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日外会誌. 121(3): 364-366, 2020

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生涯教育セミナー記録

2019年度 第27回日本外科学会生涯教育セミナー(関東地区)

各分野のガイドラインを紐解く
 5.手術部位感染予防に関するガイドライン

NTT東日本関東病院副院長・外科部長 

針原 康

(2019年9月21日受付)



キーワード
手術部位感染, SSI, 術前皮膚消毒, 周術期高濃度酸素投与, 創部皮下洗浄

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I.はじめに
手術部位感染(SSI)が発症すると,入院期間が延長し,医療費が増加するとともに,患者の手術治療に対する満足度が著しく低下する.SSIを減少させるために,日本の外科医と手術に関与するスタッフは努力を続けている.
今日までSSIに関する様々なガイドランが発表されてきた.特に2016年11月から2017年5月にかけては,WHO,米国外科学会/米国外科感染症学会(ACS/SIS),CDC(改訂版)などのガイドラインが次々に発表された1)4)
ガイドラインはいずれもエビデンスを重視して推奨内容が決められるとされているが,発表されたガイドラインを比較検討してみると,扱っている項目については大きな違いはないが,その推奨内容は必ずしも同じではない.
ガイドラインの推奨内容の違いやその問題点に関して概説する.

II.SSIの発生機序
SSIの原因は基本的に術中の術野の細菌汚染である.手術中に術野の細菌汚染が起こると,生体防御能の担い手である好中球が動員され,貪食にて細菌の増殖を抑えようと働く.抗菌薬は好中球の貪食能の強力な援軍となる.したがって,多少の術野の細菌汚染があっても,好中球の働きにより初期の段階で細菌増殖が抑えられてしまえば,SSIは発症しない.一方,この時期に細菌増殖が抑えられないと,数日後に炎症所見が明らかとなり,臨床的にSSIと診断される.SSIが発症するかどうかは術中から術後数時間の間に決まっていると考えるのが適当である.したがって,SSI対策も術中から術後数時間の間が重要ということになる.

III.SSI防止対策の分類
SSIの原因は,基本的に術中の術野の細菌汚染なので,その対策は,表1のように,三つに分けると理解しやすい.
以下で,各ガイドラインで,推奨内容に違いがみられる項目,また各施設で取り入れるかどうか考慮の必要な項目に関して言及する.

表01

IV.術前皮膚消毒の使用薬剤
WHOガイドラインではクロルヘキシジンアルコールを術前皮膚消毒薬として推奨している.Darouicheらは,対象が準清潔手術であるにも関わらず,切開創SSIの原因菌のほとんどはグラム陽性皮膚表在菌であるとして,消毒薬の変更によりSSIが減少するとの仮説を立て,クロルヘキシジンアルコールの有用性を証明した報告をした5).一方,われわれの検討では準清潔手術での切開創SSIの原因菌の多くは腸内細菌であり,皮膚表在菌が関与したのはわずか13%程度であった.皮膚表在菌がSSIの原因となることの少ない準清潔手術で皮膚消毒薬の効果を検討するのは,理論的に間違いであり,Darouicheらの結果を受け入れることはできない.しかしながら,各ガイドラインともこのDarouicheらの報告に大きく影響されて,クロルヘキシジンアルコールまたはアルコール製剤を推奨することになっている.内容に疑問のある論文がいくつものガイドラインの推奨内容に大きな影響を与えることがあることを理解する必要がある.

V.予防的抗菌薬投与
CDCガイドラインでは術前の予防的抗菌薬投与は推奨するが,その詳細な投与タイミング,体重に合わせた量調節,術中の追加投与に関しては未推奨としている.ランダム化比較試験(RCT)などの検討結果,いわゆるエビデンスをあまりに重視すると,このCDCガイドラインのように,推奨できる内容が少なくなってしまうことを理解する必要がある.

VI.周術期高濃度酸素投与
WHO,ACS/SIS,CDCガイドラインいずれも高濃度酸素投与を推奨している.目的とするところは組織の酸素分圧を高めて好中球の貧食能を良好に保つことであるが,そのためには末梢循環を良好に保つための十分な輸液と保温も重要である.高濃度酸素投与に伴う無気肺などの悪影響も心配されており,本邦で高濃度酸素投与を取り入れている施設は実際には少ない.

VII.創部皮下洗浄のポビドンヨード使用
WHO,CDCガイドラインではポビドンヨードを用いた創部皮下洗浄を推奨している.ポビドンヨードを用いた皮下洗浄には効果があったが,生食では有意差がなかったとの報告があり6),ポビドンヨードによる皮下洗浄が推奨されることになった.本邦では2000年代の初めに,ポビドンヨードは創傷治癒を妨げるリスクがあるとのことで,その創部への使用を止めた経緯があり,簡単には再導入できない.

VIII.おわりに
多くのガイドラインが発表され,その推奨内容に違いが認められる中,私達はガイドラインの推奨内容とその理由を批判的に吟味して,納得できる推奨内容を自施設に取り入れるようにするのがよいと思われる.

 
利益相反:なし

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文献
1) WHO: Global guidelines for the prevention of surgical site infection, http://www.who.int/gpsc/ssi-guidelines/en/ (2016/11)
2) Ban KA, Minei JP, Laronga C, et al.: American College of Surgeons and Surgical Infection Society:Surgical Site Infection Guidelines, 2016 Update. J Am Coll Surg, 224: 59-74, 2017.
3) Berrios-Torres SI, Umscheid CA, Bratzler DW, et al.: CDC Guideline for the prevention of surgical site infection, 2017. JAMA Surg, 152: 784-791, 2017.
4) 針原 康:第7章 手術部位感染対策 手術医療の実践ガイドライン(改訂第三版).日本手術,40(Suppl):S82-S95, 2019.
5) Darouiche RO, Wall MJ Jr, Itani KM, et al.: Chlorhexidine-Alcohol versus Povidone-Iodine for Surgical-Site Antisepsis. N Engl J Med, 362: 18-26, 2010.
6) Mueller TC, Loos M, Haller B, et al.: Intra-operative wound irrigation to reduce surgical site infections after abdominal surgery:a systematic review and meta-analysis. [Review] Langenbecks Arch Surg, 400: 167–181, 2015.

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