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日外会誌. 122(2): 272-274, 2021

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定期学術集会特別企画記録

第120回日本外科学会定期学術集会

特別企画(7)「NCD(National Clinical Database)の10年を振り返る―課題と展望―」 
4.外科医と社会との懸け橋としてのNCDを活用した臨床疫学研究

1) 京都大学 消化管外科
2) 京都大学医学部附属病院 医療安全管理部

錦織 達人1)2) , 小濱 和貴1) , 角田 茂1) , 岡部 寛1) , 久森 重夫1) , 我如古 理規1) , 奥知 慶久1) , 松村 由美2) , 坂井 義治1)

(2020年8月15日受付)



キーワード
National Clinical Database, Hospital volume, 機能集約, ロボット支援下手術, Patient Reported Outcomes

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I.はじめに
2011年からデータ入力が開始されたNational Clinical Database(NCD)は,本邦の外科手術の約95%をカバーし,1国レベルで詳細な周術期臨床情報を収集する世界でも類を見ないデータベースである.われわれは,NCDが有する悉皆性の高さや豊富な周術期臨床情報に着目し,外科医療の提供体制についての臨床疫学研究を実施してきた.

II.Hospital volumeと手術死亡率との関連
食道切除といったハイリスク手術において,年間手術件数(Hospital volume)が多い施設の臨床アウトカムは,Low-volume施設よりも良好であることが報告されてきた.われわれは,NCDに登録された988病院における16,556人の食道切除術を解析し,本邦におけるHospital volumeと手術死亡率との関連性を検証した.Hospital volumeが10例未満の施設での,リスク調整しない粗手術死亡率は5.1%であった一方,30例以上の施設の粗手術死亡率は1.5%であった.しかし,Low-volume施設ほど高齢者などハイリスクと考えられる患者割合が高かった.Volume間の患者背景の違いによる影響を調整した結果,Hospital volumeは手術死亡率と有意に関連した(オッズ比0.86/10症例,P<0.001)(図1).
本研究は食道切除術のHospital volumeとリスク調整した手術死亡率との関連性を本邦で初めて示した.本邦において食道切除術といった高難度手術を実施する施設を集約化することで,臨床成績が向上する可能性が示唆された.
しかし,本研究は,Hospital volumeが10例未満のLow-volume施設が全体の約85%を占めていることも明らかにした.集約化の是非を検討するためには,患者や社会に与える影響を検討する必要があると考えられた.NCDの悉皆性は極めて高く,患者居宅の郵便番号と病院住所も収載されている.集約化が患者の通院距離に与える影響をシミュレーションできるのではないかと考え,以下の研究を計画した.

図01

III.食道切除術の機能集約シミュレーション
食道切除術を実施できる施設の最低年間手術件数(minimum volume standard)を10例と仮定し,10例以上の施設へ患者を集約するシミュレーションを実施した.NCDに登録された1,040病院の27,476人の食道切除術のデータを利用した.集約化前後の通院距離は,地理情報システムを用いて,最短の自動車経路から計算した.集約化を実施した場合,通院距離中央値は大都市部では3.9kmから6.4kmの微増であった一方で,地方都市では7.2kmから18.5kmに,過疎地では19.6kmから47.6kmに増加することが予測された.また,本条件で食道切除術を機能集約した場合,3県で食道切除術を実施できる施設が消失することも明らかになった.
人的資源や財源が限られてくる本邦において,効率的で安全な医療提供体制を再構築していくことは,外科領域にも求められ,高難度手術の機能集約は検討に値する課題であると考えられる.しかし,高齢化や医療需要のピークは地域によって異なることが知られている.本研究結果からも,全国画一的にminimum volume standardを設定するのではなく,地域の医療特性に応じて集約化の是非や方法を決定することの重要性が示唆された.NCDを利用すれば,地域単位で同様の分析を実施することができる.また,集約化を実施した場合,臨床アウトカムや通院距離に与えた実際の影響を検証することも可能である.社会や政策決定者に具体的な数値を示すことは,医療における科学的根拠に基づく政策決定:Evidence-based policy makingに寄与できる可能性がある.

IV.新規外科手術の普及と安全性の評価
従来,新しい医療技術の有効性や安全性を評価することの困難性が認識され,その対策としてレジストリーが提唱されてきた.本邦では,2018年4月に消化管癌に対するロボット支援下内視鏡手術が保険収載された.NCDでは2018年1月よりロボット支援の有無をデータ収集しており,悉皆性の高さからその普及や安全性を評価できると考え,分析を行った.2018年に3,000件を超えるロボット支援下手術が消化管癌に対して本邦で実施されていて,保険適応後に増加していた.その手術死亡率は約0.27%で,低率で普及していることを確認することができた.
1国レベルで新規医療技術の普及や安全性をリアルタイムで評価できるのも,NCDが有する特性であると考えられる.新しい手術が安全に普及していることを評価し,社会に示すことは,専門家集団としてのプロフェショナルオートノミーに資すると考えられ,新規医療技術評価の観点からNCDが果たす役割は大きいと考えられる.

V.おわりに
令和時代の外科医療を取り巻く社会情勢は,1,700万人を超える後期高齢者の増加,40万人規模の都市が1年で消失する人口減少,900兆円に上る国債残高の膨張,更にロボット,人工知能,5Gを始めとした情報通信技術,これらの科学技術の進歩と大きく変容していく.そうした時代に,癌治療の主軸で,専門性が高い外科医療の効率性と安全性を向上させるためには,外科医のより積極的な制度設計への参画が求められる.臨床疫学研究手法に基づき外科医が中心となってNCD を分析することで,専門性が高い具体的な科学的根拠を社会に提示し,議論の土台を形成することができる.
American College of SurgeonsのNational Surgical Quality Improvement Program(NSQIP)では,手術死亡や合併症といった従来型のアウトカムだけではなく,患者の声,つまりPatient-Reported Outcomes(PRO)を最後のmissing pieceと位置づけ,web経由での収集が既に始まっている1).臨床アウトカムとともに術後の生活の質に焦点を当てた情報収集と分析を行うことで,NCDは外科医間だけでなく,外科医と社会とを繋ぐプラットフォームとして更に進化していくものと考えられる.
謝  辞
NCDの入力・管理に多大なご協力をいただいている全国の外科医の皆様,各病院・学会関係者の皆様に心より御礼申し上げます.また,各研究のご指導をいただいた先生方に感謝申し上げます(敬称略).高橋新 宮田裕章(慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室),一原直昭(東京大学大学院医学系研究科医療品質評価学講座),今野弘之 掛地吉弘 瀬戸泰之(日本消化器外科学会)渡邊雅之 藤也寸志 松原久裕(日本食道学会)宇山一朗 猪股雅史 渡邊昌彦(日本内視鏡外科学会)

 
利益相反
研究費:日本学術振興会特別研究員奨励費

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文献
1) Liu J , Pusic A , Temple L , et al.: Patient-reported outcomes in surgery:Listening to patients improves quality of care. 2017,アクセス日:2020年12月1日  https://bulletin.facs.org/2017/03/patient-reported-outcomes-in-surgery-listening-to-patients-improves-quality-of-care/.

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