日外会誌. 121(5): 557-558, 2020
臨床研究セミナー記録
日本外科学会・日本臨床外科学会共催(第81回日本臨床外科学会総会開催時)
第23回臨床研究セミナー
第3部 外科臨床研究の実践
1.切除可能膵癌に対する術前化学療法の臨床研究の経験から
東北大学 消化器外科学分野 海野 倫明 (2019年11月16日受付) |
キーワード
切除可能膵癌, 術前補助化学療法, 臨床研究, ランダム化比較試験
I.はじめに
膵癌は最も治療成績が不良な消化器癌であり,その約7割は切除不能の状態で発見され,切除可能膵癌は約2割しか存在しない.このような切除可能膵癌に対して治癒切除が行われた場合でも,その5年生存率は20~30%と満足すべきものではない.近年,術後補助化学療法が進歩し,本邦においては術後にS-1を半年間経口内服すると,ゲムシタビンによる補助化学療法と比較して有意に予後が延長することが判明したことから,S-1は術後補助化学療法として推奨されている1).一方,欧米では,modified FOLFIRINOX治療が予後を延長するとの報告がなされ,標準療法の一つとして認識されている2).しかしながら,このような術後補助化学療法の臨床試験は,1)治癒切除ができ,2)潜在的な遠隔転移を認めず,3)術後重篤な合併症がなく,4)早期に補助化学療法を開始することができた,極めて選別された患者群の治療成績であり,実臨床とは若干異なっていることが明らかになっている.
一方,食道癌や乳癌で近年良好な成績が報告されている術前補助化学療法であるが,切除可能膵癌に対する術前治療は世界的にみてもエビデンスが皆無であることから,いまだ確立されていない試験的な治療法,という認識でガイドラインにも記載されていた.
II.切除可能膵癌に対する術前治療
われわれは,膵癌に対する術前治療のエビデンス構築を目的として2010年に膵癌術前治療研究会(Preoperative therapy for Pancreatic Cancer:Prep)を発足させた.その当時,異端であった膵癌術前治療をすでに行っていた医師,あるいは興味を持っていた医師に参加して頂き,多施設共同前向き臨床試験を行うことを目的とした.最初に行ったのがPrep-01試験で,切除可能膵癌(その当時のNCCN分類ではボーダーライン膵癌も一部入っていた)に対して術前にゲムシタビン塩酸塩+S-1(GS)治療を2クール(計6週間)行ってから手術を行う,というものである.本試験には104症例がエントリーされ,非切除例を含めた全体の2年生存率は55.9%,そのうちのon-protocol(術前GS療法+R0/1切除+術後補助療法)群の2年生存率は74.6%と良好であることから3),術前治療の有効性がある程度証明されたものと考え,次の第Ⅲ相試験に移行することとなった.
次に遂行したPrep-02/JSAP05試験と名付けた第Ⅲ相試験は,Intention-To-Treat(ITT)解析による全生存期間を主要評価項目とし,2013年1月にエントリーを開始し3年間で364例の切除可能膵癌を日本全国57施設から集積した.術前治療群と手術先行群に1:1にランダム割付けを行い,その研究結果を2019年1月米国臨床腫瘍学会(ASCO-GI)にて報告した4).現在論文作成中であるので詳細なデータは記載できないが,術前治療群の全生存期間は約37カ月,手術先行群は約27カ月と,有意差をもって術前治療群の全生存期間は延長していた.この結果を受けて膵癌診療ガイドライン2019年版は,2019年10月29日にWeb改訂を行い,そこでは「切除可能膵癌に対する術前補助療法としてゲムシタビン塩酸塩+S-1併用療法を行うことを提案する」という記載に変更された.臨床試験を開始して約10年の月日を費やしたが,切除可能膵癌に対する術前補助化学療法がついに認められた瞬間であった.
III.おわりに
切除可能膵癌に対するこれまでの臨床研究を概説した.この経験から学んだことを箇条書きで記す(表1).
臨床研究は山あり谷ありで,しばしば大きな壁が立ちはだかる.また研究結果は「神のみぞ知る」ものではあるが,仲間と一緒に臨床研究に取り組むその過程は,たとえ望ましい結果が得られなくても大きな達成感・満足感を得られるものである.私たちの臨床研究が刺激となり,若手の先生方が引き続き臨床研究に取り組み,診療ガイドラインを変えるような結果を出していただければ存外の幸せである.
利益相反
講演料など:大鵬薬品工業株式会社
奨学(奨励)寄附金:大鵬薬品工業株式会社,武田薬品工業株式会社,中外製薬株式会社,MSD株式会社
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