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日外会誌. 101(6): 437-438, 2000


特集

下部直腸癌における機能温存手術の適応と限界

1.特集によせて

東京医科歯科大学 医学部第2外科

杉原 健一

I.内容要旨
大腸癌の増加が問題となって以来30年ほど経過している.その間,不断の努力により大腸癌の診断学や外科治療学の分野での進歩は著しく,根治的切除後の5年生存率は63%(直腸癌stage III)~93%(結腸癌stage I)と改善してきている.しかし,直腸癌ではその解剖学的部位の特性,つまり,①寛骨に囲まれた骨盤腔内にある,②リンパ流が上方行と側方向の二系統がある,③泌尿生殖系臓器と接している,④それを支配している自律神経システムが近傍に走っている,の問題があり,局所再発率,生存率からみた腫瘍学的予後は結腸癌に比べて不良である.また,術後QOLからみても改善すべき点が蓄積されている.
直腸癌の局所コントロールを目的として,拡大リンパ節郭清,補助的放射線照射,直腸問膜完全切除(TME)が導入された.本邦では1975年頃から,米国では否定された治療法である側方郭清を含む骨盤内の拡大リンパ節郭清がleading hospitalにおいて積極的に行われるようになり,historical controlと比べ良好な成績が得られるようになった.しかし,欧米では拡大郭清に対する評価は低く,その批判の中心は術後の自律神経機能障害が高度でかつ高頻度であること,つまり,拡大郭清をしなくとも局所再発は10%~15%(米国のleading hospitalや補助放射線照射により)であり,局所再発を数%下げるには術後自律神経機能障害の代価が高すぎること,である.これらの批判に対処するため,本邦では自律神経機能障害に対しては骨盤内自律神経系の温存が試みられ,また,それまでは進行直腸癌すべてに適応されていた拡大郭清の適応の再評価が行われるようになった.
一方,機械吻合法やそれに続くdouble stapling法の導入により,直腸切除後に低位での吻合が安全に行われるようになり,括約筋温存症例が直腸癌の70%~80%を占めるようになってきた.しかし,肛門括約筋が温存されても直腸の大部分が切除されることによる排便機能障害が新たな問題として浮かび上がってきた.この解決策としてcolonic pouchが導入された.しかしこの方法は貯留能を補ってはいるが,排出能を作り出していなく,まだ確立した術式とはいえない.また,直腸癌の20%~30%には直腸切断術が適応され,人工肛門を余儀なくされている.人工肛門の管理も最近の20年間に著しく進歩し,術後のQOL向上に大きく貢献している.一方では,切除された肛門括約筋の機能を補完する目的でartificial sphincterやneosphincterの研究も行われてきている. 本特集では拡大郭清の主な対象である下部直腸癌に焦点を当て,腫瘍学的予後と術後QOLの両方のバランスを考慮した適切な手術療法と術後QOL向上の工夫の成果が報告されている.「機能温存の適応と限界」を議論する際には次の点を基本概念とすべきである.
①腫瘍学的予後が低下する機能温存であってはいけない.
②わずかな予後の改善のために多くの患者に大きな機能障害を与えてはいけない.
③機能障害の原因となっている手術法・手術手技が腫瘍学的予後を本当に改善しているのか.
④機能とはハードウェアとしての臓器とソフトウェアとしての神経系・ホルモン・血流などの統御機構との統合の結果として表われている.機能温存にはその点を考慮すべきである.
⑤どの範囲までの機能障害を受け入れ,どの程度以上であれば機能障害改善に努力すべきなのか.
以上の点を踏まえ,下部直腸癌に対する外科手術の問題点を考察した.

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