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日外会誌. 122(2): 236-238, 2021

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定期学術集会特別企画記録

第120回日本外科学会定期学術集会

特別企画(5)「地域を守り,地域で生きる外科医たちの思い」 
10.Acute Care Surgeryの専門性を確立することが,地方の外科診療を守ることにつながる

島根大学医学部Acute Care Surgery講座,島根大学医学部附属病院高度外傷センター 

比良 英司 , 藏本 俊輔 , 下条 芳秀 , 松本 亮 , 室野井 智博 , 岡 和幸 , 木谷 昭彦 , 渡部 広明

(2020年8月14日受付)



キーワード
Acute Care Surgery, 外傷センター, 搬送システム, ワークライフバランス

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I.はじめに
地方の外科医不足とその高年齢化は深刻で,地域で生きる外科医の働きやすい環境を構築するためには,医師の負担軽減が急務である.本稿では,地方の外科診療を守るためにAcute Care Surgeryをどう活用するかについて検討した.

II.島根県の医師偏在と高齢化
島根県は東西に細長く,離島や中山間地域を抱えた地理条件から,地域医療の中心的役割を担う二次医療機関と三次医療機関との連携が重要である.二次医療機関25施設と三次医療機関4施設を有しており,三次医療機関のうち3施設が県東部の松江圏域と出雲圏域にある.また当院を含めた三次救急医療の中核を担う2施設はいずれも出雲圏域にある.そのため県東部は人口10万人あたりの医師数が全国平均より多く,若手医師も多いという特徴がある一方で,県西部(大田圏域,浜田圏域,益田圏域)と離島(隠岐圏域)は人口10万人あたりの医師数が全国平均を大きく下回っている1).また,県内の外科系医師は30~35歳の数が最も多いものの,続いて50~55歳,55~60歳代の順で多く,外科医の高齢化が進んでいる(図1).従って,島根県の重症医療は各二次医療圏で完結することは難しく,当院は重症患者を全県から集約し高度な医療を提供すると同時に,県西部と離島の地域医療を支える役割も担うことが求められている.

図01

III.Acute Care Surgeryの専門性と当講座の診療体制
Acute Care Surgeryは外傷外科,救急外科,外科的集中治療の三つの領域を担当する新しい診療概念として欧米で提唱された2).従来は一般外科が担当してきた領域だが,このうち「集中治療を必要とする重症外傷外科および救急外科」がAcute Care Surgeryの「専門領域」と日本Acute Care Surgery学会により規定されている3).一方,集中治療を必要としない救急外科領域はAcute Care Surgeryの「診療領域」とされている.当院は2016年1月にAcute Care Surgery講座を設立し,その臨床実践の場として同年4月に高度外傷センターを設置した3).当センターには現在スタッフが11人在籍しており,8人が外科専門医を取得し,そのうち6人が救急科専門医とのダブルボードを有している.当科はAcute Care Surgeryの専門領域に加え診療領域も担っている.外傷診療は特殊性が高いため,重症度を問わず受け入れ,病院前診療にも24時間対応し外傷患者の集約化を図っている.一方で救急外科は集中治療を必要とする汎発性腹膜炎の手術を中心に,急性虫垂炎や急性胆嚢炎に対する腹腔鏡下手術,腸閉塞や非閉塞性腸管虚血症に対する開腹術などを実施している.

IV.地域を支える転院搬送システム
当院の位置する出雲市から県西部の中核病院までは最大130kmの距離があり,陸送で片道2時間20分もの時間を要するため,防災ヘリを利用することで搬送時間を短縮している.悪天候でヘリが運行不能な場合は,当科スタッフがドクターカーで搬送元に向かい早期治療介入を行っている.転院搬送のシステムは離島の隠岐島に対しても同様である.しかしながら,隠岐島はヘリ搬送ができない場合には,自衛隊や海上保安庁の機体に当科スタッフが同乗して当院への転院搬送を行っている.
離島医療では患者やその家族の意向と患者の全身状態,加えて天候や搬送の時間帯も加味して本土への転院搬送の可否を決断しなければならないことも多い.そこで当科は隠岐島の中核病院に対してTV会議システムを利用した転院搬送支援を行っている(図2).搬送に迷う症例に対して,検査データとCT画像を供覧しながら搬送元の主治医と当科医師がface-to-faceで議論して搬送の可否を決定している.

図02

V.外科医のワークライフバランス
島根のような地方の大学病院の外科は,都市部と異なり癌の治療に加えて急性腹症などの緊急手術も担うことが少なくない.日々の外来と癌に対する定期手術に加え,夜間の緊急手術に従事することは,外科医のワークライフバランスの崩壊を招きかねない.これを解決する一つの手法として,外科医の役割分業があげられる.当院では外科業務のうち,従来一般外科が担っていた重症外傷と急性腹症をAcute Care Surgeryが担当することとし,外科(消化器・総合外科と心臓血管外科)ではその専門的外科業務に専念できる体制を目指した.このため夜間業務の多いAcute Care Surgeryは完全二交代制勤務とし,当科が外科学の「緊急手術部門」を担うことで,外科の時間外勤務は減少し,専門的診療や研究により集中できる環境が整備された.Acute Care Surgeryの専門性を院内で確立することは,外科全体のワークライフバランス向上に寄与する可能性がある.

VI.地域におけるAcute Care Surgeryの役割
当院は島根県の救急医療計画において,専門的重症診療を担う「外傷センター」として位置付けられているため,重症外傷患者は全県から集約されている.一方,急性腹症は地域の外科医育成に欠かせない疾患でもあるためすべてを集約する体制とはしていない.各病院で治療に難渋する症例を中心に受け入れることで二次医療機関の負担軽減を目指している.また,Acute Care Surgeonの育成も地域に対する大きな使命である.Acute Care Surgeryには救急診療に対する知識が必須であるため,当科では外科専門医と救急科専門医のダブルボード取得を推奨している.地域の中核病院にAcute Care Surgeonが在籍するということは,重症外傷や急性腹症だけでなく救急医療全般を担うことができ,その病院は救急医療の要となり得る.このような人材を当院で多く育成し,地域に送り出すことも地域の医療を守る重要な役割であると認識している.

VII.おわりに
2016年に開設したAcute Care Surgery講座も5年目を迎え,県内においてもAcute Care Surgeryの専門性を概ね確立できつつある.日本で唯一Acute Care Surgery講座を有する大学として,県内の外科・救急医療を守りながら,地域で外科診療を支えるAcute Care Surgeonを育成することが当科の使命であると考える.

 
利益相反:なし

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文献
1) 平成28年「医師・歯科医師・薬剤師調査」島根県の概況: https://www.pref.shimane.lg.jp/admin/
pref/toukei/kosei/sanshityousa/isi-sikaisi-
yakuzaisityousa28.html
2) The Committee to Develop the Reorganized Specialty of Trauma, Surgical Critical Care, and Emergency Surgery: Acute Care Surgery:
Trauma, Critical Care, and Emergency Surgery. J Trauma, 58(3): 614-616, 2005.
3) 渡部 広明 , 下条 芳秀 , 比良 英司 :日本初の「Acute Care Surgery講座」新設について.日外会誌,117(6): 547-549, 2016.

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