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日外会誌. 99(4): 264-267, 1998


症例報告

左肺全摘術及び体外循環下遠位弓部大動脈合併切除を行った StagelllB の(肺癌)1手術例

社会保険中京病院 外科

佐井 昇 , 前田 正信 , 宮原 健 , 櫻井 一 , 中山 雅人 , 竹村 春起

I.内容要旨
原発性肺癌に対する診断,治療は格段に進歩したが,いまだ進行癌の占める割合は高い.その中でも特に,大動脈に浸潤のあるT4, Stage IIIB肺癌は急速に進行し,気道内出血,閉塞性肺炎等で死亡すると言われその予後は不良である.しかし,大動脈への浸潤が限局的である場合,心臓血管外科の技術を用いた拡大手術で長期予後が期待できる症例の報告もある.今回我々は,大血管の切除断端に癌の遺残がないように十分切離線をとる必要があると考え,選択的脳灌流併用体外循環下に,左鎖骨下動脈を含めた弓部大動脈合併切除+左肺全摘術を施行した.術後の病理では,中枢側,末梢側大動脈及び左鎖骨下動脈断端の癌浸潤はすべて無かった.また組織型は扁平上皮癌で,縦隔側リンパ節転移はなく,外科的治療が有効であったと考えられた症例を経験したので報告する.
症例 患者:37歳,男性.
主訴:咳嗽,血痰,左胸部.
喫煙:30本/日,20年
現病歴:平成9年1月末頃より咳嗽,血痰及び左胸痛で当院呼吸器内科を受診し,左上葉の肺炎を疑い,外来で経静脈的に抗生物質を使用し経過をみていた.しかし,症状と胸部X-Pの異常陰影の改善が認められず,3月3日,精査入院となった.現症:身長 168cm,体重51kg.胸部聴診上左上肺野の呼吸音は弱く,ラ音を聴取.検査:白血球11,100/mm3,.CRP 4.79mg/dlと軽度炎症反応が認められたが,貧血,黄疸はなかった.喀痰検査では常在菌で,TB菌は検出されず. SCC(squamons cell carcinoma related antigen), NSE(neuron-specific elolase), CEA(carcinoembryonic antigen)の腫瘍マーカーはすべて正常範囲内であった.VC 3.96L,%VC 101%, FVE13.40L,%FEV186%
胸部X-P:左肺門部,遠位弓部大動脈に重なり境界不明瞭な腫瘍陰影をみとめた(図1a).
胸部C-T:両肺に多数のブラを認め(図1b),腫瘍の内部は不均一に造影され壊死と思われるlow density areaを認めた(図1c).胸部MRI:左鎖骨下動脈への浸潤と大動脈壁を示すhigh intensity areaが腫瘍と接するところで消失しており,大動脈壁への浸潤が強く示唆された(図1d).
以上TBLB(transbronchial lung biopsy)では癌組織が採取されなかったが,喀痰細胞診で癌細胞を認め,T4 N1Mo, stage IIIB肺癌の診断で手術を施行した.
手術:左後側方で開胸すると腫瘍は,左S1+2に主座があり,左鎖骨下動脈から下行大動脈にかけて一塊で固定位であり,さらに上下葉間を越え下葉へも浸潤していた.弓部3分枝にテープがかかり,腕頭動脈と左総頸動脈の間で遮断が可能であった.後側方の胸壁との癒着は強固であったが,左上葉と肥厚した胸膜を切り離し,この胸膜組織を数ヵ所術中病理に提出したところすべて炎症性変化であった.また,左主肺動脈,左上下肺静脈,左主気管支で切断が可能で,食道と腫瘍とも切離ができた.従って,左肺全摘術+遠位弓部大合併切除で,肉眼的には根治術が可能と判断した.肺靭帯切離,左上下肺静脈,左主気管支を切断し,腫瘍の大動脈弓部浸潤部のみを残した後,ヘパリンを静注した.左主肺動脈切断端から脱血管を挿入し,腫瘍が一部左鎖骨下動脈分岐部に浸透している可能性があり,左総頸脈一左鎖骨動脈間の大動脈切断では中枢側吻合が安全かつ確実に行えないと判断した.左総頸動脈の脳灌流のために左総頸動脈送血を行い,さらに左大腿動脈送血でポンプを確立した.腕頭動脈一左総頸動脈間大動脈,胸部下行大動脈の順に遮断し,腫瘍との切除縁をとるために,十分離した位置で左鎖骨下動脈を切断した.その後中枢側及び末梢側大動脈を切断し,左肺と大動脈弓部浸潤腫瘍を一塊としてen-blocに切除した.大動脈弓部の再建は,GELSEAL(弓部大動脈20mm左鎖骨下動脈8mm)を用い,中枢側から吻合をはじめ,次に左鎖骨下動脈吻合を行い,この時点で中枢側鉗子をかけ直した.その後,左総頸動脈の送血管を抜去し最後に末梢側吻合を施行した(図2a).硫酸プロタミン中和後に縦隔側リンパ節郭清を施行した.ポンプ中は術野の出血を全てポンプ回路内には戻さず施行したが,術中総出血量は約830mlであった.
術後経過:第1病日に人工呼吸器がはずれ,第3病日に胸腔ドレーンを抜去した.術後のMRI(図2b)では弓部の再建部位は良好で,第37病日に退院した.
術後病理:左鎖骨下動脈を含み,約4cmの下行大動脈を合併切除した.中枢側,末梢側大動脈及び左鎖骨下動脈断端の癌浸潤はすべて無かった.組織型は中分化扁平上皮癌で,大動脈外膜に浸潤を認めた(図3).縦隔側リンパ節転移はなっかた.

キーワード
T4肺癌, 遠位弓部大動脈合併切除, 体外循環

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