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日外会誌. 121(3): 279, 2020

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Editorial

外科教育―AIに負けない外科医を!―

九州大学 心臓血管外科

塩瀬 明



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米国に8年弱在籍した私は,日米両方の外科教育に接した.特に米国で教育される側だけで無く,教育する側の立場を経験した数少ない心臓血管外科医かもしれない.日本で研修医であった頃は,比較的見て覚えなさいというシステムの中で過ごしてきた.たまに他院や他大学の同期と話をし,彼らが執刀したと聞くと何か焦りを感じた経験は全ての外科医が一度は持ったことがあるのではないだろうか.一人前の外科医を目指すのであれば当然であるが,もしタイムマシーンで過去に戻れるなら“若い頃の焦っている自分”に何を伝えるだろうか.「症例数の多い病院に移りなさい」,「手術をさせてくれる上司がいる病院を希望しなさい」,「じっくり焦らず頑張りなさい」,など人それぞれであろう.
私が受けてきた心臓血管外科教育は,研究時期も設け,比較的ゆっくりと術者に育てていくというシステムであったが,現在私が年間200症例以上に術者もしくは指導医として関わっている現状を考えると悪くないシステムであったと感じている.一流の手術から,一流でない手術(先輩が見ていないことを祈る)まで色々と見せて頂き,引き出しがいつの間にか増え,今はその頃のノートが宝である.また臨床研修中に,途中で基礎医学の大学院に行く機会があり,大変鍛えられた.“何でそうなるの”と素朴に質問してくる基礎の文部教官に“それは常識じゃ無いのか”と疑問を感じていた.いつの間にか“風邪にはこれを処方しとけ”という経験則に基づいた実地臨床医学に慣れた自分の目を覚まさせてくれた時期であった.
その後は,複数の手術を見て,“この手術はここが無駄である”“この手技は不要かもしれない,こうしたら良いのでは”など自分で考えるようになった.外科医として創造力を少し身につけたと感じている.
この創造力こそが,外科医には最も重要ではないだろうか.
心臓血管外科手術は全ての症例において,その場での状況判断が必要である.例えば心筋保護液で心停止を得て,心内操作が終了した後の再還流時には色々な事が起き得る.問題なく心拍動が戻る場合,致命的になり得る不整脈が起こる場合,また全く心臓が動かないなど多種多様である.一般的なトレーニングを積んでいれば対処はできるであろう.しかし問題はそれからである.原因を見つけなければ心臓は不機嫌なままである.対応が遅れると心臓はそっぽを向き,二度とこちらを向いてくれない,つまり重症心不全となってしまうのである.自分が行う手技の一つ一つがどういう意味があるのか感じていなければ,いざというときに手も足も出ない“かっこ悪い外科医”になってしまう.
海外,日本を問わず,手技を早くできるからと病院を選択する研修医も多いと聞くが,将来最も必要になるのは緊急時に原因を冷静に考え,対処できる力である事を認識して頂きたい.手技を繰り返して上手くなることは重要であるが,われわれ外科医はマシーンではない.常に考えながら,creativeに症例を向き合わなければAI(人工知能)に敗北を喫する日が来るのではないだろうか.

 
利益相反:なし

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