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日外会誌. 121(2): 254-255, 2020

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生涯教育セミナー記録

2019年度 第27回日本外科学会生涯教育セミナー(東北地区)

各分野のガイドラインを紐解く
 3.肝胆膵外科領域のガイドラインを紐解く

岩手医科大学 外科学講座

新田 浩幸 , 佐々木 章

(2019年9月14日受付)



キーワード
肝癌, 胆道癌, 膵癌, ガイドライン

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I.はじめに
肝胆膵外科領域には多くの診療ガイドラインがあり,急性胆管炎・胆嚢炎,急性膵炎,膵・消化管神経内分泌腫瘍(NET),IPMN,肝癌,胆道癌,膵癌など,良性疾患から悪性疾患まで幅広い.今回の生涯教育セミナーでは肝癌,胆道癌,膵癌の診療ガイドラインについて解説した.

II.肝癌診療ガイドライン
肝癌診療ガイドラインは2005年に初版が作成され,4年毎に新しいエビデンスを取り入れて改訂されている.ガイドラインの中心である「治療アルゴリズム」は厳密にエビデンスに基づいて作成されているが,その一方で内科的治療の実情をより反映させた「コンセンサスに基づく治療アルゴリズム」(2007年初版,2010年と2015年に改訂)があり,日本肝臓学会編集の肝癌診療マニュアル第3版には両者が掲載されている.日本肝臓学会から二つの治療アルゴリズムを発信している状態にあることから,現在のガイドライン(第4版,2017年出版)にはエビデンスとコンセンサスに基づく新たな治療アルゴリズムが掲載されている1)
ガイドラインの記載方法は,治療アルゴリズムを支えるclinical question(CQ)を設定し,エビデンス総体を評価したうえで推奨を決定している.肝切除適応に関するCQの「肝切除はどのように患者に行うのが適切か?」に対しては,強い推奨として「肝切除が行われるべき患者は,肝臓に腫瘍が限局しており,個数が3個以下である場合は望ましい.腫瘍の大きさについては制限がない.一次分枝までの門脈侵襲例は手術適応としてよい.」としている1).また,普及しつつある腹腔鏡下肝切除に関するCQの「腹腔鏡下肝切除術の手術適応は?」に対しては,強い推奨として「肝部分切除術や肝外側区域切除術が可能な肝前下領域(S2-6)の末梢に存在する5cm以下の単発腫瘍が良い適応である.」としている1)

III.胆道癌診療ガイドライン
胆道癌診療ガイドラインは2007年に初版が作成され,2014年(第2版)と2019年(第3版)に改訂された.胆道癌領域では大規模なランダム化比較試験を含む高いエビデンスレベルの研究はほとんど無く,投票により70%以上の意見の集約が得られるまで議論を繰り返し行ってコンセンサスが得られるようにしてガイドラインが作成された.論文はstudy designのみでそのエビデンスレベルを決定はせず,GRADEシステムの考え方を参考にして,内容,質まで含めて評価を行っている.推奨度は,論文のエビデンスレベルだけに左右されることがなく実臨床において応用できるよう,利益と害・負担のバランスに関する確実性,患者の嗜好性,資源の影響を加味して決定し,推奨度1は〜を推奨する,推奨度2は〜を提案するとしている2).判断に苦慮する「肝葉切除を伴う膵頭十二指腸切除(いわゆるmajor HPD)は行うべきか?」というCQに対しては,推奨度2として広範に進展した胆管癌には行うことを提案している2)

IV.膵癌診療ガイドライン
膵癌診療ガイドラインは2006年に初版が出版され,以後2009年に第2版,2013年に第3版,2016年に第4版と改訂され,2019年に第5版が出版された3).これまでのガイドラインなどを通じてその知識や技術が広く臨床現場に浸透し,その是非について十分なコンセンサスが確立していると考えられる事項(Background Question)として掲載され,Background Questionとするには不十分であり,議論の余地が残る重要臨床事項についてはCQとして記述されている.また,今回から「切除可能境界膵癌の治療法」の章が新設されている.切除可能境界膵癌とは,腫瘍が門脈や上腸間膜動脈など主要血管に浸潤を認め,手術先行による外科的切除を施行しても高率に癌が遺残し,生存期間延長効果を得ることができない可能性のあるものと定義されているが,「切除可能境界膵癌に対して外科的切除は推奨されるか?」とのCQに対しては,「切除可能境界膵癌に対して手術先行ではなく,術前補助療法後に治療効果を再評価し,治癒切除可能か否かの検討を行った後に外科的切除を行うことを提案する.」と弱い推奨のもと記載されている3)4).今回の改訂で特筆すべきCQは「切除可能膵癌に対して術前補助療法は推奨されるか?」である.「切除可能膵癌に対する術前補助療法としてゲムシタビン塩酸塩+S-1併用療法を行うことを提案する.」と弱い推奨のもと記載されているが,これまでの治療法を変える提案となっている3).「膵癌の術後補助化学療法は推奨されるか?」とのCQに対しては,肉眼的根治切除が行われた膵癌に対する術後補助化学療法は行うことを強く推奨し,そのレジメンはS-1単独療法またはゲムシタビン塩酸塩単独療法(S-1に対する忍容性が低い患者)と記載している.

V.おわりに
肝胆膵外科領域に限らず医療は日進月歩であり,今後もエビデンスとコンセンサスに基づき日常診療の実情に即したガイドラインの改訂がなされていくものと思われる.

 
利益相反:なし

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文献
1) 一般社団法人日本肝臓学会編:肝癌診療ガイドライン2017年版.金原出版,東京,2017.
2) 日本肝胆膵外科学会胆道癌診療ガイドライン作成委員会編:エビデンスに基づいた胆道癌診療ガイドライン改訂第3版.医学図書出版,東京,2019.
3) 日本膵臓学会膵癌診療ガイドライン改訂委員会編:膵癌診療ガイドライン2019年版.金原出版,東京,2019.
4) Varadhachary GR, Tamm EP, Abbruzzese JL, et al.: Borderline resectable pancreatic cancer:definitions, management, and role of preoperative therapy. Ann Surg Oncol, 13: 1035-1046, 2006.

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