[書誌情報] [全文HTML] [全文PDF] (585KB) [全文PDFのみ会員限定]

日外会誌. 121(3): 370-371, 2020

項目選択

生涯教育セミナー記録

2019年度 第27回日本外科学会生涯教育セミナー(近畿地区)

各分野のガイドラインを紐解く
 1.乳癌―乳癌診療ガイドライン2018の改訂の概要―

奈良県立医科大学 消化器・総合外科

池田 直也

(2019年9月28日受付)



キーワード
乳癌診療ガイドライン, shared decision making, GRADEシステム

<< 前の論文へ次の論文へ >>

I.はじめに
診療ガイドラインはエビデンスを臨床医に伝え,実践に役立てる重要な役割を担うものである.日本乳癌学会の診療ガイドラインは,2004年に薬物療法ガイドラインを刊行したことに始まり,2011年に現在の体裁と同じ,治療編と疫学・診断編の2分冊として発刊された.その後も日々蓄積されるデータと標準治療の変化に対応すべく改訂の間隔を2年ごととして,2013年・2015年と改訂版が発刊された1).本稿では,講演で解説した2018年版の重要と思われる改訂点を抜粋して解説する.

II.今回改訂のコンセプト(「乳癌診療ガイドライン2018年版作成にあたって」より引用)
乳癌診療ガイドラインは初期の頃から,科学的根拠に基づいたガイドラインとして,多くの臨床試験等のデータのレビューを行い,そのデータのエビデンスレベルによって信頼性を担保したうえで,作成委員が協議のうえ,A,B,C1,C2,Dの「推奨グレード」が決定されてきた.これまでのガイドラインでは,日常臨床で重要なテーマをクリニカルクエスチョン(CQ)として決定し,CQに関する文献を網羅的に検索し,委員相互のレビューの後に,推奨グレードの決定がなされてきた.今回のガイドライン作成手順では,各CQに対して,益と害の両面から各3~6項目程度のアウトカムを設定し,それぞれのアウトカムに沿って検討を行い,益と害を「総体」として検討して推奨を決めている.そしてCQに関連したキーワードから文献検索・抽出の後に,複数のアウトカムごとに定量的あるいは定性的システマティック・レビューを行い,益と害のバランスを考慮してCQに対する推奨の強さの検討を行った点がこれまでと大きく異なる点である.
今回の乳癌診療ガイドライン改訂にあたっては,「益」と「害」のバランスの情報を考慮したGRADE(Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation)システムという手法を取り込んだ「Minds診療ガイドライン作成の手引き2014」を参考として2),医師と患者がshared decision makingを行うためのコミュニケーションツールとして用いられることを考慮した点も今回改訂のコンセプトの一つである.

III.今回講演でとりあげた重要と思われるCQからの抜粋
・外科療法改訂のポイントからは,非浸潤乳管癌と腋窩リンパ節郭清に関するCQをとりあげた.CQ1.非浸潤乳管癌に対する非切除は勧められるかといったCQにおいては,現時点ではその診断は不確実であること,また,後ろ向きの解析のみでは,生存への安全性を保証するには不十分であると総合的に判断し,非切除で経過をみることは弱く奨められない(切除が奨められる.)推奨の強さ3となっている.
CQ4.センチネルリンパ節(SN)に転移を認める患者に対して腋窩リンパ節郭清省略は勧められるかといったCQに対しては,Z0011試験,IBCSG 23-01試験,AATRM 048/13/2000試験,AMAROS試験,OTOASOR試験結果から,微小転移の場合は推奨の強さ:1で腋窩リンパ節郭清省略を強く推奨され,マクロ転移の場合は放射線照射の有無で分かれ,放射線照射(+)では推奨の強さ:2で腋窩リンパ節郭清省略を弱く推奨するとし,放射線照射(-)では,推奨の強さ:4で腋窩リンパ節郭清を省略しないことを強く推奨する(腋窩郭清を行うことを強く勧める)といった推奨度となっている.
CQ5a.術前化学療法前後で臨床的リンパ節転移陰性乳癌に対して腋窩リンパ節郭清省略を目的としたセンチネルリンパ節生検は推奨されるかといったCQでは,16編の後ろ向きレビュー解析において,SN同定率96%,SN偽陰性率6%といったデータから,推奨の強さ:2で腋窩リンパ節郭清省略を目的としたセンチネルリンパ節生検を行うことを弱く推奨するといった推奨度となっている.
CQ5b.臨床的リンパ節転移陽性乳癌が術前化学療法施行後,臨床的リンパ節転移陰性が確認された場合,腋窩リンパ節郭清省略を目的としたセンチネルリンパ節生検は推奨されるかといったCQでは,17編の後ろ向きレビュー解析において,SN同定率90.9%,SN偽陰性率13.0%といったやや低い信頼性から,推奨の強さ:3で腋窩リンパ節郭清省略を目的としたセンチネルリンパ節生検を行わないこと(腋窩リンパ節郭清を行うこと)を弱く推奨するといった推奨度であった.
・薬物療法改訂のポイントからは,化学療法におけるDose-dense(dd)化学療法を,内分泌療法からは今回新たに登場したサイクリン依存性キナーゼ(CDK)4/6阻害薬に関するCQを抜粋した.
CQ11.再発リスクが高くかつ十分な骨髄機能を有する原発乳癌に対してdose-dense化学療法は推奨されるかといったCQに対し,CALGB 9741試験,GIM-2試験,NSABP B-36試験,SWOG0221試験,EBCTCGメタ解析の結果から,推奨の強さ:1で再発リスクが高くかつ十分な骨髄機能を有する症例に対しては,原発乳癌術後化学療法としてG-CSF併用のdose-dense化学療法を行うことを強く推奨された.
CQ15.閉経後ホルモン受容体陽性転移・再発乳癌に対する一次内分泌療法として何が推奨されるかといったCQでは,今回,PALOMA-1試験,PALOMA-2試験,MONALEESA-2試験,Monarch3試験を対象にメタアナリシスを実施し,アロマターゼ阻害剤(AI)単剤とAIとCDK4/6阻害薬の併用療法について比較検討した.この結果,progression-free survival(PFS)はリスク比0.67(95%CI 0.60~0.73),Objective Response Rate(ORR)はrisk difference(RD)0.11(95%CI 0.07
~0.16),clinical benefit rate(CBR)はRD 0.11(95%CI 0.07~0.15)と,いずれもAI+CDK4/6阻害薬併用療法群で良好であり,一貫性が高い結果であったことから,AIとCDK4/6阻害薬の併用を行うことを強く推奨すると推奨の強さ:1に併記された.

IV.おわりに
長い年月をかけてCQを解決する外科領域におけるRCTもあれば,短い期間で次々と結果が出る化学療法の国際試験もある.これらのエビデンスを迅速に臨床現場に反映させるガイドラインは常にアップデートが行われるため,臨床医はその意義と使い方を把握して実臨床に応用することが望まれる.

 
利益相反:なし

このページのトップへ戻る


文献
1) 日本乳癌学会編:乳癌診療ガイドライン1治療編2018年版.第4版,金原出版,東京,2018.
2) 福井 次矢,山口 直人(監修):Minds診療ガイドライン作成の手引き2014.医学書院,東京,2014.

このページのトップへ戻る


PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。