[
書誌情報]
[
全文PDF] (1870KB)
[会員限定・要二段階認証][
検索結果へ戻る]
日外会誌. 101(3): 261-263, 2000
特集
未来のための今
I 特別企画「Centennial Symposium:外科学-新たなる夜明け」
1.司会者のことば
I.内容要旨外科医療は,20世紀後半に長足の進歩を遂げ,心臓手術は,移植外科,人工臓器など永い間の人類の夢が実現された.しかし分子生物学的な手法の開発が進み,疾病の本質が明らかにされようとしている今日,外科学,外科医療はさらに大きな転機を迎えようとしている.
今日の「Centennial symposium:外科学一新たなる夜明け」では,20世紀の外科学,外科医療の進歩,発展を,それぞれの領域でパイオニアとして自ら創始し,さらにそれを支えてきた7人の今日の外科のリーダーの方々をお招きし,それらの方々に20世紀の外科学,外科医療を振り返っていただくとともに,21世紀の発展に向かっての展望と期待を語っていただきたいと考えている.
進歩は変革を伴う.現代外科学,外科医療を創り出してこられた7人のパネリストの謦咳に接することが,とくにこれから21世紀の外科を支えていかれる若い会員の新たな活力と刺激となることを期待している.
近代外科の歴史は,約400年前のAmbroise Paréにまで遡ることができるが,外科学がサイエンスとして認められるようになったのは,19世紀後半にJoseph Listerによって防腐法が確立され,外科手術に応用されるようになってからのことである.床屋医者の野蛮な医術として永い間一段下に見られていた外科医療が,art and science of surgeryという言葉で表現される現代の外科学,外科医療に変貌をとげたのは20世紀初頭からのことである.とくに外科のサイエンスの部分は,今世紀に大きく進展し,長足の進歩を遂げて現代の外科治療が確立された.
日本外科学会は,明治3年,佐藤三吉先生らによって創立されて以来100年を経て,総会も100回を数えようとしている.日本外科学会を創設した先輩達は,今世紀初頭の外科のサイエンスとしての成立と展開を驚異の眼をもって眺めたにちがいない.以来わが国の多くの外科医が,欧米に学び,欧米に追いつき,さらに欧米に伍して外科学と外科医療に新たな貢献を自ら加えるべく営々として努力を重ねてきた.100年前に創始された日本外科学会は,わが国の外科医の最大の集団として,外科学の教育・研究および外科医療の発展,普及につとめてきた.現在もあらゆる面でわが国の外科のかなめとしての役割を果たしている.
新しいミレニウムを迎えて開催される第100回日本外科学会総会にあたって北島政樹会長は特別企画としてcentennial symposium:「外科学一新たなる夜明け」を組織された.これからのわが国の外科学,外科医療をになう若い世代の人々と共に,これまでの外科の発展の歴史を振り返り,来るべき21世紀の外科学,外科医療の進む方向をさぐろうとするものである.日進月歩の外科学,外科医療の将来を長期的に予測することは難しい.多くの面で大きな変革が予感される今日,21世紀を日前にして,この特別企画が会員の一人一人に何らかの示唆を与えるものとなることを司会者の一人として期待している.
さて,今世紀に入ってようやくサイエンスの仲間入りを果たした外科学は、麻酔法の確立によって医療として認知され,発展への地盤を獲得した.その後の抗生物質の発見を経て,今世紀後半には外科医療は急速に進歩を遂げた.開心術,人工臓器,臓器移植,完全静脈栄養,輸血,自動縫合器など,長い間人類の夢とされてきた多くの医療技術が今世紀後半に実現されたのである.心臓外科,脳神経外科,血管外科,呼吸器外科,新生児外科,移植外科,マイクロサージェリー,形成外科など,外科の分化が急速に進み,最近では内視鏡手術が登場し,外科手術に対する考え方は一変しつつある.
これらの外科の各分野における最近の進歩の多くは,外科技術自体の進歩もさることながら,周辺分野の科学技術の進歩,革新によるところが大きい.内視鏡,超音波,CT, MRI,レーザー,マイクロウェーブ,核医学,コンピュータ,AV機器などにおける技術革新やそれを利用した新しい診断,治療機器の登場によって医療はこれまでないほど急速に変化しつつある.ロボット手術や遠隔手術はもう手の届くところまできている.さらに,分子生物学の進歩によって,疾病の解明は分子レベルの研究が主体となり,数年を経ずしてヒト遺伝子もすべて解明されると言われている.このように疾病の本質が分子レベル,遺伝子レベルで解明されれば,当然のことながら,疾病の治療法はさらに大きく変貌しよう.治療よりも予防が主流となる時代もそう遠くないかもしれない.
このような進歩が,21世紀の医療,とくに外科医療にどのような変化をもたらすのか.今回の特別シンポジウムには,これまで今世紀の後半の医学,医療の進歩をそれぞれの分野でパイオニアとして自らの手で成し遂げ,またそれに深く関わってこられた7人の方々が招かれている.いろいろな角度から,それぞれの考えをお伺いしたいと考えている.
20世紀の後半に実現され,その時々には外科の最先端の知識,最新の医療技術と考えられてきたものも振り返ってみれば,短時日のうちに急速に古びて,さらに新しいものがとってかわる.それが進歩であることは確かだが,その変化の速度はますます加速しつつあるように思われる.かつては,手術に伴う生体侵襲は疾病を癒し,生命を救うためには当然はらうべき代償であるとして容認されていた.拡大手術や侵襲的な手術に成功することが外科の進歩であると考えられていた時期もある.内視鏡下手術の登場はこのようなかつての外科医の考え方を一変させ,今や低侵襲手術,機能温存手術の追求が外科の進歩であると考えられている.また,かつては外科手術でしか治らないと考えられていた多くの疾病が,新しい薬や核医学,内視鏡治療,interventional radiologyなどの新しい治療手段の登場によって,手術以外の,より侵襲の少ない治療法で治癒するようになった.消化性潰瘍,食道静脈瘤,早期胃癌,脳腫瘍,腎結石など身近なものだけでも枚挙のいとまがないほどである.手術治療にしても,内視鏡下手術やinterventional radiologyなどの出現以来,急速に大きく変わりつつある.
第2次大戦後,永い間米国が世界の医学,医療をリードしてきた.1960年代から本格化した米国における公民権運動は男女同権と人種差別の撤廃を実現させた.医学,医療の進歩だけではなく,これは日本を含む民主主義国家にも大きな影響を及ぼし.これらの国々では,医の倫理,とくに医師と患者の関係にも大きな変化がおこりつつある.医療におけるパターナリズムが否定され,インフォームド・コンセントによる患者自身の自己決定権が最大限に尊重される時代であるが,現代の複雑で急速に進歩する医療をどこまで本当に医師や患者が理解できるのだろうか.
ヒポクラテスの誓いに象徴される医の倫理は,ジュネーブ宣言,ヘルシンキ宣言,リスボン宣言へと進化し,良質の医療を受ける権利,選択の自由の権利,自己決定の権利,意識のない患者や法的無能力の患者,患者の意志に反する処置における医師の態度,情報をうる権利,尊厳をうる権利,宗教的支援を受ける権利などが保証されることになっている.しかし,これらは先進国の中でのことであって,最近の世界のニュースを見るまでもなく,未開発国や開発途上国と先進国との間の人権や医療における隔差は限りなく大きい.先進国においては医学と医療は21世紀に向ってさらに今後も急速に進歩を続けることは疑いがないが,進化する科学技術の中で医の倫理はどのように決定され,どのように変化していくのだろうか.医療とその根底にある医の倫理は,人々が生活している社会,その社会における歴史,経済,宗教,文化などによって異なり,また変化しうるものであることは明らかであるが,交通手段の発達やインターネットの普及によって情報の伝達が瞬時に可能な現代社会においては,医療のグローバリゼーションは少なくとも先進国間においてはますます急速に進むと思われる.
今回,ご出席いただく7人の先生方は,専門領域に違いはあるが,20世紀後半の外科の進歩をそれぞれの領域のパイオニアとして先頭にたって具現してこられた方々である.それぞれの方々に最初に10分程度お話いただく予定であるが,その後の時間の許す限り,以下のようなテーマについて,ご意見を伺いたいと考えている.
1)20世紀に実現された外科における特筆すべき進歩を5つあげるとしたら何か? それらは21世紀にはどのように進化するか?
2)ヒト遺伝子の解明,疾病の病因の分子生物学的レベルでの解明,遺伝子診断,遺伝子治療の出現によって,医療はどのように変わるか? とくに外科医療の位置づけはどうなるのか?
3)コンピュータの普及,インターネットの普及は医療にどのような影響を与えるか?
4)医学情報はどのようにして伝えられるようになるのか? 医学雑誌は存続しうるのか? 学会の役割はどう変わるのか?
5)外科手術はどう変わるか? endoscopic surgery,robotics, tele-surgeryはどこまで.適応と限界.
6)再牛医療(人工臓器,臓器移植,組織移植など)はどこまで進むか
7)癌治療における外科の役割はどう変わるか?
8)外科医の教育,トレーニングはどう変わるか?
9)どのような医療制度が望ましいのか? 医療費の高騰にどのように対処すればよいのか?
10)医の倫理は,どう変わっていくのか? など.
キーワード
外科学, 外科医療, 医の倫理, 分子生物学, 医療技術
このページのトップへ戻る
PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。