日外会誌. 121(4): 454-457, 2020
会員のための企画
大量輸血に際してのmassive transfusion protocolと大量輸血にまつわる諸問題
1) 順天堂大学 救急災害医学 射場 敏明1) , 相星 淳一2) |
キーワード
massive transfusion protocol, red cell concentrate, fresh frozen plasma, platelet concentrate, transfusion related acute lung injury
I.はじめに
大量出血とは,通常24時間以内に20単位以上の赤血球(red cell concentrate:RCC)輸血を要する状態を指し,その原因となる疾病は外傷や手術などの外因性疾患から,大血管疾患や消化管出血などの内因性疾患,さらに出産・分娩の合併症に至るまで多岐にわたる.大量出血に対する輸血療法に関しては,本邦ではこれまで厚生労働省による「血液製剤の使用指針」に基づいて実施されることが一般的であったが,この中では循環動態改善のためには赤血球輸血とともに晶質液,膠質液の投与が優先されている.しかし晶質液や膠質液に依存する輸液蘇生では,投与量が増大すると希釈性凝固障害をきたして出血のコントロールが困難になる危険性が高く,ここに出血性ショックによる組織循環障害やアシドーシス,低体温などの要因が加われば,消費性,あるいは希釈性の凝固止血障害をさらに増悪させることになる.そこで海外では外傷症例を中心に早期からRCC輸血とともに新鮮凍結血漿(fresh frozen plasma:FFP)および血小板製剤(platelet concentrate:PC)の投与を積極的に行う大量輸血プロトコール(massive transfusion protocol:MTP)が提唱され,その有用性が繰り返し報告された1)2).また投与するRCC,FFP,PCの割合についても様々に検討されることになった3).さらに外科・産科領域では,大量出血に際しフィブリノゲン製剤(フィブリノゲン濃縮製剤,もしくはクリオプレシピテート),プロトロンビン複合体製剤(prothrombin complex concentrate:PCC),遺伝子組み換え活性型凝固第Ⅶ因子(recombinant activated factor Ⅶ:rFⅦa)などの製剤を利用することも検討されている.このような経緯を踏まえて本邦でも「大量出血症例に対する血液製剤の適正な使用のガイドライン」(日本輸血・細胞治療学会)が提唱され,これに準拠した診療が行われるようになっている.以下には過去に外傷において実施され,大量輸血戦略に変革をもたらした研究のうち主なものを紹介する.
II.Massive transfusion protocol(MTP)
MTPとは大量出血が予想される患者においてRCC,FFP,PCをあらかじめ定められた比率で早期から投与する手法で,2006年にMaloneらによって提唱された1).これは以前から提唱されていた,蘇生時に収縮期血圧を過度に上げることなく80~100mmHg程度の回復で許容し,容量負荷や希釈につながる細胞外液の過量投与を避け,輸血についてはRCC:FFP:PCをあらかじめ定めておいた割合(例えば1:1:1とする)で投与することによりバランスよく蘇生し,救命率を上げようとするものである4).この提案に続き投与比率については,1:1:1以上にFFPやPCを増やすことでさらに救命率が向上する可能性が示された.Holcombら2)は,3単位以上のRCCを必要とした重症外傷905症例における多施設間前向き観察研究により,死亡原因は6時間以内では出血が多いこと,また出血死は77%が6時間以内にみられること,さらにFFPやPCの投与比率が高いほど6時間以内の死亡率が低下する傾向にあることを報告した(PROMMTT study).そしてこのような観察研究の後に,FFP:PC:RCCの投与比率別の救命率を比較する大規模な多施設間無作為比較試験が実施された.PROPPR studyと命名されたこの試験は,FFP:PC:RCC割合を1:1:1とする群と1:1:2とする群を設定し,北米におけるLevel 1の外傷センターで680例を対象として実施された.その結果1:1:1群の24時間目死亡と30日目死亡は,それぞれ12.7%と22.4%で1:1:2群の17.0%と26.1%よりも良好であったが有意差には至らなかった.ただし24時間以内の出血死は9.2%と14.6%で,有意に1:1:1群で良好であったことが示されている(p=0.03).以上の結果から現在ではFFPやPCはRCCとの比率で1:1:1以上とすることが求められるようになっている.
III.大量出血症例に対する血液製剤の適正な使用のガイドライン
本邦では2018年に日本輸血・細胞治療学会が策定した「大量出血症例に対する血液製剤の適正な使用のガイドライン version 5.1」が公開されている(http://yuketsu.jstmct.or.jp/wp-content/uploads/2019/01/7d65d47d2a24abce33492c7935 3a865f.pdf).その主な内容としては,まず「大量出血症例に対するMTPは推奨されるか,またFFP:PC:RCCの最適投与比はどれくらいか?」という設問に対し,外傷では「大量輸血を要することが予想される外傷患者に対してはMTPを用いることを強く推奨する(1C)」とされている.そして「大量輸血が予想される患者の初期治療においては,早期に各製剤の投与単位比としてFFP:PC:RCCが1:1:1となることを目標とし,少なくともFFP:PC:RCCの割合が1:1≧2を維持できるように投与を行うことを強く推奨する(1C)」としている.そしてMTPの推奨は外傷のみならず,心臓血管外科手術や産科大量出血においても同様とされている.
MTP以外の推奨としては,「大量出血症例において抗線溶療法は推奨されるか?」という臨床的疑問に「外傷性出血を伴う成人患者に対して,その重症度に関係なく可能な限り早期(発症後3時間以内)にトラネキサム酸を投与することを弱く推奨する(2B)」と回答されている.そしてトラネキサム酸の推奨は心臓血管外科手術や産科大量出血においても同様とされている.トラネキサム酸推奨のエビデンスとしては,外傷急性期における抗線溶療法の有用性を検討した多国籍間共同前向き無作為比較試験であるCRASH-2 trialがある5).この試験は外傷受傷後8時間以内の成人で,著明な出血(収縮期血圧<90mmHg,または脈拍110>分,またはこの両者を満たす場合),あるいは著明な出血の危険性がある症例を対象として実施された.治療介入はトラネキサム酸1gを10分かけて静注し,その後同量を8時間かけて持続静注することとされた.主要評価項目は4週間以内の院内死亡であり,副作用として血栓症関連の合併症が検討されている.結果としてトラネキサム酸投与は有害事象のリスクを増やすことなく全死亡および出血性死亡を低下させた(それぞれ相対リスク0.91と0.85).またリスク減少は発症後3時間以内のより早期に投与が行われた場合に顕著であり,3時間を超えて投与すると逆に死亡率が上昇することも示されている.
他にクリオプレシピテートやフィブリノゲン濃縮製剤の投与については,血漿フィブリノゲン値が150mg/dL未満となる低フィブリノゲン血症に対してこれらを用いた止血管理を行うことが弱く推奨されている(2C).ただしフィブリノゲン製剤やPCC,rFⅦaについては,本邦では大量出血症例での使用に薬事承認が得られておらず,現状ではoff-labelでの使用となる.一方PCCやrFⅦaについては血栓症のリスクもあり,外傷,心臓血管外科,産科,その他の領域でそれぞれ推奨が異なっているので,詳細についてはガイドライン本文を参照されたい.
IV.大量輸血の合併症とその管理
輸血に起因する障害は,溶血に起因するものと,それ以外の非溶血性障害に大別できる.そして後者における重篤な障害として輸血関連急性肺障害(transfusion related acute lung injury:TRALI[トラリー])と輸血関連循環負荷(transfusion associated circulatory overload:TACO)があり,ともに死亡例の報告も稀ならずみられるので注意が必要である6).
大量輸血の合併症とその管理については,やはり日本輸血・細胞治療学会が公開している「科学的根拠に基づいた輸血有害事象対策ガイドライン」が参考となる(http://yuketsu.jstmct.or.jp/wp-content/uploads/2019/01/cd4cb0f8b2e45644
021e2ad216a63582.pdf).まず大量輸血後の溶血については,血液型不適合がなくとも生じることがあり,破砕赤血球から逸脱する遊離ヘモグロビンによる腎障害の発症に注意が必要で,本邦では遊離ヘモグロビンの障害性を緩和する目的でハプトグロビンの投与が行われる.ハプトグロビンはヘモグロビンと1:1の割合で結合し,この複合体は肝臓で処理されることになるが,生体内におけるハプトグロビンの予備量は少なく,溶血に際しては容易に枯渇してしまうため補充が行われる.
溶血以外の合併症としてTRALIがある.TRALIは輸血後6時間以内にみられるARDSと捉えられており,ARDSに準じた適切な呼吸循環管理,体位・輸液バランスなどの治療が期待される.ガイドラインでは「TRALIに対するステロイド治療の有効性は?」という質問が取り上げられており「TRALIに対して少量(メチルプレドニゾロンで1-2 mg/kg/day程度)のステロイド療法が推奨される(2C)」との見解が示されている.ステロイドについては少数例の観察研究において有用性を報告するものがあり,少量使用が推奨される根拠とされた.TRALIは輸血件数の1,000~5,000件に1件と稀な合併症ではあるが,死亡率は約10%と推定され,注意が必要である.
次にTACOは過剰な輸血や輸液による心,腎,呼吸機能の障害で,臨床的には呼吸障害が前面に出る.TRALIよりもさらに稀な合併症であり,TRALIとの鑑別は循環負荷の有無による.しかし大量輸血の場合は現実的には鑑別は困難である.ガイドラインでは「TACOの対策における利尿剤の有効性」が疑問として挙げられており,これについては,「利尿剤の治療投与は,輸血の中止のみで症状が改善しない場合,治療かつ診断的効果をもち推奨される(2D)」とされている.
上記以外の大量輸血合併症としてはクエン酸中毒に注意する.これは保存血液ではクエン酸を抗凝固剤として使用しているためで,大量輸血に際しては低カルシウム血症により心機能が低下し,血圧低下を来たすこともあるので,その場合はカルシウム製剤の投与が必要となる.また保存期間の長いRCCでは1パック中に6mEq程度のカリウムが含まれていることもあるので高カリウム血症にも注意する必要がある.さらに大量輸血はしばしば代謝性アシドーシスの原因となることも知られている.
V.おわりに
大量出血に対する輸血療法についてはこの数年の間に多大な進歩がみられた.しかし最適なMTPの開発やフィブリノゲンやPCC製剤の使用,輸血関連の合併症を含め,まだ解決されるべき課題が残されている.
利益相反
研究費:一般社団法人日本血液製剤機構
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