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日外会誌. 121(2): 216-217, 2020

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会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(113)

―フェイスリフト手術における説明義務違反が認められた事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
フェイスリフト手術, 肥厚性瘢痕, 説明義務, 合併症

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【本事例から得られる教訓】
執刀医が当該合併症を経験したことがないとしても,その説明をしなくていいということにはならない.術前の説明においては,手術の効果や文献に記載されている代表的な合併症についての説明は必要である.

 
1.本事例の概要(注1)
今回は,美容外科の説明義務に関する事例である.美容医療について以前に紹介した事例では医師の説明義務違反は否定されたが(注2),今回は説明義務違反が認められた事例である.予防医療の観点等から,外科領域でも必ずしも緊急性や必要性が高くなくても手術等を行う場合があり,本事例の説明義務の考え方は,外科医にも参考になると思われるため紹介する.
平成14年12月28日,本件患者(女性,当時32歳.以下,患者)は,前医Aクリニックで骨切り手術(えら骨を削るとともに上下の顎骨を後退させる手術.以下,前医骨切り手術)を受けた.
平成15年11月14日,患者は本クリニックを受診し,前医骨切り手術により骨の量が減ってその分皮膚等が余り,弛みが生じて顔の輪郭が四角くなったため,修正するためにフェイスリフト手術(以下,FL)を受けたいと希望した.担当医(注3)は,患者がFLを受ける必要性はそれほど大きくないと判断したため,担当医から伝達事項を聞き取った事務担当者は,診療録に「ope 無理にすすめなくて良いとの事です」と記載し,本クリニック内では,その旨の認識が共有されていた.
平成15年12月1日,患者はB病院で前医骨切り手術の修正手術を受けた.
平成16年2月20日,本クリニック担当医は,患者の持参した前医骨切り手術を受ける前の写真を踏まえ,「骨切り前後を比較すると術前,口がとがった印象あったのが術後はとれている.ただし,少し顎のラインにたるみが出たか?(微妙) とるとすればFLが必要.」と評価した.
平成16年3月5日,患者は担当医からFLの内容や術前術後に関する説明を受けた.同日の診療録には「術前,術後の説明」「tissue glue(組織接着剤)の説明」との記載があるが,診療録全体を通じてFLの説明に関する記載はこれのみであり,手術痕についての説明は,段々と目立たなくはなるものの,完全に消えることはないという趣旨のものであった.
平成16年11月5日,患者はFL等(注4)を受けた.
その後患者は本クリニックを何度か受診した後,平成18年10月16日,C病院で再度のFLおよび本件FLによって生じた手術痕の修正手術を受ける等した.
2.本件の争点
主な争点の一つは,担当医の術前の説明は十分であったかという点であった.
3.裁判所の判断
裁判所は,美容整形手術をはじめとする審美目的の医療行為については,医学的必要性や緊急性が乏しく,患者の主観的願望を満足させるために行われるものであるため,医師は患者に対して通常よりも丁寧な説明を心がけ,患者が当該医療行為を受けるかについて十分な情報を基に熟慮の上決断することができるように配慮すべき義務を負うとした.
次に,本件においては,患者の頬の弛みは「少し顎のラインにたるみが出たか?(微妙)」と評価される程度のもので,本件クリニック内で「ope 無理にすすめなくて良いとの事です」との認識が共有され,患者がFLを受ける必要性はそれほど大きくなく,担当医自身も,患者は顔面の頬骨やえら骨の辺りが部分的に弛んでいるだけなので,加齢により全体的な弛みが生じている患者に比べてFLの効果が現れにくかったことを認めていること等を認定した.
その上で裁判所は,審美目的の医療行為において,患者の年齢・既往・手術歴などにより医療行為の効果に影響を与え得る個別的な事情がある場合には,医師は当該患者に対し,その効果について個別的な事情も踏まえ具体的に説明をする必要があるとした.しかし本件で担当医はFLの効果が現れにくいことについて具体的に説明しておらず,診療録や手術承諾依頼書に説明に関する具体的な記載がないことからしても,担当医の説明は,患者が審美目的の医療行為であるFLを受けるかについて十分な情報を得て,これを基に熟慮の上決断するためには不十分であったとして,説明義務違反を認めた.
次に裁判所は,FLを行おうとする医師としては,患者に対し,美容整形手術に関する一般的な医学文献に記載されている代表的な合併症については,当該医学文献に記載されている程度に具体的に説明する必要があるとして,本件の合併症として肥厚性瘢痕(手術痕)について説明をしていなかった点について説明義務違反を認めた.
なお,裁判所は,担当医が法廷において「フェイスリフトの合併症って,意外とうちは本当にないんです.」と供述した点等について,説明義務の内容は,個別の医師の手術経験や手技巧拙の程度により左右されるものではないと述べた.
一方,本件FLの結果については,手術痕は近寄って細かく見なければなかなか分からない程度のものに収まっていることから,本件FLは,客観的には相応の効果が現れており,後遺症と評価できるほどの合併症が生じたと認めることはできない等として,最終的には,患者の自己決定権が侵害されたことによる慰謝料50万円を認めた.
4.本事例から学ぶべき点
担当医は,手術を無理に勧めていたわけではなく,患者の希望が強かったからこそ手術を行ったものと思われるだけに(そして客観的には手術の相応の効果が現れていただけに),患者の個別事情に応じた効果に関する説明や具体的な合併症の説明が不十分であったことは残念である.
「自分は合併症を起こしたことがない」「この手術の合併症は代表的なものであっても稀」という理由で患者への説明は不要ではないかという医師の声を聴くことがあるが,訴訟になった場合には,不利になってしまうと思われるため,留意して頂きたい.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 東京地裁平成28年11月10日
注2) 日外会誌118(1):65-66,2017.
注3) 途中で担当医は変更しているが,誌面の都合で割愛する.
注4) 他に耳垂形成術,アテローム除去手術およびS式下眼瞼除皺術を受けているが,詳細は割愛する.

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