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日外会誌. 121(1): 108-110, 2020

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定期学術集会特別企画記録

第119回日本外科学会定期学術集会

特別企画(6)「外科医にとっての働き方改革とは」
 7.これからの日本の外科医はどうあるべきか?―スウェーデンでの臨床経験から考えること―

がん研究会有明病院 消化器外科

熊谷 厚志

(2019年4月20日受付)



キーワード
外科医の働き方改革, 長時間労働, 医療制度, タスクシフト, スウェーデン

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I.はじめに
約2年間にわたり,食道癌・胃癌に対する内視鏡手術の導入を手伝うという形で,北欧スウェーデンのカロリンスカ医科大学病院で働く機会に恵まれた.日本を外から見ることで,日本の医療,特に消化器がん治療が進んでおり,respectされていることを実感したが,一方で長時間労働に代表される日本の外科医が抱える問題を再認識した.

II.スウェーデン外科医の生活
カロリンスカ大学病院上部消化器外科の1日は,朝7:45カンファレンスでの当直医からの報告に始まる.続いて前日の手術内容が執刀医から説明された後,その週の病棟当番の外科医から術後患者の経過が報告され,手術を担当した各臓器別チーム(食道・胃,肝臓,膵臓,内視鏡)医師と情報を共有する.その後ICUでの麻酔科医とのカンファレンスを経て,10時頃から手術が始まる.Major surgery の前にステント交換などの短時間の処置が行われることがあるが,major surgeryが縦で2件行われることはない.男女が平等に働くことが求められているスウェーデンでは,男性外科医も子育てを平等に分担しており,執刀医が幼稚園へ子供の迎えに行くために手術を下りることも珍しくない.成人女性の就業率は74.8%と報告されており,フルタイムで働く女性が多く,父母が隔日で子供の迎えに行く家庭が多いようだった1).日本に比べるとコメディカルへのタスクシフトは進んでいる.看護師の業務は専門分化しており,麻酔や内視鏡検査の資格を持つナースの他,手術予定を組むナースや患者との電話連絡のみを業務とするナースもいる.また,スウェーデンでは医師の間でも役割分担が進み,「治療の中の手術という部分を担当する」のが外科医であると認識されているという印象を受けた.もちろんこれはカロリンスカという専門分化が進んだ病院でのことであり,地方病院では外科医が化学療法や緩和治療も手掛けていると思われる.いずれにしても「主治医」という意識は医師にも患者にも薄く,外来・病棟の担当医,執刀医が異なることも珍しくない.このようなシステムのお陰か,外科医の帰宅時刻は早く,夕方5時に医局にいるのは当直医のみであった.皆が早く帰るのは,帰れと言われるからではなく,家庭での役割を果たすために帰る必要があるからである.育児休暇も男女が平等に取ることが求められており,男性の育児休暇取得率は約9割と高い2).平日の昼間に若い男性が乳児を連れて街中を歩く姿は日本では珍しいが,スウェーデンではありふれた光景である.スウェーデンを含む北欧諸国や英国では,患者はまず定められたホームドクターに相談し,必要と判断された場合のみ病院を紹介される.このシステムにより病院を受診する患者数は制限され,人口一人当たりの外来受診回数はスウェーデンで3.0回/年である.一方,患者が自由に病院を受診することができる日本でのそれは13.0回/年である.スウェーデンでは医療従事者の生活の質を保つためか病床数を敢えて制限しているようで,人口千人当たりの総病床数は2.6と少ない.一方,日本でのそれは13.4である.この裏返しで,病床百床当たりの臨床医師数はスウェーデン148.7人,日本17.1人と報告されており,大きく異なる3)
このようなシステムのもと,スウェーデンでは他職種者と同様に外科医も最低5週間の夏期休暇を取ることが可能となっている.

III.日本の外科医はなぜ長時間労働か?
この問題には,医療現場だけでなく,顧客の利便性を過剰に追求してきた世の中,長時間労働を美徳としてきた労使関係,そして男女間格差などの社会的背景が影響している.
経済産業省の調査によると,日本の小売店775,196店舗のうち,5.4%にあたる41,722店舗が24時間営業をしている.コンビニエンスストアに限ると35,096店舗中30,244店舗(86.2%)が24時間営業である4).確かに,24時間営業でないコンビニはconvenient「便利」ではなく,夜中でも欲しいものの多くが手に入るのが当たり前と思う日本人は多い.一方,スウェーデンでは首都ストックホルムでさえ24時間営業の店舗は見当たらない.労働者保護や中小事業者保護を目的として,小売店の営業時間が規制されている国は多い.便利な世の中に慣れてしまった日本人が,医療に関しても利便性を求め,これに医療機関が応えることにより,医療機関で働く人々の負担が増している可能性がある.日本でも大手ファミリーレストランが24時間営業を取り止め,大手百貨店が年中無休を廃止するなどの取り組みが進みつつあるようで,不便さを許容する世の中へ向かいつつあると思われる.多くの日本企業では長時間労働を美徳としてきたが,医療現場ではこれに教育や自己研鑽が加わり,医師の勤務時間をさらに延長してきた.大手企業の中にも時間給を廃止し,成果主義を導入する企業が増えつつあり,医師の給与体系も見直されるべき時期なのかも知れない.日本における女性の就業率を直ちに上昇させることは難しいだろうが,長期的な視点で見ると,男性外科医の労働時間を短縮するには,その配偶者も働くことが最も効果的であると思われる.先に述べたように,子育てに代表される家庭で果たさなければならない役割があれば,必然的に早く帰るようになる.医師の働き方改革を真剣に考えるならば,医学界が率先して男女が平等に働ける環境作りを進めるべきである.
社会保険料を財源とする日本の医療制度の特徴として,①国民皆保険制度,②フリーアクセス,③開業の自由,④民間医療機関中心の医療提供体制が挙げられる.日本では患者が自ら医師や医療機関を選択して受診することが可能(フリーアクセス)であるため,受診に制限がなく,先に述べた外来受診回数の多さの要因の一つとなっている.日本でもホームドクター制を採用できれば,安易な病院受診を制限することができ,病院で働く人々の勤務時間短縮につながる可能性がある.患者が医師や医療機関を自ら選んで受診できる日本では,患者には『私の主治医はA先生で,何かあったらA先生が助けてくれる』という意識が,対する外科医にも『メスを入れたからには,最期の看取りまでするのが外科医』という観念が根強く,このような医師患者関係も外科医の長時間労働に寄与していると思われる.外科医の労働時間短縮にはこの観念を患者,外科医共に捨てる必要がある.外科医が担ってきた手術以外の仕事を分散するためには,当然外科医以外のマンパワーを充実させる必要があり,臨床医そのものの数を増やし,コメディカルへのタスクシフトをさらに進める必要がある.

IV.おわりに
日本とは大きく異なる社会制度,医療システムのもと,同じ外科医という職業を務める人々と時間を共有することで,これからの日本の外科医のあるべき姿を考える機会を得た.
『あなたが患者なら日本が最高,あなたが外科医ならスウェーデンが最高.』
これは,スウェーデン滞在中に,両国での外科医としての生活を経験してどう思うかと聞かれた際の私の返事である.もちろん,2年間ゲストに近い立場で働いただけでスウェーデンの医療の現実をすべて正しく把握できたとは思っていないが,われわれが学ばなければならないことがたくさんあることは確かである.これからの日本が,患者にとっても外科医にとっても最高の国になるために,皆が真剣に考え,行動しなければならない時が来ている.

 
利益相反:なし

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文献
1) データブック 国際労働比較 2018 独立行政法人労働政策研究・研修機構 https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2018/index.html
2) 独立行政法人労働政策研究・研修機構 資料シリーズNo.186 ヨーロッパの育児・介護休業制度 https://www.jil.go.jp/institute/siryo/index.html
3) 医療保障制度に関する国際関係資料について https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/iryouhoken11/index.html
4) 国立国会図書館 調査および立法考査局 調査と情報―ISSUE BRIEF―No.965小売・飲食業の深夜営業に関する動向

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