[書誌情報] [全文HTML] [全文PDF] (598KB) [全文PDFのみ会員限定]

日外会誌. 121(4): 481-482, 2020

項目選択

卒後教育セミナー記録

日本外科学会第96回卒後教育セミナー(令和元年度秋季)(第81回日本臨床外科学会総会開催時)

知っておくべきサブスペシャルティ領域別トレーニングプログラム
 3-2.知っておくべきサブスペシャルティ領域別トレーニングプログラム
―呼吸器外科―

名古屋市立大学大学院 医学研究科腫瘍・免疫外科学分野

中西 良一

(2019年11月16日受付)



キーワード
On The Job Training, Off The Job Training, Cadaver Surgical Training, 外科手術教育システム, 胸腔鏡手術

<< 前の論文へ次の論文へ >>

I.はじめに
従来,若手医師が外科的手技を習得するには,実際の手術の中で学ぶOn The Job Trainingが一般的であったが, 施設ごとで異なる教育体制や症例数の差から若手医師の技術格差が生じやすく,これに代わる教育システムの必要性が叫ばれていた.一方,医療安全への社会的な関心が近年高まり,外科手術に対する安全性や透明性が強く要求されるようになってきた.こうした背景から,多くの外科系診療科でOff The Job Trainingが新しい教育システムとして採用されつつある.
今回,そのOff The Job Trainingとして日本呼吸器外科学会が行っている呼吸器外科実技セミナーとともに,本学で行っているCadaver Surgical Trainingを紹介する.

II.呼吸器外科特有の背景
2016年の日本胸部外科学会アンケート調査において,呼吸器外科手術を行う744施設中693施設(93.1%)から得られた結果,1年間の手術数は82,193件であった.その中で,原発性肺がんを対象とした手術は年々増加の一途を辿り,2001年の手術数の2.2倍にあたる42,107件(51.2%)と,全手術数の過半数を占めるようになっていた.さらに,肺がんに対する手術アプローチとして胸腔鏡手術も年々増加し,28,568件(68.0%)に達している1).この手術アプローチは歴史的にも進化し続け,ロボット支援下アプローチ,そして単孔式や局所麻酔下へとアプローチ法は増加しつつある.Randomized Control Trialによるエビデンスも年々増加し,肺がん診療ガイドラインにおいても臨床病期1期非小細胞肺がんに対してはこの手術アプローチを行うよう提案されている2).
こうした胸腔鏡手術の発展により,患者に対しては低侵襲による術後QOLの改善がもたらされるが,その反面,外科医にとっては高難度な手術への対応を要求されることから,術中合併症の増加が日本だけでなく世界中で問題となっている.
日本内視鏡外科学会が2018年に報告したアンケート調査の結果,術中合併症の過半数を血管損傷が占め,さらに損傷血管の多くは肺動脈であったことが示された3).肺動脈は大動脈圧の1/6しかない低圧系の動脈であるため圧迫により止血しやすい利点はあるものの,大動脈壁と比べ壁構造が薄く,かつ収縮性に乏しく,さらに血流量も多いため,ちょっとした刺激で血管壁が破綻し大出血に繫がりやすい.また,加齢により肺動脈中膜が裂けやすいという特性があるため4),この肺動脈の扱いが呼吸器外科手術の命運を左右すると言っても過言ではない.
一方,同じアンケート調査の結果, 血管損傷の要因としてエネルギーデバイスなどを用いた手技的問題も大きくクローズアップされた3)

III.日本呼吸器外科学会のOff The Job Training
こうした背景から,日本呼吸器外科学会ではOff The Job Trainingとして肺がんを対象とした解剖学的肺切除手技や安全な胸腔鏡手術手技の習得を目標に,ドライラボ,ウェットラボ,そして講義の3本柱から成る呼吸器外科実技セミナーを年4回行っている.その内容は,まずドライラボにおいて模型や器具を用いた胸腔鏡や開胸手術の基本操作についての学習を行う.次にウェットラボでは,全身麻酔下のブタに対し,難度の高い気管支形成術や血管形成術を習得できるように自家肺移植や気管分岐部切除・再建術に関する手術手技アドバンストセミナー,もしくは胸腔鏡下解剖学的肺切除術を習得できるように胸腔鏡教育セミナーを開講している.こうした実技セミナーだけでなく講義内容においても,呼吸器外科に特異的な気道系の処理や,肺動脈出血の対処法などの医療安全に注力したプログラムが編成されている.

IV.本学のCadaver Surgical Training
致命的な肺動脈損傷に対し心嚢内肺血管処理が有効であることは異論がないが,そのイベント数は少なく,その反面,精神的に追い込まれた状況でその処置を行うためリスクは極めて高く,実際には開胸経験の豊富なベテランがその処置にあたり,若手外科医の経験は皆無に等しいと考えられる.今後もある一定のイベント数が起こりうると考えられ,ベテラン経験者の高齢化と若手外科医の開胸経験の減少に伴い,何らかの教育システムが望まれる.そこで本学では,心嚢内肺血管処理の手技を習得するためにCadaver Surgical Trainingを行っている.本学の先端医療技術イノベーションセンターにおけるトレーニングの実際(胸腔鏡下肺葉切除術後の右側と左側の心嚢内肺血管処理)を紹介する.

V.おわりに
Off The Job Trainingの充実により,On The Job Trainingの欠点が補われ,呼吸器外科特有の手術手技を理解しやすく習得できるようになったと思われる.どちらのトレーニングにも一長一短があり,手術教育としては相互補完的なものと考えるべきで,そのバランスによって社会への透明性を担保し,患者の安全性が高められることを祈念して止まない.

 
利益相反:なし

このページのトップへ戻る


文献
1) Shimizu H, Endo S, Natsugoe S, et al.: Thoracic and cardiovascular surgery in Japan in 2016. Gen Thorac Cardiovasc Surg, 67: 377-411, 2019.
2) 日本肺癌学会(編):肺癌診療ガイドライン2018年版.金原出版,東京,pp81-85, 2018.
3) 日本内視鏡外科学会:内視鏡外科手術に関するアンケート調査:第14回集計結果報告.J Jpn Soc Endosc Surg, 23: 814-827, 2018.
4) 宇月 美和,岩崎 真弓,伊藤 吉賢,他:画像解析による肺動脈幹中膜の加齢学的変化.J Jpn Coll Angiol, 43: 659-666, 2003.

このページのトップへ戻る


PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。