日外会誌. 122(2): 284-286, 2021
定期学術集会特別企画記録
第120回日本外科学会定期学術集会
特別企画(7)「NCD(National Clinical Database)の10年を振り返る―課題と展望―」
8.今後の展望―呼吸器外科領域
1) 日本呼吸器外科学会NCD委員会 遠藤 俊輔1) , 岡田 克典1) , 近藤 晴彦1) , 佐藤 幸夫1) , 豊岡 伸一1) , 新谷 康1) , 中村 廣繁1) , 星川 康1) , 芳川 豊史1) , 吉野 一郎1) , 池田 徳彦2) , 千田 雅之3) (2020年8月15日受付) |
キーワード
NCD, 呼吸器外科, リスク計算, 施設パーフォーマンス, 前向き登録
I.はじめに-NCD呼吸器外科の運用開始-
一般社団法人National Clinical Database(以下,NCD)は,2010年専門医制度を支える手術症例データベースとして外科系学会が設立し,2011年よりデータ登録を開始した.呼吸器外科領域は日本呼吸器外科学会と日本胸部外科学会が協力して,従来から毎年行われてきた日本胸部外科学会学術調査に互換できるような枠組みで2014年から基本外科領域の2階建てとして登録を開始した1).
II.高い悉皆性と高精度なデータ
初年度の登録症例件数は約88,000例で,その後徐々に増え,2017年には10万例を突破した(図1).われわれの主たる対象である肺癌手術例も初年度約38,000例が登録され,現在では45,000例以上の手術例が登録され,全国の肺癌手術の95%以上を網羅した悉皆性の高いデータベースを構築することができた(図2).他領域と同様にサブスペシャルティの専門医制度へのリンクだけでなく,施設認定に必要な日本胸部外科学会学術調査へリンクさせたことで,NCD登録がもたらすインセンティブがより大きかったことが高い悉皆性をもたらしたと考える.さらに2018年からは日本内視鏡外科学会と共同で,NCDに横付けする形で,ロボット手術の前向き登録システムを開始した.
III.フィードバック機能の実装
入力開始後3年間の約12万件の肺癌外科治療のデータを用いて術後死亡・合併症(呼吸不全・気管支瘻)のリスク計算機能を実装した2)
3).年間4万件のデータの患者背景や手術内容に加え,術後成績などは毎年ほぼ同様な結果であり,入力者の努力に敬意を表するとともに改めてビッグデータの信憑性を痛感した(図3).現在ではこの機能により,手術の適応を客観的に評価できるようになっただけでなく,患者への説明やキャンサーボードの資料などにも使えるようになった.またリスクの高い症例には,術前治療や術式を変更することによりリスクを低減化することも可能になった.リスク計算に用いたデータを用い,各施設の手術成績もリスク調整可能となり,施設あるいは医師個々の手術成績を全国と比較することで,外科医の自己研鑽の資料となりえるものとなった.また同様にリスク調整した上での医療資源の投与量(手術時間・医療材料など)を比較することで,医療政策的な提言も可能になるものと思われる.
IV.臨床研究開始
日本呼吸器外科学会と日本胸部外科学会を中心として,2017年からこれらの臨床データを用いた研究企画の公募を始め,2018年から研究を開始している.その先駆けとして,NCD呼吸器外科領域の企画立案者である池田徳彦らによって臨床病期ⅠA期肺癌に対する手術の成績を解析した結果,胸腔鏡アプローチで肺葉切除術を行う施設が半数近くになり,術後成績も良好で,今やわが国での標準的なアプローチとなることが示された4).その他にも手術成績に及ぼす影響因子の解析や希少疾患手術の全国レベルでの治療成績に関する研究など様々な臨床研究が日本呼吸器外科学会の支援の下に進んでいる.
V.おわりに-今後の課題-
呼吸器外科領域のNCDシステムの最大の弱点は,後ろ向き解析であることと悪性腫瘍などの遠隔期の成績を入力するシステムでないことがあげられる.2018年から日本内視鏡外科学会と共同で実装したロボット手術の前向き登録システムの構築を利用することと,循環器領域で実装しているTranscatheter Aortic Valve Implantation(TAVI)入力システムを参考にすれば,前向き登録例の術後遠隔期成績も集積可能となり,以前から呼吸器系学会で行ってきた肺癌合同登録事業にも使用可能となることが期待される.さらに気管支鏡専門医制度にリンクさせて気管支鏡検査の登録事業も組み入れれば,切除しなかった肺癌もNCDで包括でき,本来目指したNational Clinical Databaseが構築できる可能性を秘めている.今後の発展に期待したい.
利益相反:なし
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