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日外会誌. 122(2): 256-258, 2021

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定期学術集会特別企画記録

第120回日本外科学会定期学術集会

特別企画(6)「時代が求める外科医の働き方」 
7.ある日,労働基準監督署の職員があなたの病院にやってきたら―聖路加国際病院が労基署による是正勧告を受けてからのその後を,医師へのアンケート調査で振り返る―

1) 聖路加国際病院 消化器・一般外科
2) 聖路加国際病院 乳腺外科
3) 聖路加国際病院 心臓血管外科
4) 聖路加国際病院 呼吸器外科
5) 聖路加国際病院 小児外科

藤川 葵1) , 山内 英子2) , 三隅 寛恭3) , 板東 徹4) , 松藤 凡5)

(2020年8月15日受付)



キーワード
働き方改革, 変形労働時間制, 労働生産性, 時間外労働規制

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I.はじめに
聖路加国際病院は2016年に労働基準監督署(以下,労基署)の是正勧告を受けた.その結果,約80年続く卒後臨床研修の伝統を有する病院での若手医師を中心とした過重労働問題が浮き彫りとなり,応召義務と働き方改革の両立には多くの困難を極めた.しかし,変形労働時間制の導入を代表とする大規模な改革を行い1),平均残業時間は2017年末の時点で労基署介入時の1/3まで削減された.
このような劇的な労働環境の変化に,職員がどのように呼応しているのかを検証するため,院内の医療勤務改善員会のプロジェクトとして,2017年11月,および2020年2月に,全職員に対して,勤務環境調査を行った.調査内容は,まず,労基署介入前後の労働量,教育機会,医療安全分野での主観的変化,続いて,2015年の日本医師会による「勤務医の健康の現状と支援のあり方に関する調査」に基づく就労環境や健康状態とした.アンケート回答率は,2017年が全職員1,869人のうち17.6%(329人,うち医師74人),2020年が全職員2,373人のうち10.4%(247人,うち医師52人,外科系はこのうち3割)であった.

II.労基署介入による勤務環境の主観的変化(図1
まず,「労基が入ったことで,あなた自身の業務量はどう変化しましたか?」の問いに対しては,「変化なし」と回答した割合が2017年,2020年とも最多の約65%であった.次に,「労基が入ったことで,あなたの自由に使える時間はどう変化しましたか?」の問いに対しては,2017年も2020年も「変わらない」と回答する割合が両年とも最多で,約半数を占めた.「労基が入ったことで,あなたの教育を受ける機会はどう変化しましたか?」の問いに対しては,「変わらない」と回答する割合が両年とも7割強を占める一方,2020年は「少なくなった」または「非常に少なくなった」と回答した割合が,2017年より増加に転じた.さらに「労基が入ったことで,医療が安全に行われるようになったと感じますか?」の問いに対しては,両年とも8割以上が「変わらない」,「そう思わない」または「全くそう思わない」と回答した.
これらの結果より,当院の医師の労働環境に対する主観的変化は,労基署の是正勧告以降,業務量や自由時間には変化がない一方で,教育を受ける機会の喪失感が高まり,労働時間削減に伴う医療安全への不安は継続していると考えられた.

図01

III.労基署介入後の医師の健康状態の現状
日本医師会では,「勤務医の健康の現状と支援のあり方に関するアンケート調査」を2015年に実施し,日本医師会に所属する勤務医におけるメンタルヘルス指標,自殺リスク指標,労働生産性関連指標,経営指標の検証が行われた2).これらの結果と比較を行うため,当院でも医師を対象として2020年に同様の項目のアンケートを行った.
メンタルヘルス指標としての簡易抑うつ症状尺度では,日本医師会の結果と比較して当院の結果では軽度抑うつの割合が高かった(医師会:24%,当院:27%).また,労働生産性関連指標の労働能力障害尺度では,当院の結果の方が中等度および高度障害を来している割合が高く(医師会:42%,当院:60%),出勤していながらも,健康問題で労働生産性が低下している医師の割合が高いことが示唆された.一方,自殺リスク指標や,現施設での今後の勤務継続を問いた経営指標については,日本医師会と当院の結果は類似した結果を呈しており,大きな差異は認めなかった.

IV.今の時代が求める医師の働き方
当院の医師は,2016年の労基署の是正勧告以降,個人の健康維持に寄与するような業務変化は感じておらず,むしろ,時間外労働が減少しているにも関わらず出勤中の労働生産性が低下している可能性を見出した.これらを克服し,現代における医師の理想の働き方を実現するためには,時間外労働の削減を達成し,かつ新しい生活様式を意識した高い労働生産性を導くシステムが必要である.具体的には三つの観点から提案する.
一つ目は,忖度なくボランティア残業を明らかにする労務管理システムである.これには,トップダウンではなく,現場を熟知するミドル世代,3~40代の医師をリーダーとした,労働時間の管理が不可欠である.ミドル世代の医師が,病院長を上長とする労務管理委員として現状を発信すれば,様々な現実的な意見が吸い上げられ,各診療科に合わせた細やかな労務管理につながるためである.また,業務と自己研鑽を明確に区別し,資金の許す範囲で,労働時間の自動記録デバイスを導入することで,医師側と事務側の双方の負担を軽減する画期的な改革となるだろう.
二つ目は,医師だけに依らない,周術期管理の質を維持するシステムである.急変を匂わせる患者の検出は,外科医の技量や経験だけに依存せず,あらゆる周術期データ(手術時間,出血量,血液検査等)を用いて,重症化リスクの高い患者がIoTによって自動抽出される仕組みがあると理想である.病棟の在医師数が少なかろうと,医師以外のスタッフが要注意患者へ注力でき,確かな予防的介入がなされうる.また,医師自らが病棟スタッフ(看護師,栄養士,薬剤師等)の知識向上を促す教育を積極的に行うことは,医師とスタッフの相互理解が深まり,周術期の患者安全,早期回復といった質の維持・向上に寄与すると考える.
三つ目は,新しい生活様式における若手医師への新教育システムである.若手医師の労働時間の削減と,3密空間の回避は,教育機会の喪失に直接関わる大問題である.現在,Microsoft Teams®を用いたWebカンファレンスが当院では広く行われており,今後は,院内外をつなぐWeb研修会も日常となる.Teams®等のWebツールの使用が拡大する中,そこにどれだけ有効な教育資料・機会を提供できるかが,若手医師へ労働時間を規制しつつも,教育を施すべき指導者への課題である.

V.おわりに
2016年に労基署の是正勧告を受けて以降,当院の医師の労働時間は大幅に削減された.しかし,どれほど労働時間が短縮していても,医師の労働生産性の改善には至っていない.2024年の医師の時間外労働規制までに,日本の全病院において,単純な労働時間の短縮にとどまらない,中身を伴う変革が必要だと考える.

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文献
1) 松藤 凡 , 三隅 寛恭 , 板東 徹 ,他:総合病院における働き方改革―外科修練と勤務体制―.日外会誌,121(1): 105-107, 2020.
2) 日本医師会 勤務医の健康支援委関する検討委員会:勤務医の健康の現状と支援のあり方に関するアンケート調査報告書. http://dl.med.or.jp/dl-med/kinmu/kshien28.pdf,2016

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