[書誌情報] [全文HTML] [全文PDF] (717KB) [全文PDFのみ会員限定][検索結果へ戻る]

日外会誌. 122(1): 102-104, 2021

項目選択

定期学術集会特別企画記録

第120回日本外科学会定期学術集会

特別企画(4)「希望と安心をもたらす医療安全管理―無過失補償制度の可能性も含めて―」
2.外科領域における医療安全の課題と当院の取り組み

1) 大阪市立総合医療センター 肝胆膵外科
2) 大阪市立総合医療センター 消化器外科

清水 貞利1) , 金沢 景繁1) , 高台 真太郎1) , 村田 哲洋1) , 田嶋 哲三1) , 櫻井 克宣2) , 西居 孝文2) , 日月 亜紀子2) , 玉森 豊2) , 久保 尚士2) , 前田 清2)

(2020年8月14日受付)



キーワード
医療安全管理, オカレンスレポート, 医療事故調査制度, 死亡事例検討

このページのトップへ戻る


I.はじめに
急速な高齢化社会の到来に伴い,高齢者に対して外科手術を行う機会は増加している.高齢者は主要臓器の機能低下や栄養不良,免疫能低下に加え,慢性心疾患や慢性腎臓病など併存疾患を保有する割合が高く,手術侵襲に伴うリスクは高くなる.一方で手術技術の向上,麻酔管理,周術期管理などの進歩により,リスクの高い症例であっても治療可能となってきている1).また近年,医療はその進歩への期待に応えるため,ますます高度化し複雑化している.このような現状においては,提供している医療の質を病院が常に確認することが必要であり2),特に丁寧な説明を含めた患者,家族とのコミュニケーションが重要となる3).これらに適切に対応するには医療安全管理の役割が重要となると考えており,当院の取り組みについて紹介する.

II.大阪市立総合医療センターの概要
大阪市立総合医療センターは大阪市の北部に位置し,病床数1,063床,診療科は58,職員数は2,000人を超える.地域がん診療連携拠点病院,第3次救急医療機関,大阪府災害拠点病院,総合周産期母子医療センター,感染症指定医療機関など様々な機能を有し,地域の中核病院としての役割を担っている.医療安全管理部は医療安全管理室と院内感染防止対策室からなり医師は専任が2名,兼務が2名の計4名配置されている.

III.安全な医療提供への取り組み
安全な医療を提供するためには,医療の質を常に評価する体制を構築することが必要である2).当院では医療の質を評価するため,手術室オカレンスレポートシステム,診療科死亡事例検討会議事録提出制度,術後30日以内死亡事例検討,院内死亡事例検討会を行っている.
1)手術室オカレンスレポートシステム
手術室オカレンスレポートの目的は,手術室で発生した予期しない事象は重大事例につながる可能性があるため病院として早期に把握しておくこと,医療者に安全な医療提供を意識付けること,の2点と考えている.項目は事象・麻酔・術者・看護師・臨床工学士・その他に分けられ全28項目となっている.レポートは毎月集計され,医療安全管理委員会,手術室会議で報告され共有している.2019年度は手術件数が12,620件,オカレンスレポート報告件数は797件であった.手術件数は年々増加傾向にあり,それに伴いオカレンスレポート報告数も増えている.
2)診療科死亡事例検討会議事録提出制度
死亡事例は医療安全管理部で全例把握し,院内の第三者部門として死亡事例の検証をルーチンで実施することは意義のあることと考えている4).検証の精度を高めるため死亡事例は全例診療科で検討会を実施し,議事録の提出を依頼している5).内容は死亡状況,病状説明通りの経過かどうか,家族への説明内容,家族の理解度,検討事項で構成されている.死亡状況は,病状の悪化/緩和医療/偶発症/合併症/死亡来院/救急外来で死亡/医療に起因する死亡に区分している.臨床上のインシデントに関するシステム分析手法であるロンドン・プロトコル6)では臨床行為に影響を及ぼす要因として,患者要因,業務および技術的要因,個人要因,チーム要因,労働環境要因,組織およびマネジメント要因,制度的要因の七つを挙げているが,多くの要因で診療科が自主的に検証を行うことにより実現可能で有効な対策を講じることができると考えている5).提出率は90%程度であるが,自主的な提出率(2019年度は73%)を重視しており,重要性をさらに周知する必要がある.
3)術後30日以内死亡事例検証
緊急を含めた術後30日以内死亡症例全体数は増加傾向にあり,病院全体の死亡退院者数や手術件数に占める割合としても増加している.救急搬送からの緊急心臓カテーテル検査や治療など緊急症例の増加や気管ステントなど緩和医療の一環としての手術が増加していることが要因として挙げられる.術後30日以内死亡に関しては,予定手術症例を詳細に検討する必要があると考えているが,主な外科系診療科の予定手術症例の死亡者数に増加はみられなかった.
4)院内死亡事例検討会
医療事故調査制度に関しては検証するべき事例を適切に選定する体制を確保していることが必要である4)図1).院内死亡事例検討会は医療事故調査制度の対象となる可能性がある事例に加え,医療の質を向上させるため実施した医療を検討する必要があると判断した場合に実施している.2019年度は12事例に開催しており増加傾向にある.外科系診療科の占める割合が45%と最も多い.検討した内容は診療科または院内全体にフィードバックしている.

図01

IV.おわりに
医療安全管理部が,提供している医療の質を様々な手段で検証し,リスクを評価して再発防止策を策定すること,精度高く医療事故を把握する体制をとることにより医療の透明性を確保すること2)4)が,患者や家族から信頼を得ることにつながり,外科領域の医療を支える上で有用であると考えている.私は2015年に名古屋大学とトヨタ自動車が共同で取り組んでいる「明日の医療の質向上をリードする医師養成プログラム」(ASUISHI)に参加し,医療安全管理,質管理を体系的に学ぶことができた.外科医が積極的に医療安全管理学を学び,医療安全管理体制に関与することで,外科領域における医療安全上の課題から拡がる様々な問題点に対処することができ,患者,家族との間に良好な信頼関係を構築することができると考えている.

 
利益相反:なし

このページのトップへ戻る


文献
1) 吉住 朋晴,播本 憲史,伊藤 心二,他:高齢者における外科治療の低侵襲化と至適管理 3.高齢者に対する肝胆膵外科・肝移植手術の現状.日外会誌,117(3): 174-181, 2016.
2) 上田 裕一:第11回医療の質・安全学会学術集会シンポジウム1 群馬大学病院医療事故調査で私が学んだこと.医療の質・安全会誌,12(2): 206-212, 2017.
3) 小林 弘幸:最近の医療訴訟の現状から学ぶ説明義務違反.日外会誌,114(2):77, 2013.
4) 長尾 能雅,北野 文将:医療事故調査制度の施行を迎えて.医療の質・安全会誌,10(4): 447-455, 2015.
5) Fujisawa Y, Souma T:臨床上のインシデントに関するシステム分析 ロンドン・プロトコル(日本語翻訳版 Version 2)Sally Taylor-Adams, Charles Vincent. https://www.imperial.ac.uk/media/imperial-college/medicine/surgery-cancer/pstrc/londonprotocoljapanesetranslationver21111011.pdf
6) 桝井 尚,松本 佐和子,長田 洋子,他:本院における2015年度全死亡事例の分析―スクリーニングシートを用いた検討―.医療の質・安全会誌,13(1): 31-32, 2018.

このページのトップへ戻る


PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。