日外会誌. 122(3): 297-302, 2021
特集
乳癌診療の現状と課題
2.乳癌検診の現状と課題
東北大学大学院 医学系研究科乳腺・内分泌外科 佐藤 章子 , 石田 孝宣 |
キーワード
対策型乳癌検診, 死亡率減少効果, J-START, 高濃度乳房対策, ブレスト・アウェアネス
I.はじめに
わが国では年間約9万人が乳癌に罹患し,生涯罹患率も9%と高頻度である.死亡率も上昇の一途をたどっており,死亡率減少を目的とした乳癌検診に対する期待は非常に大きい.乳房エックス線検査(マンモグラフィ;MG)は,40歳以上の女性において複数のランダム化比較試験で有効性が証明された唯一の乳癌スクリーニング法で乳癌検診の標準方法として広く世界に普及している.わが国では2000年に対策型乳癌検診に導入され,今年で20年目になる.画像診断に基づく乳癌検診は着実に医療現場に浸透・認知されつつあるが,現在もさらなる検診精度向上に向けた取り組みがなされている.本稿では乳癌検診の歴史から,現状,課題について最新の情報と共に述べる.
II.乳癌検診の歴史
わが国の対策型乳癌検診は胃癌検診・子宮頸癌検診が開始された5年後の1987年に第2次老人保健事業として30歳以上のすべての女性に逐年の問診・触診が開始されたのが始まりである.その後,視触診単独検診の有効性が否定され,欧米諸国のRCTによる死亡率減少効果のエビデンスをもとに2000年,50歳以上の女性に対してMGが導入された.これにより主観的な判定に基づく「曖昧な検診」から,客観的評価が可能な「精度管理された検診」へと大きな方向転換を果たした.2004年には40歳以上まで対象が拡大され,現在に至る.
対策型検診は健康増進法を法的根拠とし,市町村事業として「がん予防重点教育及びがん検診実施のための指針」のもとに実施されている.「がん検診のあり方に関する検討会」において必要な見直しが行われ,現在は40歳以上の女性に対して問診およびMGを2年に1回実施することが推奨されている.一方,MG検診の精度管理ではNPO 法人乳がん検診精度管理中央機構(以下,精中機構)が大きな役割を担い,様々な講習会を通じてMGの所見用語とカテゴリー判定の普及,画質と読影の精度向上,近年のデジタル化への対応など,20年かけて普及に努めてきた.
III.乳癌検診の現状
・わが国の乳癌検診受診率
2016年度の厚生労働省地域保健・健康増進事業報告によれば,わが国の対策型乳癌検診の受診率は全国平均で18.2%と報告されている1).一方,同年の国民生活基礎調査では,過去2年間に乳癌検診を受診したと回答した割合は全国平均で44.9%と報告されており2),この数値がドック検診や職域検診などの任意型検診受診者数も含む,わが国における乳癌検診受診率の実数に近いと考えられる.乳癌死亡率が減少している欧米での受診率は70~80%であり,受診率50%以上で死亡率減少が期待できるとされている中,わが国の検診受診率は諸外国と比較して極めて低いと言わざるを得ない.受診率の向上を目指して官民一体でピンクリボン活動や検診クーポン配布など種々の対策を講じているが,十分な社会的効果を得るためにはさらなる検診受診率の向上を図る対策が急務である.
・超音波検査の位置づけ
若年者や授乳歴のない乳房は乳腺密度が高く(高濃度乳房),MGでは感度が低下することが知られており,感度低下を補う方法として超音波検査(US)が有用である可能性が示唆されていた.わが国では40歳代のマンモグラフィ検診にUSを追加する効果を検証するための世界初の大規模ランダム化比較試験(Japan Strategic Anti-cancer Randomized Trial:J-START)が行われている.初回検診結果は,US介入群で癌発見率は1.5倍に上昇し(コントロール群:0.33% vs 介入群:0.50%),中間期癌は半減,感度は90%台まで上昇するが,検診の不利益となる要精検率も1.5倍に上昇した(8.8% vs 12.6%)3)(表1.わが国の乳癌罹患の中心は40〜50歳代にあるため,この年代により精度の高い検診を行うことは重要な課題であり,これまでの結果は大きな期待が持てる内容であるが,検診の有効性の指標となる死亡率減少効果のエビデンスは検証中で未確定であり,対策型の検診としてUS併用検診は現時点では推奨されていない.任意型検診での超音波使用は容認されるが,要精検率の上昇,襲侵的な精密検査などの不利益に関して,受診者への十分な説明と同意が必要である4).
IV.検診精度を向上させるための近年の取り組み
・「マンモグラフィと超音波検査の総合判定マニュアル」2015年初版
客観性・再現性に優れるMGと,高濃度乳房でも病変検出率に影響が少ないUSの利点を生かし,MGを参照しながらUSを行い得られた画像を総合的に判定する方式が最も精度が高いと考えられる(同時併用総合判定方式).J-STARTは,試験のデザイン上MGとUS判定は別に行われたため(分離併用独立判定方式),要精査率が高くなり検診の不利益の増大をまねく結果となったが,そのような不利益軽減のために2015年日本乳癌検診学会総合判定委員会で「マンモグラフィと超音波検査の総合判定マニュアル」が作成された.検診の場で相補的なモダリティであるMGとUSのそれぞれの優れた点を優先した判定を総合的に行うことで,検診感度の上昇と,要精検率の低下を両立させることを目的としている.J-STRATでは予後の解析結果が未確定であり,MGとUSの併用検診の有効性(死亡率減少効果)は不明であるにもかかわらず,既に任意型検診を中心に広く併用検診が行われている現状がある.不利益の減少と精度管理向上が期待できる総合判定法の教育・普及は急務であり,2020年11月までに検診に携わる医師・技師を対象とした講習会が全国で計8回開催された.
・「検診カテゴリーと診断カテゴリーに基づく乳がん検診精検報告書作成マニュアル」2019年初版
わが国のマンモグラフィガイドラインはカテゴリー判定とその後のマネジメントの間に一貫した指針が確立していない点が長らく課題であった.2019年に日本乳癌学会検診関連委員会から,検診での『検診カテゴリー(Screening-Category:SC)』と精査機関での『診断カテゴリー(Diagnosis-Category:DC)』を区別する『乳がん検診精検報告書作成マニュアル』の初版が発刊された.DCはBI-RADSカテゴリーに概ね一致し,推奨マネジメントと共に精度管理にQuality Indicator(QI)概念が導入され陽性適中度(positive predictive value:PPV)3の適応が提案されている.PPV3は精密検査後マネジメントとして生検を実施したDC4,5の症例数の陽性適中度であり,陽性生検率(positive biopsy rate;PBR)と同義であるため精検機関の乳房画像検査の質を評価するための指標となる.より緻密な指針のため定着するには時間を要すると思われるが,今後普及していく「総合判定」の概念とともに検診受診者の不要な精密検査の低減と医療資源の有効活用,診断精度の向上につながり,今後得られるデータの収集と解析により科学的根拠に則った検診と診療の基盤となることが期待される.
V.今後の課題
・高濃度乳房(Dense Breast:DB)対策
乳房はその乳腺と脂肪組織の構成比率が個人個人でさまざまなバリエーションが有り,乳腺組織の多い順に「極めて高濃度」,「不均一高濃度」,「乳腺散在」,「脂肪性」の4段階に区別される.この内「極めて高濃度」と「不均一高濃度」の乳房はいわゆる高濃度乳房(Dense Breast:DB)とされ,マンモグラフィでは白く写る乳房組織のマスキング効果により腫瘤の所見の診断精度が低下する可能性が示唆されている.2016年にマスコミ報道でDBでの診断精度低下が報じられ,DBであることを検診受診者に告知する義務を定めた米国並みの対策を求める意見も聞かれることとなった.この動きを受けて2017年3月,日本乳癌学会,日本乳癌検診学会,日本乳がん検診精度管理中央機構は合同で「対策型乳がん検診における高濃度乳房問題の対応に関する提言」を発表し,現時点で乳房構成を受診者に通知することはその後の対応策が明示できないため時期尚早であるとしている.DBは病気ではなく個々人の個性の範疇であること,乳房構成の判定自体が主観的な概念を内包するため,統一された基準の策定が困難であることなどが背景にある.精中機構では乳房構成の判定基準の標準化を目的とした判定法を示している5).DBであった場合,追加検査の候補として超音波検査やトモシンセシスなどが取り挙げられている.今後高濃度乳房の検診の層別化なども検討すべき課題であるが,いずれのモダリティにおいても死亡率減少の証明はなく,これらを勧めるだけのエビデンスが存在しないことも乳房構成の告知を推奨しない理由である.
・若年性乳癌とブレスト・アウェアネス
40歳未満の乳癌検診の有効性を示すエビデンスは存在しないため,厚生労働省の指針においても40歳未満は検診対象外であり,若年性乳癌の早期診断の方策を国が推奨していないという課題がある.行政サービスとして検診を提供している自治体もあるが,日本対がん協会の年齢階級別の癌発見率からは30歳代は40歳代以上と比べて癌発見率が有意に低い(30歳代:0.05%,40歳代:0.21%,50歳代:0.26%,60歳代:0.30%,70歳代:0.33%).さらに,乳癌1件を発見するための検診コストは30歳代で1,073万円,40歳代では148万円と算出(仙台市検診から推定)され,費用対効果の面からも30歳代の検診は極めて非効率的である.一方で30歳代は,妊娠,出産,授乳など女性の重要なライフイベントに伴い乳房の状態がダイナミックに変化する時期でもあり,その変化を観察する習慣「ブレスト・アウェアネス(breast awareness)」の啓発が最も重要な年代といえる.
breast awarenessは自身の乳房の状態に日頃から関心をもち,乳房を意識して生活する健康教育のことであり(図1),乳房の変化を自覚した際の適切な受診行動で早期治療に結びつけるものである.高濃度乳房対策としても期待されており,若年年齢階級からの意識付けから継続して,40歳代以降においても検診受診行動の改善などに引き継がれることで検診受診率の向上など長期に渡る効果が期待できる.乳癌死亡率減少を達成するために世界的にコンセンサスが得られている医療政策として,breast awarenessと乳癌検診の2本立ての普及が報告されており6),breast awarenessの啓発を適切な時期に正確に行うことが実現すれば日本人女性の死亡率低下に寄与する可能性があると考えられる.わが国においては未だ認知度が低く議論されてこなかったが,今後は学校教育を含めた健康教育の一環としても広く浸透させたい概念である.
・COVID-19への対応
2019年12月に初めて報告された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,数カ月で世界的に大流行し,感染を収束させるための新たな対策や生活様式が模索された.日本乳癌検診学会ではCOVID-19の対応と検診の重要性を周知するため,ホームページ上で手引書を公開している7).宮城県対がん協会では緊急事態宣言解除後,感染拡大防止策を講じたがん実施計画に基づいて検診を再開した.8月末時点での検診実施率は年間予定の67.1%で,中止とされた市町村には日程変更により受診率のリカバリーを図り,3月末までには前年比7%減少を見込んでいる.検診受診機会の喪失や延長は進行癌の増加や予後への影響も懸念される.乳癌検診は国民の乳癌死亡減少において極めて重要な健康事業であることを再認識するとともにわが国で培われてきた精度の高い乳癌検診を「新しい生活様式」に即した形で継続して提供していく必要がある.
VI.おわりに
わが国のMGによる乳癌検診は20年かけて改良・改善を重ねてきたが,MG検診の限界も明らかになり,US検診の導入の可能性にも配慮した新しい精度管理の構築に取り組んで行かなければならない.また乳癌治療が個別化されてきたように,医療経済や医療効果を議論する上で乳癌のリスク層別化による乳癌検診も今後検討していく課題である.さらに今回取り上げることができなかったが,近年新たな乳癌検診のモダリティとしてAI,トモシンセシス,ABUS(Automated Breast Ultrasound System),非造影MRI,リキッドバイオプシーなどの研究結果が数多く報告されており,今後の研究結果を注視し,日本人女性の死亡率減少達成に向けたエビデンスの創出に期待したい.
利益相反:なし
PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。