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日外会誌. 104(5): 380-385, 2003


特集

癌外科治療の標準化に向けての展望

2.癌治療標準化と法的「医療水準」

1) 慶應義塾大学 医学部外科
2) TMI総合法律事務所(弁護士) 

古川 俊次1)2) , 北島 政樹1)

I.内容要旨
医療行為の適法性要件である①技術的適切性と②十分な説明に応じて,訴訟事案において「医療水準」が用いられる場合も,二つに大別できる.一つが,医師の実施した医療行為の質それ自体を評価する際に,「医療水準」を用いる場合であり,もう一つは,その診療当時の医療実務を基準とする医師の説明義務における「医療水準」である.「医療水準」はすべての医療機関について一律ではなく,その新しい知見が当該医療機関と同程度の医療機関にある程度普及しており,当該医療機関がその知見を持つと期待できる場合,その知見は当該医療機関にとっての「医療水準」とされており,公的指針は直接的には「医療水準」とは結びつかない.むしろ,新知見が公的指針等として公表される以前でさえ,基幹医療機関の医師にとっては「医療水準」として認定され得る.癌治療標準化が「医療水準」に及ぼし得る影響としては,まず,当該疾患についての専門学会が公的ガイドラインを発表している場合,当該ガイドラインは,既に一般開業医においても,「医療水準」としてふまえるべき知見と認定される可能性が高く,また,基幹病院の医師にとっては,その発表以前に要求されていた知見とされ得るものと考えられる.本来,ガイドラインは一応の指針にすぎず,患者の個別的事情に応じた担当医師の専門的裁量が優先されるが,ガイドラインとは異なる治療に関して訴訟となった場合,ガイドラインの内容において「医療水準」が確立していたと推認する可能性が高い.紛争を可及的に防ぐ観点からは,ガイドラインに複数の治療法を挙げておくことが望ましい.また,医師には,患者の自己決定権保障のため,治療実施に先立ち,当該治療法の危険性や代替治療法の選択等について説明する義務があるが,この説明内容の適切性の基準も「医療水準」に基づいて判断される.専門学会のガイドラインが発表されている場合,一般開業医においてもガイドラインに記載された知見について説明義務が認められ,また,基幹病院の医師にとっては,その発表以前から説明義務があったと認められ得ることになる.この場合,ガイドラインにおいて当該患者に適応の可能性がある治療法は,すべて説明される必要があろう.さらに,患者が強い関心を示す場合には,一部の施設で行われているガイドライン外の未確立な治療法についても,基幹病院の医師には情報提供が要求される可能性がある.

キーワード
癌治療標準化, 医療水準, EBM, 診療ガイドライン, 自己決定権


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