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日外会誌. 121(3): 309-314, 2020

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特集

大腸癌に対する内視鏡手術の進歩

6.NOSE(Natural orifice specimen extraction)を用いた腹腔鏡下大腸切除術

厚生連長岡中央綜合病院 消化器病センター外科

西村 淳 , 川原 聖佳子 , 河内 保之 , 牧野 成人 , 北見 智恵 , 新国 恵也

内容要旨
Natural orifice specimen extraction(以下,NOSE)は,切除標本を自然孔から摘出することにより小開腹創を省略し,腹壁破壊を低減する手法である.大腸癌に対するNOSEは経肛門的,経腟的標本摘出が世界的に多数実施されている.システマティックレビューやメタアナリシスによればNOSEの手技は安全で実行可能であり,創痛の軽減,創関連合併症減少,入院期間短縮,優れた整容性が期待できる.しかし,腫瘍原発臓器を腹腔内で開放する手技であるため,腫瘍細胞の播種を防止することが至上命題である.長期成績のエビデンスに乏しく,現時点で最もよい適応は,EMR,ESDによる原発巣切除後の追加切除例であろう.術後の排便機能,性機能,妊孕性への影響も十分には検証されていない.今後は質の高いRCTによる評価が必要である.

キーワード
腹腔鏡下大腸切除術, NOSE, 経肛門的標本摘出, 経腟的標本摘出

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I.はじめに
現在,腹腔鏡下大腸癌手術(Laparoscopic assisted colectomy,以下,LAC)の第一義は拡大視,精緻性,骨盤内の良好な視野といった特性を生かした根治性,機能温存の向上である.しかしJCOG 0404や進行直腸癌のランダム化比較試験(COLOR-Ⅱ,ALaCaRT,他)の結果は,根治性における開腹手術に対するLACの優位性を示しておらず,施設間,術者間格差の存在する技術であることが示唆されている.一方,腹壁破壊軽減の追及はLACでのみ可能であることに議論の余地はなく,さらなる低侵襲性を求めて単孔式や細径鉗子の使用といったReduced port surgeryが着実に発展している.しかし,それらが標本摘出のための小開腹創を必要とすることは従来法と変わりがなく,小開腹創に伴う合併症や疼痛は,しばしば低侵襲性を損なう要因となる.筆者らは,Natural orifice specimen extraction(以下,NOSE)の手法を用いて,大腸癌に対し経肛門的(Transanal specimen extraction,以下,TASE),経腟的標本摘出(Transvaginal specimen extraction,以下,TVSE)による完全腹腔鏡下大腸癌切除術を積極的に行ってきた1)5).世界的にも多数実施され6)7),創痛の軽減,創合併症の減少,入院期間の短縮,優れた整容性といった利点が報告されている.

II.発展の歴史
TASEは1993年にFranklinらがS状結腸切除術において初めて行い,世界のパイオニアと言える8).その後この手技は世界的に広がり,“NOSE”の呼称は,2008年にインドのPalaniveluらによって提唱された9).本邦では2009年のAkamatsuらの報告を嚆矢として10),近年実施例が徐々に増加している11)
TVSEは,1993年にBredaらが腎臓を摘出したのが最初の報告である12).驚くべきは,本邦でも既に1998年に大橋らが直腸癌に対するTVSEを発表していたことである.従来から婦人科手術領域では,子宮や付属器を経腟的に切除・摘出する手技は日常的に行われていた.腟は,その弾力性と創傷治癒の良好さをもって,NOSEにおける最適なデリバリールートとされている.
2007年にMarescauxらが,軟性内視鏡を用いて自然孔からすべての手術操作を行うNatural orifice translumenal endoscopic surgery(以下,NOTES)による,経腟的腹腔鏡下胆嚢摘出術を実施した.NOTESは究極の低侵襲手術と言え,悪性疾患への発展も期待されたが専用デバイスの開発が進まず,大腸癌への適応の目途は立っていない.以前はNOSEをNOTESへのbridging techniqueとみなして“hybrid NOTES”と呼称する場合が多かったが,最近では逆にNOTESはNOSEの手法を用いた手術の一亜型と分類する立場もある.さらに,括約筋間切除術,TaTMEで口側腸管を肛門から引き出す手技も広義のNOSEと捉えることができる.

III.手術手技
NOSEの利点は,既存の腹腔鏡下手術用デバイスを用いて遂行可能なことであり,郭清,授動について従来法と変わるところはない.しかし適応とする対象や標本摘出法,吻合法などはまったくstandardizeされておらず,術者の数だけ手技のバリエーションが存在する現況である.誌面に限りがあるので諸家の手技の詳細は参考文献を参照されたい.当院でのポイントは,①ルーチンの機械的腸管前処置,②TASEでは2のイソジン加生理食塩水で直腸洗浄を行う,③TASE,TVSEともデリバリールートにリトラクターを装着する,④標本を滅菌した傘袋に収めて摘出する,⑤術野を3ℓの生理食塩水で洗浄することである.これらは全て,腫瘍細胞と細菌による汚染を防止する対策である(図1図2).また,TVSEにおける後膣円蓋切開は,気腹が確立した後,腹腔鏡観察下に行うのが安全と考えている.体内吻合に関しては,本特集の奥田準二先生の項に詳しい.

図01図02

IV.NOSEのエビデンス

1)TASE
TASEについてエビデンスレベルの高い論文は少ない.Zattoniらは,左側結腸切除,S状結腸切除,高位前方切除術に対するTASEの23論文559例のsystematic reviewを行った7).従来法へのコンバージョンは3.7%であり,その主な理由は腫瘍および標本のサイズが大きいことであった.Clavien-Dindo分類Grade3a以上の術後合併症は2.9%で,術死は無かった.術後疼痛,創合併症発生率,術後在院日数についてTASEがLACより優れている可能性があるが確定的ではなく,大規模なRandomized clinical trial(以下,RCT)が必要であると結論づけている.RCTは現在までに3本が存在し,いずれも計40例,70例,86例といった少数例の検討である13)15).短期成績について,いずれの試験も合併症発生率と術後在院日数は両群間に有意差を認めず,鎮痛効果と整容性はTASEが有意に優れていた.Wolthuisらの報告では1病日の平均Visual analogue scale(VAS,0~10)は,TASE vs. LAC:2.1 vs. 3.5,7病日 0.3 vs. 2.2(P0.001)と非常に良好な鎮痛効果を示した14).創感染について,LeungらはTASE 0%,LAC 11.4%(P0.017)と報告している13).Wolthuisらは術後排便機能も評価しており,術後6週目,3カ月目にマノメトリーを施行し,Basal pressure,Maximum squeeze pressureともTASE,LAC間に有意差を認めなかった14).しかしMaximum squeeze pressure(mmHg)の数値を見ると,術前はほぼ同値(TASE vs LAC:293 vs 300)であったのが,術後は6週目,3カ月目ともTASEが下回っており(263 vs 304,279 vs 335),症例数が多ければ有意差が出た可能性がある.
長期成績を評価したRCTはDingらの1本のみであるが,観察期間が12~45カ月と短く,中間報告的な意味合いが強い15).TASE群3例,LAC群1例が再発し,統計学的有意差はなかった(再発形式の記載なし).術後25カ月までの無再発生存割合も両群間に有意差を認めなかった.ちなみに,S状結腸癌および直腸S状部癌に対する自験例全95例(2009~2019年,pStage 0/Ⅰ/Ⅱ/Ⅲ:4%/69%/15%/12%,非完遂例も含む)においては,肺,肝,腹膜再発を1例ずつ認めている.この腹膜再発例は手術開始時の腹水細胞診陽性例であった.

2)TVSE
TVSEのエビデンスは更に少なく,消化器外科領域におけるRCTは存在しない.婦人科領域でのRCTによれば,Ghezziらは附属器切除術においてTVSE34例と経臍的摘出32例を比較し,術後1,3,24時間目の創痛をVASで評価し,いずれもTVSEが有意に軽度であった.また,術後2カ月目の全体的満足度,整容性,性交時痛(全体の92.4%が性交を再開)は両群間に差がなかった.Rooversらは82例の子宮下垂症例を経腟的手術と開腹手術に割り付け,術後6週間目までの包括的QOLをRAND-36で評価した.入院中の疼痛と行動性はTVSEで優れ,6週間目のhealth change,bodily pain,mental healthといった項目でもTVSEが有意に優れていた.Ghezziらは,婦人科腫瘍のTVSEに関する23研究,501例のレビューで,後腟円蓋切開に起因する合併症の発生率は0.2%であったとしている.
消化器外科領域では,2017年にSteinemannらが胆嚢摘出術,虫垂切除術,大腸切除術に対するNOSEのメタアナリシスを発表した6).大腸切除術のTVSEは1編のprospective cohort with historical control studyと,2編のretrospective cohort with historical control studyが抽出されている.TASEと合同の結果ではあるが,LACと比較して1~4病日の疼痛が軽度で,メジャーな合併症発生率は同等だが創感染は4分の1,整容性満足度は高かった.術後合併症については,Stipaらによる9論文,155例のシステマティックレビューにおいて,Clavien-Dindo分類grade Ⅱ,Ⅲa:出血(詳細不明)2例,縫合不全,腹腔内膿瘍,尿路感染がそれぞれ1例.Grade Ⅲb:腸閉塞,腹腔内出血,ポートサイトヘルニアがそれぞれ1例であった16)

V.NOSEにおけるcontroversy

1)適応
深達度T4を除外することはほぼコンセンサスとなっている.LACと比較して煩雑で手術時間も長くなる傾向があるため,播種のリスクがより高いT4を除外するのは適切と考えられる.腫瘍径については,TASEでは最大径3㎝まで,TVSEでは5㎝までとした多施設共同声明が提唱されており,無理のない摘出を推奨したものと評価できる17)
標本摘出可能性の基準は一定していない.摘出を途中で断念して標本を腹腔に戻すのは,汚染と,デリバリールートや標本の損傷などの観点から極力避けなければならない.多くの施設はBody mass index(BMI)を指標にしているが,その基準は28,30,35kg/m2などと様々である.富澤らは内臓脂肪面積を算出して,肥満の型を加味した評価を試みている.今後,個々の患者に適用可能な評価方法を確立する必要がある.

2)腫瘍学的妥当性
NOSEは腫瘍原発臓器を腹腔内で開放する手技なので,癌細胞播種の防止が至上命題である.直腸切除におけるsingle stapling techniqueや腹腔鏡下胃切除術での体内吻合も本質的には同様の手技であるが,臨床上問題視されない理由は詳らかでない.大腸癌NOSEにおいては,有効と考えられる対策を講じることで実績を積み重ねる他はないであろう.当院のTASEにおける対策は十分と考えているが,TVSEにおいてはpT3,N1の右側結腸癌2例で腹膜播種再発をきたした.これが腹腔内機能的端々吻合(以下,IC-FEE)に起因したものかは不明である.しかし,右側結腸癌では腸管内洗浄が簡便には施行できないことに鑑み,現在はIC-FEEが必要なTVSEは,cT1bまでに適応を縮小している.

3)TASEの排便機能への影響
TASEが術後排便機能にあたえる影響については,論文レビューで前述した以外にも少数の研究がある.Hisadaらは,21人の前方切除術後3,6カ月目にWexner incontinence scoreで評価した.3カ月目に6点が1人,1点が1人,6カ月目は1点が1人で,その他はすべて0点,という極めて良好な結果を報告した18).当院の成績では,術後2週間目にWexner’s scoreが最悪値(2.5点:中央値)となり一時的な排便機能低下を認め,これには手術開始前の肛門拡張や,標本摘出の際の拡張が関与したと考えられる.それ以降は徐々に改善して6カ月目には1点となり,全期間を通してLACと有意差を認めなかった5).自動吻合器を無理なく挿入するための肛門拡張にとどめれば,TASEに特異的な機能低下はきたさないと解釈している.TASEと同様に肛門を拡張する手技であるTEMにおける多数の研究でも,一時的な機能低下が報告されている.しかしそれらはいずれも,長期的には問題とならないレベルまで回復すると結論づけている.TASEは必須の手技ではないので,高度の排便機能障害をきたすことはその存在意義をおびやかすことになる.括約筋の障害をきたす過度の肛門拡張は厳に慎むべきである.

4)TVSE術後の性機能と妊孕性
経腟操作が性機能や妊孕性に与える影響は,十分には検証されていない.術後の性機能に影響が無いといった報告がある一方,26%の症例が性交時痛を訴えたという報告もある.これらは,性機能評価の困難さを示しているとも言えよう.Rovioらは,経腟的子宮筋腫切除術後において,妊孕性に影響はみられなかったと報告している.妊孕性に影響することは理論的には考えにくいとする意見が多いが,妊娠可能年齢における実施は慎重であるべきと考え,現時点で当院では閉経後の患者のみを適応としている.

5)NOSEの真価とは
NOSE術後の包括的QOLの評価はほとんどなされていない.ひるがえって,LACと開腹手術の術後QOLを比較したRCTのレビューでは19),九つのRCT中五つでLACの優位性が示されている.それらの報告では,術後2~6週目に,主に社会生活機能や日常役割機能での優位性が示された.われわれの臨床研究でも,SF-36における「活力」,「社会生活機能」,「日常役割機能(精神)」,「心の健康」の4項目が,術後2週から2カ月目でTASEが優れていた5).これはLACと開腹手術を比較した結果にほぼ一致しており,開腹-LAC間と同様の差がLAC-TASE間にも存在することを示唆している.その差が,SF-36のサマリースコアにおける「身体的健康度」ではなくて「精神的健康度」に属する下位尺度で現れたのは興味深い.単孔式やNeedlescopic surgeryの比較試験が,整容性以外に一致した優位性を示すことができていない現状において,外科医からの視点のみならず患者主観的評価に目を向けることが重要だと思われる.

VI.今後の展望
われわれは更なる腹壁破壊低減を目指して,単孔式やNeedlescopic surgeryなどのRPSとNOSEを融合した手術を実施している4).TakahashiらはTVSEとRPSを組み合わせた手技の多施設前向き研究を行い,安全性と良好な鎮痛効果を報告した20).またNOSEをロボット手術で行う報告も増加しており,煩雑な手技を克服する有用な手段と考えられる.今後はda Vinci SPで経肛門・経膣的に操作を行うことも実施されるであろう.単一の手法で低侵襲性を追求するのではなく,患者個々に最適な複数の手法を組み合わせることが主流になると思われる.

VII.おわりに
NOSEの手技は安全で実行可能であり,鎮痛・創関連合併症減少・入院期間短縮が期待できるが,エビデンスに乏しい.現時点で最もよい適応は,EMR,ESDによる原発巣切除後の追加切除例であろう.手技の発展により,これからの低侵襲手術の一つの選択肢になりうると考えている.今後は長期成績を含めた質の高いRCTによる評価が必要である.

 
利益相反:なし

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文献
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