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日外会誌. 101(3): 299-300, 2000


特集

未来のための今

III 特別企画「lnternational Symposium : 移植-次世紀への新たなるアプローチ」
1.司会者のことば

東京大学 人工臓器移植外科

幕内 雅敏

I.内容要旨
移植医療は国際的に見て極めて一般的な日常医療として定着している.日本では脳死移植が昨年4例行われたが,メディアのいわゆる「検証」によって後半には全く臓器提供が行われなくなってしまい,1998年に逆戻りした感が強い.
私の関与している肝移植の分野では,生体肝移植において世界のリーダーシップを取る地位が確立された.西欧では,生体肝移植の技術を応用して,in situ splittingが行われ,提供される肝臓の20%に分割肝移植が行われれば,小児の臓器不足は解消され,今や生体肝移植を小児に行うことは,日本とは全く逆の視点で,倫理的に問題があるとされるに至った.現在の問題は増大する患者数と待ち患者の死亡数の増大であり,成人のドナー不足は深刻である.これに対処するための方法として,分割肝移植によって成人患者2人に移植する方法と我々が世界で初めて成功した成人間生体肝移植とがあり,後者は多くの施設で行われるようになっている.特にST Fanの中肝静脈を付けた右葉グラフトの論文は成人間生体肝移植の増加に拍車をかけた.
以上のような方法によってドナー不足はある程度,改善されようが,本質的な解決にはならないことは明らかである.将来に向けて期待される方法としては移植臓器における急性・慢性拒絶反応の回避法の開発,異種臓器の移植,tissue engineeringからorgan engineering法を開発し, in vitroでヒト臓器を作製しこれを利用する方法などが考えられている.
拒絶反応を回避できれば,患者の生存率が向上することはもちろん,短期長期のgraft lossによる再移植を防止することによって臓器の有効利用が計られ,より多くの患者の命を助けることができる.最近はすでに発売されたMMFをはじめ,多数の免疫抑制薬が開発され,臨床治験が行われているが,これらの薬の使い分けが明らかにされよう.
異種移植に関する研究は最近さかんに行われている.しかし,異種移植は勉強すればするほどその実現には時間を要する様に思われ,まさに21世紀の問題として遠い彼方に位置づけられる感が強い.異種移植で近年,進歩がみられたのは超急性拒絶反応をいかに防止するかの研究である.Immunoapheresisや多糖類による自然抗体の除去・中和,補体活性化の防止や抑制,補体抑制蛋白遺伝子CD59のトランスジェニック動物の作製などで超急性反応が抑制されたとする報告が多数見られ,異種移植の最初の障害となっている超急性反応の制御にどうやら希望が持てそうである.
超急性反応の次にはいわゆるdelayed xenograft rejectionが,次いで細胞性免疫による拒絶が問題となる.NK細胞やCD4+T細胞は同種とは異なる反応を示すことが明らかになった.しかし,超急性反応以降のこられの反応については,その機序についてすら明らかになっていないのが現状である.
異種移植では作られた異種の蛋白が人の中で正常に機能を示すのか問題があり,この点についてはいまだ全く検討されていない.また,スターツルのヒヒから人への移植では尿酸が全く作り出されていなことが明らかになったが,類人猿ですらこの様な人間とは異なる代謝系を有しているので,ブタやその他の人類と離れた種における変化は予想すらつかない.さらにzenosisと言われる異種間感染の問題ではヒヒで人のATLに似たウイルスが発見されたりしているが,ほとんど未知の領域といっても過言ではない.異種移植はいまだ基礎的な研究の第一歩を踏み出してばかりであり,人間での異種移植が実現するには数十年の歳月を要すると思われる.
ノックアウトマウスを用いた研究では遺伝子の欠損が胚からの成長過程でどの様な働きをしているのかが次第に明らかにされてきた.tissue engineeringの領域では,組織や臓器の分化に関する様々な知見が集積され,人工的にin vivoで皮膚や細血管等の組織を作り出せる様になった,動物では現に様々な組織を作り出すことに成功している.ヒト胚組織を自由に操作できる様になれば,完全なクローン臓器の作製も理論的には可能である.今後organ engineeringとでも言うべき分野が確立され,in vitroあるいはin vivoの系で臓器が作り出されれば,移植の将来は極めて明るいものとなろうが,現時点ではヒト細胞を用いた研究に対する倫理的な足枷が大きな障害となっている.

キーワード
移植, 免疫抑制薬, 異種移植, Tissue engineering

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