医に患者の容態について尋ねたところ,担当医は,状態が悪く詳しい検査ができない,抗生剤を始めたなどと述べた.これに対し,子Bが,抗生剤を始めたということは急変の原因は敗血性ショックなのか,血液培養は採ったのかと尋ねると,担当医は,色々やりにくいので,面会を一日30分以内にしてほしい旨述べた(発言④).
15:00頃の血液検査で,腸管壊死を示唆する検査項目の一つであるCK(1,791:基準値56~244 IU/L)やLDH(1,473:基準値106~211IU/L)が急激に上昇したため,上腸間膜動脈閉塞症の疑いがもたれたが,患者は,22:19,死亡が確認された.剖検報告書では,直接死因は左半結腸の大腸虚血性壊死に伴う循環不全であるとされている(右半結腸は平成2年頃に切除済み).
2.本件の争点
本件では,腸管壊死の原因や,便秘解消義務違反等の重要な争点もあるが,ここでは担当医の家族に対する発言が不法行為を構成するか,を中心に論じる(注2).
3.裁判所の判断
家族からの担当医の発言は違法であるとの主張に対し,裁判所は,上述の発言①~④に至るまでの経過に言及し,担当医は家族から下剤の中止を求められたり,サンリズムの中止を求められる等したが(注3),その都度家族の要望を踏まえた対応も行っていたことも指摘した.
そして,上述の発言①~④は,こうした経過の中,患者の急変の原因も判明していない段階で,担当医が家族から非難を受けたりした中でなされたものであって,担当医の発言は,家族に対する医師の発言としてはいささか穏当さを欠く面は否定できないが,社会的相当性を逸脱し不法行為等を構成するほどの違法性はないとした.
4.本事例から学ぶべき点
本件は患者側と医師の対立が顕著とも言える事例だろう.患者側の気持ちも理解するが,担当医は家族から治療方針についてかなりの注文を受けており,担当医の心情も伝わってくる(判決も結論として担当医の発言の違法性を否定している).
患者の権利意識が高まりを見せる中,家族が医療関係者でなくても,医師に対し治療方針の変更等を求めてくるケース等は今後増えてくるように思われる.もちろん患者や家族の意向を尊重することは重要である.しかし,担当医は最終的に医療行為の責任を負う立場にあるため,患者側の要求を無制限に受け入れることはできない.患者の要望が強すぎる時などは,院内でカンファレンスを行う等して方針を固め,毅然とした対応をすることも,適切な治療を行うためには必要であろう.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 東京地裁令和2年3月12日判決.
注2) 腸管壊死の原因も重要な争点であり,3名の鑑定人で原因疾患の意見が分かれる等しているが,紙面の都合上,割愛する.
注3) 判決文では,これらの他にも家族から担当医に要望が出されている.

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